第80話、複雑な気持ち?
あまりの寒さにムシャクシャしたらしい。リルカルムは、吹雪の中で俺たちとはぐれた時、下手に動き回るのは、余計合流しにくくなることはわかっていた。
しかし、そこで彼女は気づいたわけだ。この吹雪の原因は、おそらくフロアマスターのドラゴンなのだから、そいつを倒してしまえば、吹雪も消えて万事解決。
実に脳筋思考であるが、リルカルムは、災厄の魔女の名のままに、フローズンドラゴンに挑み、これを撃破した。
目撃者であるジン曰く、冷凍ドラゴンの冷気を、炎魔法で薙ぎ倒したのだそうだ。
「あの吹雪の中、よく炎が消されなかったな?」
「それが、火力が尋常でなかったんです」
ジンは答えた。
「吹雪の雪や風が、炎の膜ですべて蒸発してしました。おそらく、近くに我々がいたら、熱気で火傷程度では済まなかったと思います」
実質、噴火した火山よろしく熱気に冷気がまるで太刀打ちできなかったらしい。相手は凍結のドラゴンなのに、その冷気パワーと真っ向からぶつかって溶かし切るとか、そりゃ国一つ滅ぼせる魔術師だわ。
「勝ったのはいいのですが……」
ジンは振り返った。リルカルムは素知らぬ顔で、違う方向を見ている。
「さすがの彼女も、魔力をしぼり出したようで、ぶっちゃけ、これ以上の進撃は無理ですね。無理に同行させてもお荷物になります」
「……まあ、フロアマスター級ドラゴンと、魔力勝負の決闘なんてやれば、そうなるわな」
魔力でドラゴンを打ち負かすってだけで、異常なことなんだからな。
「了解だ。じゃあ、35階到達ということで、今回は切り上げよう」
「了解です」
35階の転移魔法陣で登録して、俺たちは塔から帰還した。
・ ・ ・
雪原が嘘のような王都の景色。今日も町は平和だ。
「お帰りなさい、アレス様」
魔の塔ダンジョン入り口に立っていた冒険者――筋肉モリモリの大柄の戦士であるフレッドが声をかけてきた。
「ただいま」
「今日はどうでした? 何階まで行けました?」
「35階。ちょっとペースが落ちたかな」
「30から35階までを半日で踏破とか、充分凄いですよ! おれの時は、30から35階まで突破するのに三週間くらいかかりました」
そんなものなのか。確かに、比べてしまうと俺たちのペースは異常かもしれない。
「お疲れさまでした!」
「見張り、ご苦労」
一般人が魔の塔ダンジョンに入らないように見張り番をしているフレッドを労い、俺たち一行は、報告と戦利品の処理のため冒険者ギルドへと向かう。
「なあ、シヤン」
「なんだ、アレス?」
「お前も45階組だよな。30から35階まで、突破にどれだけ掛かった?」
「一週間はかかったな」
シヤンはニヤニヤした。
「アタシだけなら、もっと早く突破できたんだけど、パーティー組んでいたヤツらがな、アタシほどタフじゃないからって、すぐ休みたがってさぁ。あん時もアレスたちと組んでたら、今くらいのペースで突破できたんじゃないかな」
おうおう、パーティーメンバーのせいってか? そりゃお前はAランク冒険者で、最強だったんだろうけどさ。そういう言い方、どうなんだ?
「ちなみに、前のパーティーってのは?」
「全滅したぞ」
サラリと言ってのけるシヤン。
「『お前みたいな戦闘狂とは組めないって』、パーティー解消されてさぁ。ダンジョンアタックで組んだ即席だったから、別に仲が良かったわけじゃないけどな。アタシを追放した後で、あっさりダンジョンに潜って全滅したって聞いた。運がなかったなー、アハハ」
「うわぁ……」
ベルデがドン引きしていた。
「まあ、追い出されたって言うんなら、その程度の付き合いだってことなんだろうけどよ。何か、こうモヤっとくるな」
「どうかしらねぇ」
リルカルムは薄く笑った。
「シヤンちゃんと組んでた冒険者って、どんなヤツらだったのかワタシたちは知らないわけだしぃ。部外者がとやかく言うものじゃないわよ」
それよりぃ――とリルカルムが、俺にしがみついた。
「ごめーん、アレス。ちょっと魔力使い過ぎて、フラフラなのよねぇ。支えてくれない?」
「そんなにキツイか?」
「キツイキツイ、助けてぇー」
そういうわざとらしくベタベタするのは、あんまりよろしくないぞ。特にこういう人目につく場所での過剰な接触は――
「……」
いつもなら指摘を入れるソルラが、さっぱり静かだ。もうリルカルムの素振りでは指摘するだけ無駄と思ったのか、あるいは疲れているのか。
「すみません。教会に報告もあるので、私はここで」
ソルラは一言告げると、俺たちから離れた。ユニヴェル教会の聖堂に帰るのに、冒険者ギルドまで行く必要はないが……。
「元気ないわねぇ、ソルラ」
リルカルムが物足りなさそうに言った。
「張り合いがないわ」
「何か、思い詰めてる感じだな」
ベルデが言えば、シヤンも頭の後ろで手を組みながら、ソルラの後ろ姿を眺める。
「あーいう、ショゲた空気嫌いだぞ」
「お前さあ、少し空気を読めよな」
「アタシは空気なぞ読めんぞ」
「だからさぁ……」
ガリガリと乱暴に自身の髪をかくベルデ。何をお前は苛々しているんだ? そう思ったのは俺だけでなかったようで、リルカルムがニンマリした。
「あらあら、ベルデちゃん。嫌にあのクソ真面目神殿騎士に気遣うじゃない。暗殺者のアナタにとっては、神殿騎士なんて敵みたいなものでしょ?」
「そんなんじゃねえよ。ただ――」
少女の姿をした暗殺者は、自身の胸もと、35階でやられた辺りをそっと触れた。
「怪我を治してもらったからな。……それだけだぞ!」
「なに顔赤くしてんのよ」
「し、してねえよ!」
子供の姿になると、性格まで子供に近づくのか。思春期みたいな反応するんだな、ベルデって。冷徹な暗殺者、というイメージが崩れるわぁ。
それにしても――大丈夫かな、ソルラは。思い詰めているとか、そう言われると、確かに違和感があるから、気になるよな。
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