第45話、善意の皮を被った女


 少女たちを貴族に売ったか? その問いは、幸せの会にいる者たちを驚かせた。

 その反応は――知らなかったのかな? 責任者であるリングア・ネグロは目を見開いたまま、両手で口を覆ったまま固まっている。


「どうした、リングア・ネグロ? 私はお前に質問している。この幸せの会で『保護した少女たちを、奴隷売買業者でもないのに、不正に貴族に売ったのか』。イエスかノーか」

「……」


 言えないよな。真実しか言えない呪いに掛かっているお前だ。ここで口を開ければ、『イエス』と答えてしまうのだから。


「答えないとは、また考えたな。言えば、認めるしかない。だったらそうして喋らなければよい、と? お前の部下たちは、早くお前の口から、少女たちを奴隷売買していないという否定の言葉を待っているぞ?」


 女武装員たちの目は、リングアに集中している。俺の言った通り、『違う』と一言否定すれば済むのだから、代表であるリングアに、きっぱり堂々と言ってほしいのだ。


「俺の質問は、『はい』か『いいえ』で済む簡単なものだ。だが否定しないということは、認めたということで処理させてもらうぞ」

「……!」

「もう一度問う。少女たちを売ったな?」


 震える目。口を覆う両手。答えられないリングア。


「リングア様……」

「否定してください、リングア様! 違うと一言!」


 辛抱できなくなったか、女武装員たちは言った。彼女たちは不正も不法もないと信じているのだろう。だからこそ、答えることが最善だとリングアに求める。何人かは、諦めたような目をしているが……彼女たちは、幸せの会の裏を知っているかもしれないな。


「答えない。つまり、認めるわけだな」

「……」

「少女たちを保護の名の元に囲い、有力者に売って、報酬を得ていた」


 リングアは俯く。女武装員たちも、否定しない責任者の姿に絶望する。


「貴族といえど、奴隷市場に出入りするなど、あまり民からはよく思われないからな。孤児院に寄付すれば、民衆には民に寄り添ったと評判も得られる」


 俺は、リングアを睨みつける。


「税を重くしても、恵まれない子供たちのためと口にすれば、よい貴族と思われる、とでも考えたのだろう。その実、孤児院の少女たちを買うのだから、始末が悪い」

「……買うほうが悪い!」


 リングアが手を離した。


「男どもが女を買うから悪いのよ! あいつらが買わなければ女性も売らなくて済むのに! 買ったあいつらが悪いっ!」

「一面の真理ではある。買う者がいなければ、売る者も売れない。だが、逆もまた然り。売る者がいなければ、買う者も買えない。どちらが悪いではない、どちらも悪いのだ!」

「っ!? いえ、男が――男が悪い」

「売ったお前も同罪だ! いつまで弱者のフリをするのだ? 弱き者を演じて、同情を買うのもいい加減にしろ。お前は貴族に少女たちを売った! その事実は揺るがない。善意を装い、人を売ったお金で食べる料理は美味かったか?」

「美味しいわよ! あいつらを養えば、お金が貰えるもの! 貧しかった頃とは大違い! 毎日美味しいものが食べられる! ちょろいわよ!」

「リングア、様……っ」


 女武装員たちは項垂れた。聞きたくなかった本音。彼女は正しいと思い、ついてきた者たちが、その真実を知ってしまった。


「どうして、否定してくれないのですか、リングア様」


 短髪の女性武装員が涙を浮かべている。


「嘘だったのですか? 少女たちを守るって、彼女たちを幸せにするというのは……?」

「嘘なものですか!」


 リングアは怒鳴った。


「わたくしたちは、少女たちを幸せにしているのだわ! 食事も寝るところも与えた。お金持ちに買われて、いい生活をするのよ! 買われた貴族たちが乱暴したとしても、それはその貴族が悪いのよ! わたくしたちは、何も悪くないわ!」

「リングア様……」


 どこまで責任転嫁をするのか? 自分が悪いことをしていると、死んでも認めないつもりなのか? 質問はこうするものだ……。


「リングア。お前は、少女が乱暴されるだろうことを知っていて、その相手に売ったか?」

「売ったわ」

「!?」


 少しリングアのペースに乗りかけていた短髪の女性武装員が驚愕の面持ちを浮かべた。そりゃそうだ。暴行されるのを知ってて売ったなど、故意、共犯も同然だ。


「リングア様……いや、リングア!」


 短髪の女性武装員が、リングアに掴みかかった。


「よくも! よくも女の子たちをゲスな男たちに売ったなァ!」

「なに、貴女達、自分は知らなかったから許されると思っているの? 貴女達も共犯よ。わたくしと共にここで売るために少女たちを育てていたんだからね!」

「っ!?」


 とうとう、身内で争いだした。


「放しなさいよ! この脳筋!」


 不意を突いたのか、短髪の女性武装員の手を払いのけるリングア。


「こうなったら、皆、不幸になればいいのよ!」


 身を翻して聖堂に駆け込むリングア。おっと逃げるつもりか? 俺と黒バケツ戦士は、膝をついている女性武装員を掻き分け、リングアを追いかけた。


 聖堂の中、十代くらいの少女たちが不安そうな顔を浮かべている。リングアはそれを無視して、一目散に祭壇に駆け寄る。

 追いつく! 俺は獣化の脚の呪いで、跳躍力を獲得。一気に祭壇へと飛んだ。が、一足間に合わず、リングアは祭壇脇の地下への入り口を開けて飛び込んだ。


「お前たちはここにいろ」


 黒バケツ隊に指示を出し、俺は、リングアの逃げた地下へと飛ぶ。

 そこはもう一つの祭壇がある部屋。壁にはパチモン太陽神像――ではなく、半裸の女性像があった。


 一瞬、リングアより、そっちへと目が行った。何故ならばその像からは、ドス黒く強い呪いの瘴気を纏っていたからだ。


「フフフ、みーんな、呪われてしまえばいいのだわ!」


 リングアは、その呪われた女性像へと辿り着く。そして彼女が杖を掲げると、女性像の持つ水晶のような球体を叩いた。


「アハハハハァ! あ――」


 リングアが高笑いをしたが、直後、吹き出した黒煙、いや呪いの靄に飲み込まれた。そしてそれは一気に周囲へと拡散する。


「なるほど、呪いを撒き散らして手当たり次第ってか」


 つくづく見下げ果てたヤツだ。自分がよければ、周囲がどうなってもいいというわけだ。この場合は、自分が不幸だから周りも不幸になれ、か。

 汚い本性、汚れた心。これで神の遣いのように振る舞い、少女たちを助けるフリをして搾取していたのだから、度し難い。

 俺は左手を、広がる呪いの靄へ向けた。


「だが相手が悪かったな、鬼畜者。俺は、カースイーターだ」

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