第47話、災厄の魔女


 災厄の魔女リルカルム――そういえば、昔、そんな魔女が猛威を振るった伝説だかお伽話を聞いた覚えがある。


 といっても、ざっくりとした話程度で詳しくはわからないが。


 かつて、災厄の魔女と呼ばれた魔術師がいた。彼女は呪いを身に宿し、とある王国を襲い、破壊と虐殺、そして大地に呪いを振りまいていった。王国は滅び去り、周りの国も魔女討伐に動いたが、ことごとく返り討ちとなった。


 そんな中、聖剣を携えし勇者とその仲間たちが、魔女に挑んだ。激しい戦いの末、仲間の魔法使いの協力で、災厄の魔女を封印された。大地は汚染されたが、やがてそれらも浄化されていったが、世界にはまだ彼女の残した呪いがあって、それが現代にも続く呪いがどうたらこうたら……というお話だ。


 呪いという不幸はあれど、魔女が封印されたことで平和が戻って、一応ハッピーエンドで終わる。

 呪いの起源ではないが、『呪い』と聞くと、災厄の魔女を連想する人も少なくないという。


 そしてその災厄の魔女が……まさか、目の前にいる痴女っぽい格好の魔術師!?


 神殿騎士たちが、リルカルムと名乗った女に剣を向ける中、彼女はまったく怯む様子もなく鼻をならす。


「フフン、災厄の魔女と知りながら、それでも武器を向けてくるとはいい度胸よね」

「認めるのだな? 自分が災厄の魔女だと!?」


 ソルラが声を張り上げた。リルカルムはニヤリとする。


「封印の後も、ワタシの二つ名が轟いているようで結構なことだわ。その封印も解かれたし、武器を向けられた以上は、わかっているわね……?」


 災厄の魔女は不遜な態度を崩さない。


「この不老不死のワタシに挑んで勝てると思っているのかしら?」

「っ!」


 ソルラや神殿騎士たちが、表情をこわばらせた。不老不死の魔女。故にかつての勇者は、災厄の魔女を倒せなかった。封印することで何とかケリをつけたのだ。


「……不老不死ってこれか」


 俺は立ち上がった。ソルラが叫ぶ。


「アレス様! そこにいたら危ないです!」


 俺とリルカルムの距離は近い。それこそ剣を持って振れば当たるくらいに。


「アナタはそこで大人しくしていて。封印を解いてくれたお礼に、武器を向けなければ助けてあげるから」

「どうだろうか? 今俺が剣を抜いたら、たぶんお前のほうが先に死ぬぞ?」

「ずいぶんと余裕ね。ワタシの封印を解いた時に、呪いをもらったんじゃないの? いや、ちょっと待って。その割にアナタ、ピンシャンしているわね? 呪いは大丈夫?」


 包囲されているのに、リルカルムは余裕というか、無視して俺を気遣うようなことを言った。不老不死だから攻撃されても無効だから、眼中にないってところだろうか。


「俺は呪いが効かない体になっているから……。お気遣いどうも」


 その答えに、リルカルムは笑みを――蔑みではなく朗らかな笑みを浮かべた。


「なんだ、じゃあワタシとお仲間じゃない。それなら封印を解けたのも納得だわ」

「黙りなさい、魔女!」


 ソルラが怒鳴る。


「アレス様は、あなたの仲間ではなりません! ヴァンデ王国の英雄! 災厄の魔女とは天と地ほども差がある!」

「ヴァンデ王国? そういえば、アナタ、アレス・ヴァンデと名乗ったわね。この国の王様かしら?」


 その瞬間、リルカルムは俺に抱きついてきて。周りが一斉に「はぁ!?」と驚愕の声を上げた。……うん、俺もびっくりだ。胸、当ててません?


「封印を解いてくれたお礼がまだだったわね、アレス。何かお願いがあったら、一つ聞いてあげるわよ?」

「お願い?」

「そう。災厄の魔女であるワタシに、何かお願いがあって封印を解いてくれたんじゃないの?」


 甘えるように言うリルカルムである。ソルラが口を開く。


「アレス! 魔女の甘言に乗ってはいけません!」


 まあ待て――俺はソルラに向けて、『待て』のジェスチャーを送りつつ、間近にあるリルカルムを見た。


「何でも俺のお願いを聞くのか?」

「ええ、何でも……。ワタシの体でも、王国の繁栄でも破滅でも、何でも……」

「破滅は嫌だな。願いの代価は?」

「ないわよ。言ったでしょう? お礼だって。……だから、一つだけよ?」


 願い事を一つ、何でも叶えてくれるらしい。お礼だから、何かを引き換えにする必要はないらしい。……相当、封印が堪えたのだろうか。

 大抵の男なら、魅力的な彼女に抱きつかれて、肉欲に突き動かされるんだろうけれど……誘惑は怖い。


「ならば、俺と共に魔の塔ダンジョンに行き、攻略を手伝え」

「!? アレス!」

「ソルラ、そんな驚くな。彼女は伝説級の魔女だぞ。その力、この国を救うために使ってもらう」

「ふぅん、ダンジョンの攻略ね。いいわ、やってあげる。それがワタシを封印から解いた理由ってわけね」


 リルカルムは俺から離れた。何だか温かかったものが消えた感覚。


「リルカルム、さっきからお前は封印封印って言っているが、別に俺は封印を解こうと思ったわけではないぞ?」

「そうなの? でも解かれたわ」

「俺は、呪いを解いただけだ。呪われた石像があったから、その呪いを喰っただけなんだ」


 封印も呪いの一種だったのだろう。だから俺のカースイーターは、災厄の魔女の呪いを解いた。


「あとさりげなくスルーされたみたいだから、言っておくが、今のお前は不老不死じゃないぞ」

「え……? 何を言っているの?」

「俺はお前の身にあった呪いを全部吸収した。その中に不老不死もあったから、今のリルカルムは、ただの人間だぞ」

「……」


 絶句するリルカルム。俺の言葉の意味を受け止めるために、しばし硬直してしまったようだ。神殿騎士たちがざわめき、ソルラが恐る恐る聞いた。


「不老不死ではないのですか? 彼女は?」


 俺がコクリと頷くと、神殿騎士たちが『おおおっ!!』と声が上がった。


「では、かつて勇者さえ討伐できなかった災厄の魔女を今倒せるということですね!? ならばここで討ち取れば――!」

「!?」


 リルカルムの表情が強張る。自分の他者への圧倒的有利な不老不死がなくなれば、ここにいる神殿騎士や王国兵を相手するのは多勢に無勢。彼女の命運も尽きる。


「待て待て。彼女は、魔の塔ダンジョン攻略の助っ人だ」


 俺は言ったが、騎士たちのざわめきは止まらない。


「し、しかし、アレス様! 災厄の魔女ですぞ!?」

「危険ではありませんか!?」

「ヴァンデ王国大公、アレス・ヴァンデが命ずる! 一同、剣を収めよ」


 大公命令である。王国兵はともかく、神殿騎士たちの直接の上司ではないが、王族の命令は大きい。反抗すれば、王国を敵に回すことになるから、ユニヴェル教会と言えども無視はできない。


「ひとまず、話し合いといこうじゃないか」

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