第46話、女性像の正体


 いやはや、まったく。煙みたいな呪いが一気に拡散するって、普通は防ぎようがなくて、大惨事だったろうな。

 呪い喰いの力があってよかった。いやー、他に人がいなくてよかったねぇ。


『ダ、ズ……ゲ……デ――』


 いやー、周りに人がいなくてよかったなぁ……。


 ちら、と俺は、それを見る。

 先ほどまで、リングアがいたところに、黒い染み――スライムみたいな黒い水たまりがあった。


『ダズ……ゲ……』


 気持ち悪っ。噴出した呪いに巻き込まれたリングアの成れの果てだというのは、想像がついた。

 怨霊じみた声が聞こえてきて、随分と気味が悪いんだが。


「自分でやったことだろう?」


 俺は容赦しなかった。呪いを宿した女性像に何かやって、その呪いを拡散させるつもりだったのだろう。俺がいなかったら、これが聖堂にいた少女たちや幸せの会の構成員たちも、こんな黒スライムのクズみたいな姿になって呻いていただろう。


 あるいは孤児院の外、ご近所一帯に広がって犠牲者も拡大していたかもしれない。それを思うと、まったく同情する気にならない。


 周りも不幸になれ、と呪いを乗せたのが、全部自分に返ってきただけだ。愚か者の末路だ。はた迷惑な奴である。全部自分で食らえ。


 少々辛辣なのは認める。国の宝である子供を不幸にしてきた罪は重罪だ。仮にこの呪い噴射を浴びなかったとしても、逮捕した後、俺の手で呪い塗れにしていただろうから、手間が省けたとも言える。因果応報だ。


 さてさて、俺の手には、例の半裸の女性像がある。等身大サイズなのか、普通に女性と同じ大きさだ。やたら精巧で、中々の美人さん。スタイルが抜群で、盛るところ盛っているのは、制作者の趣味だろうか? 半裸――というか服と言っていいのか、大事なところは隠すように作ったようだが、こんなのが衣装だとしたら、完全に痴女だ。


 像が持つ水晶球にはヒビが入り、そこから呪いが噴き出したわけだが、これは俺のカースイーターが取り込んだ。

 物凄く濃く、強い呪いは、先日、冒険者ギルド前で無償で解呪をした時の総量を上回る力と量だから、いかにおぞましいものかわかる。


 まーた、強くなってしまったなぁ。というより、これだけ強い呪いを込めるとか、一体何の意図があって、こんなものを作ったのだろうか?

 ついでに像のほうにも、凄まじく呪いを内包していて、ドス黒い闇が見えたから、これもカースイーターで喰らっておく。

 こういう呪いの品は、放置しておくのが何か気持ち悪いんだよな。誰かが呪いを受けたら、気の毒だし。……ただし、悪党は除く。


 それにしても、よく出来ているよな、この像。まるで石化の魔獣にやられて、人間がそのまま石になってしまった、と言っても信じるくらいだ。まあ、その手の魔獣にやられた説はないだろう。球体を持ったポーズは自然過ぎる――、と?


「ん!?」


 何か表面の色が変わってきていないか? 石だったはずが、肌色に。


「おいっ、マジか!?」


 想定外の事態が発生した。



  ・  ・  ・



 どうやら、呪いの中に石化と封印があったらしい。


 ボリュームのある金髪、赤い瞳はルビーのよう。整った顔立ちは、儚く大人びていて、その体もほっそりしながら女性らしい丸みは豊かな曲線を描く。


 衣装もまた石化していたところからして、魔法に近い呪いだったようだが、その服と呼んでいいのかわからないそれは、上も下も大事なところを上から覆っているだけで、めくれば見えてしまう危うさである。


 その他の肌色面積からすれば、いかにセーフゾーンとはいえ、痴女レベルと言える。下着ではないが、下着で出歩いているレベルというべきか。ちゃんとした魔術師衣装を極端に小さくすればこうなる……こともないか。

 俺は紳士として、マントを貸したのだが。


「いらないわ」


 断られた。美女は妖艶に微笑んだ。


「見てのとおり、ワタシは魔術師。魔法を使うのに干渉しないために、体を覆うものは少なくしているの」


 ……その肌面積の広さは、魔法をより使いこなすために必要な処置であるらしい。誰かに恥ずかしい服を着せられたわけではなく、彼女のファッションでもあるらしい。


「見たい?」

「……」


 その思わせぶりな手で、持ち上げようとするのは、男をからかうためか。衣装もギリギリなら、性格もギリギリか?


「ごめんなさい。アナタはどうやら、そっち方面は真面目さんなのね。それならそれでいいわ。こんな格好をしているからと言って、ワタシもそっち方面が好きってわけじゃないから」


 自覚はあるんだな。こんな格好って。


「俺はアレス。アレス・ヴァンテだ」

「ワタシはリルカルム」


 痴女い格好の魔術師は名乗った。


「ちょっとした魔術師よ」

「……リルカルム」


 はて、そういえば、その名前には聞き覚えがある。どこで知ったのか。直接会ったことはもちろんないのだが。


 と、その時、上が騒がしくなった、というか誰か降りてきたような。


「アレス様! ご無事ですか!?」

「やあ、ソルラ」


 教会にやり、王城に遣いに出していた神殿騎士である彼女が現れたということは、増援も一緒かな。

 王国軍か、神殿騎士団か、またはその両方が駆けつける算段だったが。


 そこへ唐突に扉が開き、そちらからも王国の騎士に神殿騎士が現れた。そっちからも来れるのな。


「アレス様、そちらの女性は……?」


 言いかけて、ソルラは一瞬詰まった。わかる。やっぱ、過激だよな、リルカルムの格好。騎士たちも、彼女に視線が自然と集まっている。


「リルカルムというらしい。魔術師のようだが――」

「えっ、リルカルムですって!?」


 ソルラがビクリとした。神殿騎士たちも同様に驚愕する。……え? え? 一体何だ?


「知っているのか、ソルラ?」

「アレスは知らないのですか?」


 真顔で返すソルラ。人前なのに呼び捨てなのは、相当ショックを受けているのか。それはそれとして……いやー。


「どこかで聞いたことがある気もするが、わからないな」

「リルカルムは――」


 ゴクリと、ソルラは唾を飲み込んだ。


「災厄の魔女です! かつて呪いを撒き散らし、恐れられた伝説の魔術師……。そしてあまりの悪逆ぶりに封印されたとされています!」

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