第49話、ソルラとリルカルム


 王国軍の捜査は苛烈を極めた。


 幸せの会とミニムムの孤児院から回収された顧客リストで、不正奴隷販売を購入した商人や冒険者、貴族が割り出され、王国軍によって厳しい取り調べを受けて、次々に逮捕されていった。


 幸せの会のリングアは『買う方が悪い』とのたまったが、不正行為であるなら、売る方も買う方も犯罪だ。売る方を捕まえたので、買った方も捕まえるのだ。


 幸せの会とミニムムも含め、こいつらは罪状がはっきりしたら、おそらく極刑となるだろう。公開処刑で、斬首もしくは絞首刑といったところだ。王都住民たちに汚い野次を飛ばされながら、惨めに死んでいくんだろうな。


 さて、王国軍が仕事をしている一方で、俺の方は魔の塔ダンジョン攻略を進めるため、冒険者ギルドへ向かった。……向かったのだが。


「何ですか、その格好!? 恥ずかしいとは思わないんですか!」

「いーじゃない。アナタには関係ないでしょ?」


 ソルラが、リルカルムの衣装に抗議をしていた。真面目な神殿騎士であるソルラからすると、あまりに肌面が広すぎる格好に、一言言わずにはいられないらしい。……今日から仲間として一緒にダンジョン攻略をするんだが。


「関係大ありです! あなたの衣装は周りに毒です。目のやり場に困っているじゃありませんか!」


 ソルラが言えば、周り――過激な女魔術師の姿を目で追っていた者たちが、男女関係なく慌てて顔を背けた。思わずガン見したくなるプロポーションというべきか、リルカルムが割と綺麗な方だから、始末が悪い。


「えー、見られるてるぅ? それはそれでドキドキしちゃうわね」

「なっ、自覚あるんじゃないですか!」

「そりゃあるわよ。魔法を使う時の精神状態って、とても大事なのよ? ハイとまでは言わないけれど、気分が高揚している時のほうが効果も上がるという統計記録が――」

「あるんですか!?」

「ワタシの経験上ね」


 ペロリと舌を出すリルカルム。……それは嘘と解釈するべきか? 一瞬、本当かと思ってしまったが。

 ソルラが半眼になる。


「つまり、リルカルム。あなたは人前で肌を見せて興奮する変態ということですか?」

「いや、さすがに露出狂じゃないわよ? ちゃんと大事なところは衣装で守っているし」

「申し訳程度じゃないですか!?」

「いいじゃない、別に、アナタが着るわけじゃないんだし。あ。それとも、アナタも着たいの? あるわよ、予備なら――」

「なっ!? そ、そんなわけないでしょうが! 破廉恥なっ!」


 ソルラが赤面して、思い切り拒否した。真面目な彼女のこと、思いがけない言葉に動揺したのだろう。リルカルムはニンマリした。


「案外、体験してみるのも新たな境地が開けるかもよ?」

「開きたくありません、そんな境地!」

「自分の物差しであまりどうこう批判するのは、どうかと思うよ?」

「う……真面目ですか?」

「もちろん真面目よ。アナタだって騎士なんだから、自分が戦いやすいフォーム、技を考えて、それに合わせていくでしょ? ワタシだって、どうやったら最大効率の魔法を放てるか、突き詰めていったら、これに行き着いたの」

「……」

「スピードを突き詰めれば、重い防具は身につけないでしょう? それと同じよ。アナタは、見た目でどうこう言っているけど、ワタシにとって身につけているものを削ったことで、最大威力の魔法に辿り着いた。最大の能力を発揮するべく切磋琢磨した結果を、見た目だけでどうこう言うのはさすがに失礼過ぎない?」

「う……すみません」


 ソルラが謝った。リルカルムが、生真面目ソルラから一本取った。


「それはわかりました。でも、この町中で最大威力の魔法が必要とは思えないので、せめてマントなどで体のラインが見えないようにはできませんか?」


 妥協案が出た。それも至極真っ当。これには俺も同感。女性のファッションにあまり口出しすべきではないが、ここは周りの視線もあるので、ソルラに加担する。


「リルカルム。伝説級の魔術師であるお前なら、多少威力が落ちても町中なら問題ないだろう。みだりに肌を見せるものではないよ」

「はーい、貴重なご意見どうもありがとう。……でも、マントはマントで、見る人によってはむしろ――いえ、何でもないわ」


 リルカルムがパチンと指を慣らすと、真っ黒なマントが出てきて、彼女の体を覆った。ついでに魔女のトンガリ帽子を被れば、どこからどう見ても魔術師だ。


 と、衣装について一悶着あったものの、周囲の視線をよそに、俺とソルラ、リルカルムは冒険者ギルドに到着した。

 ギルドフロアを通り、カウンターへ向かう途中、リルカルムが言った。


「噂、しているわね」


 冒険者たちがざわついていた。内容は、幸せの会とミニムム――孤児を守っていると思われた団体が、その子供を食い物にして資金を得ていたことについて。特に幸せの会の寄付要求に応じていた冒険者が少なからずいて、騙されたと怒り心頭だった。


「当然です」


 ソルラも表情を険しくさせた。


「慈善するフリをする卑劣な大人がいたなんて、信じられません! 天は決してこの者たちを許さないでしょう!」


 今回の件、ユニヴェル教会も協力してくれたが、ソルラは終始怒っていた。

 幸せの会とミニムムは、子供たちを収容し、犯罪者か奴隷として売っていた。中には親を殺して天涯孤独とした子供を拉致、収容するという行為にまで手を染めていた。聞いただけで酷い話ではあるが、ソルラの怒りもまた根深い。


 以前ガルフォードが言っていたが、ソルラは両親を殺され、アッシェ神父に引き取られ養女となった過去がある。


 善人に拾われた彼女だったが、もし拾ったのが幸せの会だったなら、ソルラは連中に利用され、不正奴隷として売られていたかもしれない。自分もそういう目に遇う可能性があった――だからこそ、他人事ではないのだろう。

 リルカルムは冷ややかな目になる。


「神様のことは知らないけれど、ワタシも親の顔も知らないし、魔術師結社なんていうクソたちにいいように呪われた。言い訳するわけじゃないけど、ワタシも拾われた相手次第では、災厄の魔女にはならなかったかもしれないわね」

「リルカルム……」


 ソルラが初めて、リルカルムに同情するような目を向けた。

 拾われた相手次第、か。確かにな。そうだろう。俺は内心で納得しつつ、カウンターでギルマス代理を呼んでもらう。

 すぐにボングがやってきた。


「アレス様、これからダンジョンですか?」

「そうだ。ひとり、冒険者の登録をしたいからお願いできるか? ……訳ありでね」

「承知しています。彼女が、災厄の――」

「あまり、そういう言い方はしてくれるな? 彼女の呪いはもう俺が喰ったんだから」


 呪いを振りまかない彼女に『災厄の魔女』呼びは、失礼じゃないかな。


「それと、今日はギルマスに相談があるんだ」

「と、言いますと?」

「前回、モンスター素材を持っていないといったら、もったいないと言っていたな? ……フロアマスターなどの強いモンスターの素材は、お金になると聞いた」

「ええ、言いました」

「俺もちょっと入り用でな。そういう素材回収も次からやろうと思っているのだが――」

「あぁ、わかりました。お任せを」


 言わなくてもわかります、とばかりにボングは笑みを深めた。


「実は、大公閣下に紹介しようと思っていた回収屋がいたのですが……ちょうどいい。紹介しますよ。流れ者なんですが、凄腕です」

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