第78話、デーモン・スレイヤー
デーモン・ウォリアーが出てきた時、体が震えた。
ソルラは、悪魔の尖兵たるそれを見ただけで、心臓を握られたような圧迫感を感じ、強張った。
これまで魔獣や魔物の類いは見てきた。しかし悪魔という存在には、幸か不幸か遭遇してこなかった。
伝説に聞く程度の存在。しかし強大な力を持ち、並みの人間では太刀打ちできないとされる。
魔物と呼ばれる者の中でも別格と言われるのを、実際に目の当たりにして実感する。
潜在的な恐怖。対峙しただけで感じる圧力。
リルカルムの魔法も、シヤンの豪腕も、一撃で倒せない。これまで戦ってきたフロアマスターと同様に強靱だが、向き合うだけで力を失うような気持ちになるのは何なのか。
ソルラは、これまで感じたことのない恐怖を感じた。いや、一度――アレスからお試しでかけられた呪いの時に、猛烈な寒気と恐怖にさらされて以来かもしれない。
だが、あの人は違った。
伝説のデーモンスレイヤー。アレスは、デーモン・ウォリアーをいとも簡単に葬っていく。彼の持つ呪剣カースブレードは、悪魔を傷つけ、喰らった。
そう、あんなに簡単に悪魔とは倒せるものなのか、と錯覚するくらいに。
敵の術者もまた、その事実に驚愕した。彼は、さらなる上位の悪魔――グレーター・デーモンを喚び出した。
悪魔の顔をしたドラゴン――この表現は適切ではないが、ソルラの目には、ダンジョンのフロアマスターとして出てきたドラゴン並みに凄みがあった。
また、デーモン・ウォリアーで感じた以上の『恐怖』に襲われた。動けなかった。あまりの圧迫感に、足が前へ出るのを忘れてしまったかのように。
何もされていないはずなのに動けない。正直、気を失うこともできなかった。五体もグレーター・デーモンが現れた時、世界は終わったとさえ思った。
だが、アレスは怯むことなく向かっていき、一撃で五体のグレーター・デーモンを瞬殺した。
あの大木などどいう表現では生温いほどの体躯をした悪魔が、ただの一振りで両断され、そして消滅した。
驚愕。驚天動地。
そしてそれは邪教教団の暗黒魔術師も同様だった。まさかグレーター・デーモン五体を瞬く間に失うとは思わなかったのだろう。
まさに、この場にいた者でそれを予想できた者は、当のアレス以外、誰もいなかっただろう。
だが忘れてはいけない。アレスは、あのデーモンたちよりさらに強いものを五十年前に倒してきているのだ。
凄い、凄い、凄いっ!
ソルラはそれまでの重圧から一瞬で解放してくれたアレスと、その力に心を震わされた。
あんなことがただの人間でできることではない。あの伝説の魔女にだって、最強と言われた獣人冒険者だって、できっこない!
彼こそ英雄。如何なる悪魔も葬った男。
・ ・ ・
「あり得ないっ! あり得ないちくしょぉお!」
暗黒魔術師キートは叫んだ。
「グレーター・デーモンだぞ!? それを一撃! 一秒で五体だぞ!? 五体――」
ズブリとした感覚。キートの体をハンマーでぶん殴られたような衝撃が襲った。
「え……?」
右肩が吹っ飛んだ。何かが体を突き抜けていった。
周りにいた邪教教団戦闘員が慌てる。
「キート様!?」
「キートさ、うわっ!!」
一人、二人と銃弾に撃たれて倒れる。狙撃銃を手にラエルが術者を狙ったのだ。さらに――
「チッ」
軽装の少女が、ショートソードとダガーを手に猛烈に迫っていた。まるで風だ。戦闘員が身構えた時には、すり抜けられ、いつの間にか切られて倒れていく。
「!?」
「あの世へ行けよ、魔術師」
少女――暗殺者ベルデが、起き上がりかけのキートを剣で裂いた。
・ ・ ・
ダンジョン探索中に、こうも正面からモルファーの連中に襲われるとはな。
俺もこの展開には驚いた。この魔の塔ダンジョンは、邪教教団が関わっているから、最深部にいけばぶつかるだろうって思っていたが……。
「34階か。意外に早かったな」
しかし、グレーター・デーモンねぇ。人間が己を犠牲にすることなく呼び出せる悪魔としては、あの辺りになるか。
「アレス、凄いぞ!」
シヤンが興奮した声を出した。
「悪魔など、まるで敵ではなかったな! 正直あんな化け物が揃って出てきた時は、死ぬかと思ったぞ」
何ともストレートな言い回しだった。嫌味でもなく、本心なんだろうな。
「まあ、あれが雑魚と思えるくらいの大悪魔と何度も戦ったからな。もっと強い奴と戦っていれば、あれくらいは大したことないって思えるさ」
要するに、経験だ。
「俺だって、最初にグレーター・デーモンと対峙した時は、身がすくんだ。最初はそんなものだよ」
あれと次に遭遇しても、今日よりは動けるようになるだろう。人間ってのは慣れる生き物だから。
「ベルデ、よく召喚術士を仕留めた」
暗黒魔術師を仕留めたことを褒めれば、少女はつんとそっぽを向いた。これくらい暗殺者なら当たり前ってか? ま、俺がグレーター・デーモンを倒したとはいえ、それ以上また何か呼び出されていたかもしれないから、迅速な処理には感謝する。
「ジン」
「……たぶん、これですね」
回収屋は、暗黒魔術師の死体の衣服ポケットを漁り、カードサイズの板を投げた。
「連中が使っている転移キーだと思います」
おっとっと……。キャッチしたそれを、じっと観察する。金属でも木や皮でもなさそうな素材で出来ているカードだった。
「これで、奴らは塔の階層を自由に行き来しているのか」
「こちらでも使えれば楽なのですが……」
「たぶん、登録した本人しか使えないんだろうな」
冒険者証にも似た機能があるわけだが、塔の転移陣を使うのは本人しか使えない。それがなければ、一気に最深部へ乗り込めたのに。
仕方ない。邪教教団の装備などを回収した後、俺たちは34階突破のために先に進んだ。
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