第48話、過去と信用
災厄の魔女リルカルムの封印を解いてしまったことについて、ヴァルム王、そしてガルフォード大司教にそれぞれ説明するのは、ある意味仕方がないことだった。
何せ伝説の魔女。国の一つや二つが彼女によって滅ぼされた。当時、その命を奪えなかった魔女が再び現れたというのは、言ってみれば魔王復活のように見られてもやむを得ない。
「――すると、彼女は不老不死ではない、と?」
我が弟ヴァルムは、俺の説明を聞き、視線をスライドさせる。俺の左隣には、その豊満な胸を押しつけてくる痴女魔女が腕を絡ませているのだ。
「大丈夫なのかい、兄さん?」
「呪いの類いは、全部吸収しているから、リルカルムは普通の人間だよ」
「普通じゃないわ、比類なき魔術師よ」
俺に身を寄せて、リルカルムは口を尖らせた。……まあ、確かに普通じゃないな。俺の左腕に集めた呪いオーラも平然と密着しているし。俺自身伝染さないようにしているとはいえ、オーラに触れて気分も悪くならないとか、呪いに耐性があるというのは本当なのだろう。
「お前の身の上を我が弟に話してくれるか、リルカルム」
「不老不死の呪いを返してくれたらいいわよ」
「お断りだ」
現状、その呪いを返したら、リルカルムがどう動くかわからない。何せ災厄の魔女という前科があるのだ。俺が個人的によくても、周りが許さない。
「お前がいい子にしていたら返してもいい……そういう約束だ」
「魔の塔ダンジョンを攻略すればいいのよね?」
リルカルムがより親密げに俺に密着する。人肌が触れるとはこうも温かく感じるものなのか。呪いの影響もあるが、あまり人と密着した経験がないから、意識してしまう。……それが彼女の狙いなんだろうけど。
「いいわよ、お願いを聞いてあげるって言ったのはワタシだものね」
リルカルムは俺から少し離れて、長い金色の髪を払った。
「昔話をしてあげるわ、王様。ワタシは生まれながらに呪いに耐性があった。それに目をつけた魔術師結社が、呪いの実験と称してワタシに様々な呪いを施した……」
当然、呪いというだけあって、人体に毒になるものが多かった。代償を求めるものも多いが、耐性のおかげで、彼女はその呪いを自分のものとして取り込んでいった。
「……とても苦痛を伴ったわ。痛くて、苦しくて……周りはワタシを助けず、様々な呪いを与え、魔術師としても鍛えた。そうして『災厄の魔女』は作られたのよ」
リルカルムはニヤリとした。
「その力は大軍をも制する。ワタシを利用して世界を手に入れる……なんて、魔術師結社は考えていた。だけど、散々ワタシを苦しめておいて何寝言を言っているのよ――と、怒りが頂点に達したワタシは、その魔術師結社を滅ぼした」
「……」
「だけど、その結社、国の偉い人たちとも繋がっていてね。いえ、むしろ黒幕? 制御できないワタシを悪魔の遣いと糾弾して消そうとしたから、復讐も兼ねて暴れまわった。そうしたらその国が滅びてしまった。これが災厄の魔女リルカルムが、とある国を滅ぼした顛末よ」
その後は、どこぞの国から勇者と一向が来て――伝説の通り、不死のせいで殺せない魔女を封印したということらしい。
「何ということだ……」
ヴァルム王は無意識に自身の髭を撫でた。
「それでは、リルカルムは……伝説のような悪魔の魔女ではなく、本当に責を追うべきは、その魔術師結社と王国ではないのか?」
「それは間違いないわね。……でも、ワタシの正当防衛というだけではなくて、過剰に暴れまわったというのも事実だけれど」
全ては怒りと復讐。きっかけは彼女にはなくとも、王国一つ滅ぼしたことに正当性があるのか、については意見が分かれるだろう。もっとも、俺は、当時を実際に見たわけではないから、何とも言えない。
「兄さん。彼女のことを信用できるのか?」
