第79話、それは遭難なのか?


 34階は、邪教教団の待ち伏せがあった影響か、地形が大幅に変えられていた。


 すでにこの階をクリアしているジンとシヤンは、自分たちが通った時はこうではなかったと言った。


 どうやら、邪教教団が待ち伏せするにあたって地形を変更したらしい。……あいつらは、構造も変えられるんだなぁ。本気で妨害してきたら面倒だ。

 岩地ではあるが、道中は短く、あっさりクリアした。


 そして35階に到達。


「5の倍数……いつものパターンだと、フロアマスターはドラゴンかな?」

「ええ、フローズンドラゴン。後、見ての通り――」


 ジンはストレージから魔法薬ポーションを配りながら言った。


「この階は極寒なので、耐寒装備をどうぞ」


 体を温めるヒーターの魔法薬を飲み、寒さはマシになった。相変わらず、ダンジョンの天気は怪奇そのもの。真冬の寒さと凍てつく風が吹きつけてくる。

 薄着組であるシヤンとリルカルムは、毛皮のコートを追加装備している。さすがに寒いだろう。


「吹雪になるか?」

「かもしれません。ここの天候は気まぐれですから」


 しかし、転移陣を使うには、この階の転移陣に到達しないと使えないし、進むしかない。


 道中出てきたのは、アイスウルフという氷の狼や、アイスエレメントという氷の妖精。当然、侵入者を阻んでくるので、撃退する。


 ここまで突破してきたものなら、初手は戸惑うかもしれないが、すぐに慣れた。そして恐れていた通り、35階が吹雪に見舞われた。


 暗い、寒い、ヤバい。これは迷子になる。そして面倒なのは、この吹雪の中でもアイスウルフやアイスエレメントが襲ってきたということだ。


「こうも見えないとは……!」


 突然現れるアイスウルフが、俺に噛みついてきた。轟々と吹く風が、まるで洪水のように他の音をかき消す。


 ほうら、左腕をお食べ――!

 呪いが吹き出し、俺の腕に噛みついた氷狼が、呪いに覆われ力尽きる。忌々しい天候だ。


「アレス!」

「うわっ!」


 耳元に突然、シヤンの声がした。やばいな、吹雪のせいで周囲の視界も悪い。仲間たちの姿も、くっつくまで近づいたシヤンしか見えない。


「ちょっとマズイ状況」

「何かあったか?」

「ベルデがやられた」


 ふと近くに陰が過った。ラエルがベルデを引きずって下がってきた。


「ソルラさん!」


 ラエルが呼ぶと、やはり近くからソルラが現れて、しゃがみ込むと治癒魔法をベルデに使い始めた。シヤンが耳元で怒鳴った。


「あとリルカルムがはぐれた。ジンが探しに行ってる!」

「はぐれた?」


 この視界では仕方ないか。一寸先は闇ってか。


「シヤン。経験者として聞かせてくれ。この吹雪は止むか?」


 たとえばボスを倒さないと雪と風は止まない、とかはないか?


「三時間から六時間が吹雪! どこかで時間を潰せれば、いずれ止む、はず!」

「はず?」

「アタシの時は、吹雪の間隙だったから、よく知らない!」


 なるほど、これほどの吹雪とは遭遇しなかったと。俺の引きの悪さは健在だな。


「吹雪をやり過ごそう」


 俺は、ベルデを治療中のソルラのもとへ行き、膝をつく。ラエルが周囲を見張っている。


「どうだ、ベルデは?」

「あまりよくないです」


 ソルラが唾を飲み込んだ。


「私の回復魔法でも応急手当程度です。できれば早く塔の外へ出て、専門の治癒術士にお願いしたいです」


 胸をぐっさりとやられて、血塗れのベルデである。この寒さか、あるいは出血のせいか青白く、今にも消えそうだ。


「すぐには戻れない」


 たぶん、このままだと死ぬ。不死の呪いを――俺は、ベルデに呪いを付与した。


「後で返してもらうがな。……とりあえず、これで死ななくなった」


 俺は周囲を見回す。やっぱり白くて暗い。視界は悪い。目もとに雪が当たるのが鬱陶しい。


「ヒーターの魔法薬のおかげで凍えることはないから、下手に動かず、ここで吹雪が収まるのを待とう」


 俺は積もった雪を掘り、それを積み上げて、即席の壁を作る。寒さはどうってことはないが、体に当たるのは何とかしたい。

 ジンとリルカルムは大丈夫か?



  ・  ・  ・



 一時間ほど、出没するアイスウルフを駆除しつつ待っていると、吹雪が止んだ。周りの雪が結構積もったな。まるで即席の陣地みたいになっている。


「魔法薬がなかったら、凍え死んでいたな」


 回収屋のジンとラエルがいなかったら、俺はともかくソルラがまずいことになっていただろう。


 不明のリルカルムも薬は飲んでいるからよかったが、そうでなければ、たぶん無事では済まなかっただろう。


 不死の呪いをかけたおかげで、ベルデはすっかり傷が癒えていた。……お前も危なかったんだぞ。


「おっ!」


 シヤンが雪の壁の向こうを覗き込んだ。


「リルカルムとジンだぞ!」


 戻ってきた、それとも追いついたか? 吹雪が晴れて、文字通り合流か。


「こんなところでお休みとは、いいご身分ね」


 リルカルムが、呆れの眼差しを寄越した。おいおい、随分だな。


「はぐれたから、心配したんだぞ」

「あら、それはどうも。その代わりと言ってはなんだけど、ここのフロアボス、もう倒したから」

「は?」

「本当です」


 ジンが口を開いた。


「彼女は、あの吹雪の中、その発生源であるフローズンドラゴンに近づいて、襲撃して倒しました」


 あ、倒しちゃったのかー。そうかー。

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