第50話、回収屋 そして罪人たちの断罪
紹介されたのは二人組だった。黒っぽいマントに黒髪、軽戦士風の出で立ちは共通している。
ギルマス代理のボングが、それぞれを指し示した。
「こちらはジン。回収屋のジン。そっちは弟子のラエル」
「どうも」
淡々とジン、そしてラエルは首肯した。ジンは三十代くらいか。熟練感が漂うのは、戦場帰り特有の冷めた目をしているせいか。対してラエルは若く、二十くらい、いやひょっとしたら十代かもしれないのだが、表情が落ち着いていて、新人臭さはなかった。
若い弟子が冷静なのは、元来の性格でなければ師匠の教えなのだろうと思う。
「アレス・ヴァンデだ。聞いていると思うが、俺は大公だが、ダンジョン内では、あまり身分のことは気にしないでもらえると助かる」
「承知しました」
ジンが頷くと、ラエルも同様に頭を動かした。昨日今日組んだ関係ではなさそうだ。
「よろしいですか?」
「何だ?」
「あなた様のことは何と呼べば?」
俺のことか? そうだな――
「名前を呼び捨てにしていいと、言ったら?」
「了解、アレス」
ジンは、あっさり呼び捨てにした。事務的に、そして切り替えが早いのは、ひょっとしたら貴族との付き合いやこの手のやりとりに慣れているのではないか? これくらいで動揺しないのは気にいった。これから魔の塔ダンジョンに挑むわけだが、なるほどボングもきちんと腕利きを選んでいたようだ。
「ちなみに、ジン。魔の塔ダンジョンの経験は?」
「自分は45階まで。ラエルは22階まで」
「45階! 今のところ冒険者たちの中では一番奥までか」
これは凄腕、上位の冒険者だ。
「回収屋ですから。冒険者が行ったところまで行けないと意味がない」
「なるほど」
俺が納得していると、後ろからソルラの声がした。彼女はリルカルムとこちらの様子を見守っていたのだ。
「よろしいでしょうか? 回収屋とは……?」
「ダンジョンに潜って、人や物を回収する仕事です、騎士殿」
ジンが礼儀正しく答えた。
「冒険者とは違うのですか?」
「ダンジョンや危険地帯で仕事をするのは同じです。兼業しているので、冒険者でもありますが、回収屋の本分は、攻略ではなく、不明者の捜索やダンジョンで放棄せざるを得なかった物品の回収などです」
ダンジョンに精通し、経験と勘、商売道具である回収道具を使い、遭難者や置き去り者の救出、放棄物資の回収を行う。
「まあ、今回は、俺たちが倒したフロアマスターやモンスターの素材ということになるのかな?」
前回、俺がボングに踏破階数を報告した時、魔物素材を放棄したことを、もったいないと言われた。それもあって今回、ギルド側が素材を無駄にしないように回収屋を手配したのだろう。
俺としても、素材の買い取りでお金がもらえると聞いたので、回収作業をやってもらえる人材はありがたい。
「そういえば、アレス様。急にお金を稼ごうと思われたのは何故ですか?」
ボングが思い出したように聞いてきた。……そういえば理由を話していなかったな。
「先日、幸せの会とミニムムを潰して、子供たちを保護しただろう?」
「あれは痛快でした!」
ボングは相好を崩す。
「寄付強要集団の不正と悪事が暴かれた! 子供たちも救われた」
「そうなんだが、問題は子供たちのほうでな」
「と、言いますと?」
「いや、助けたはいいが、国と教会に保護を丸投げしてしまうことが、俺個人としては心苦しくてな。いま俺は大公であるが、土地もないし、お金もない」
「え……そうなのですか? 今回のことで、報酬が出たりとかは?」
「出たよ。保護した子供の生活費に注ぎ込んだ。突然押しつける格好になった国と教会には出費を強いてしまったからな」
子供を保護するといっても金が掛かるわけだ。王国だって、税金であれこれするが予算は限られるわけで、どこかで負担が増えれば、別のところで割を食う者や事業も出てくる。教会も基本は国や貴族、商人などの寄付で運営されている。
「アレス様がそこまでされる必要があるのですか?」
「これでも一応、王族だからね。民のため働くのが仕事だ」
で、それら子供たちを養っていくお金の足しになれば、と今回の魔の塔ダンジョンでの素材回収なども始めようと思ったわけ。
「金を回さねばならない。子供たちにも恩恵が届くように」
「……」
「アレス……」
ボングとソルラは尊敬の念を露わにした。師匠の後ろに控えていたラエルも、驚きが顔に出ている。
リルカルムはたっぷりあるお胸の下で腕を組みつつ、何とも複雑な表情をし、ジンは特に感情の変化はなさそうだった。だが――
「あなたがそう望むであるなら、自分たちも最善を尽くすだけです」
「よろしく頼む」
素材回収が、子供たちを養うお金になる。未来のヴァンデ王国を担う若者たちのために、ぜひ力を貸してほしい。
・ ・ ・
王都を揺るがした、幸せの会とミニムム事件における罪人たちの処断が下された。
まず奴隷購入に関わった貴族たちだが、購入された奴隷の状態を調べ、さらに買われた子供の環境や境遇が確認された。
それにより、罰に差が出た。不正とはいえ、購入した奴隷をきちんと人として扱い、暴力を振るわなかった者については罰金刑で済んだが、虐待、性暴力、実験体などの非人道的な用途に奴隷を使った者は、財産、土地を没収の上、絞首刑に処された。
その中での一番の大物はクレン侯爵であり、頻繁に少年少女を買っては虐待死させていたという。
この手の、しかも貴族だったとあって、王都刑場での絞首刑執行には多くの民が詰めかけ、怨嗟の声が洪水となったという。
そして肝心の幸せの会とミニムムである。
保護の名の元に子供を商品として扱っていたことは、同情の名のもとに時に強引に寄付を迫っていたこともあり、民衆の大きな怒りを買っていた。
構成員の幹部もまた極刑となり、関係者は犯罪奴隷に落とされた上で、強制労働刑に処された。
幸せの会責任者リングア・ネグロ、ミニムムの責任者であるバルトン・ハット伯爵への罰は凄惨を極めた。
一度呪いにより、スライムのようになったリングアは、アレスのカースイーターにより元の姿を取り戻すことができたが、その場で不死の呪いを与えられ、死ねない罰を与えられた。
その後、ハット伯爵とリングアは、絞首台で吊された。だが死ぬこともできずに苦痛にもがき続け、さらには集まった民から投石を受ける石打ちの刑も加わった。
それでも死ねず、数日はひたすら的にされ続けた後、呪術士が呼ばれた。二人は燃焼の呪いを掛けられたのち、石壺に閉じ込められ、忘却の牢と呼ばれる地下牢に放置された。
子供を食い物にした罪人の男女は、体が燃える苦痛に永遠にのたうつ事になるのだった。激痛に、後悔の悲鳴をあげ、泣き叫んで、慈悲を乞うが、その声は、誰の耳に届く事はなかったのである。
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