ヴァルムは真剣な面持ちだった。そりゃ、かつて国を滅ぼした大魔術師だからね。それが自分たちの王国にいるとなれば、不安になるのもわかる。
「少なくとも、俺を裏切るような真似はしないさ」
「しないしない。ぜーったい、しないからぁ」
また俺に腕を絡ませてきた。ヴァルムが呆れるような目をした。
「まさか、若い娘の色香に――」
「俺がそんな風に見えるか? 彼女が俺に抱きついてご機嫌を取るのは、不老不死の呪いを返してほしいからさ」
俺を裏切れば、不老不死ではないこの魔女を始末することはいつでもできるということだ。それこそ、このヴァンデ王国でも。リルカルムの本気の攻撃で犠牲も出るだろうが、かつての国が滅びたのは魔女が不死身だったからだ。当時も殺せたならば、その国も滅びることはなかっただろう。
つまり、彼女は『不老不死』の能力を俺に人質に取られている形だ。返してほしいなら、それだけ俺の言うことも聞くということだ。
「昔はどうあれ、それを知る者は誰もいない。一からやり直して、周囲の信頼を勝ち取ればいい。俺はそのチャンスをリルカルムに与える」
ヴァンデ王国は、滅ぼされた王国とは違う。彼女が恨みを持つ国ではないのだ。ヴァルムは嘆息した。
「わかった。この件は兄さんに任せるよ。魔の塔ダンジョンの攻略は重要度が高い。その働き次第で、リルカルムにも相応の報酬と立場を用意しよう」
「だってさ、リルカルム」
「はいはい、役に立ってみせるわよ。ちゃーんと人扱いしてくれるなら、まあ、聞いてあげてもいいわ」
リルカルムは肩をすくめた。とりあえず、この一件は終了ということで、俺は別件の相談に移る。
「反逆を企てたカーソン・レーム大臣と、この国で暗躍している奴の件は、何か進展があったかい?」
「レームの自供により判明した協力者の逮捕は進んでいる。大方予想通り、この件には隣国、ガンティエ帝国が絡んでいる」
まあ、そうだろうな。冒険者ギルドにも連中の工作員が入り込んでいた。呪い返しで死んだ息子アレス・レームに呪術を勧めた者も、隣国人だったらしい。
「この王都にも、連中の手の者が潜入していて、今、軍がその捜索と捕縛に動いている。すでに何人かは拘束している」
「それはいい話だな。早く全員捕まってくれることを祈るよ」
いずれ報復の時は来るが、その時までには工作員どもの掃除が済んでいるといいな。
「それで、幸せの会とミニムムの件だが……」
今回、俺が突入した二つの孤児院。王国軍は多くの子供たちを保護し、幸せの会とミニムム構成員を逮捕、捕縛した。少年少女たちは食事面は冷遇されていたようで、栄養失調気味。特にミニムムの少年たちには虐待の跡も多かった。
「孤児たちを虐待し、また本来家庭のあった子供も無理やり孤児に落として、道具として扱った。これは到底許されるものではない!」
ヴァルムは怒りに肩を震わせた。
「当然、この団体に関わった者、子供の不正売買に関わった貴族も全部捕らえて、絞首台に吊るし上げてやる!!」
温厚そうな我が弟が、ここまでお怒りとは……。まあ、そこは兄弟なんだと思う。俺も最初に聞いた時は臓器が捩れるくらいの怒りを覚えたからな。
「結構、大物もいるらしいが、大丈夫そうか?」
侯爵や伯爵級がバンバン関係しているようだが。
「ああ、そちらも調査を進めて、然るべき処分を下すよ。最近、貴族たちの行動は目に余るものもある。この辺りで引き締めておかないといけない」
最近受けた呪いで、しばらく寝込んでいたヴァルムである。復活を遂げた今、彼の弱っている時に増長した者たちを正していくようだ。
「手に負えない時は、言ってくれ。いつでも手を貸すよ」
「ありがとう、兄さん。だができるだけ、こちらでも頑張るさ。兄さんがダンジョン攻略に集中できるようにね」
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