第51話、潜る者たち
王都のとある建物、その地下室に男たちはいた。
「アレス・ヴァンデ……実に厄介な存在だ」
「奴が現れてから、ヴァンデ王国属国化計画が、滅茶苦茶だ」
その男たちは、口々に不満を漏らす。
「イリオスが捕まり、同胞が相次いで捕縛、ないし自決に追い込まれている。王国は本気だ」
「王暗殺と王太子傀儡も失敗。アレス・レームは呪い返しを喰らい、無様に死亡。その父であり重臣であるカーソン・レームも、近いうちに反逆罪で裁かれるらしい」
「処分するということは、大方情報を引き出したということか」
「帝国との密約は……まあ、バレたでしょうな」
「とはいえ、ヴァンデ王国側からガンティエ帝国に抗議はあるまい。帝国は濡れ衣だと知らぬ存ぜぬを通すだろうし、あまりしつこく言うようなら、武力侵攻もあるからな」
隣国に位置するガンティエ帝国は大国である。その兵力も大きく、そこらの国々では束にならなければ対抗は難しいだろう。
ならば早々に武力で攻め落とせば、とも思えるが、それをしないのは、ガンティエ帝国は全方向に敵を抱えているからだ。一国に攻め入っている間に、反対側の別の国が攻めてきたら対応が苦しくなる。一国二国ならばまだ何とかできるが、徒党を組んで攻められれば如何な大国といえど危ない。
だから他国に工作員を送り、大規模な軍を送らずとも支配できるように水面下で仕掛けているのである。どの国にも帝国の工作員がいて、対帝国同盟を組まないように監視と、その推進者の殺害。その国における貴族を誘惑ないし勧誘し、国と民の間の対立構造を作らせようとしていた。
「幸せの会とミニムムの件は、残念でしたな」
「左様。帝国への協力者として、実に役に立ってくれていたのに」
「あれで協力者貴族も何人か首が飛んだからな……。資金源もそうだが、王国と民の分断工作が泡と消えた」
民の暮らしがよくならないのは無能な王族のせいだ――そう噂を流布し、また子供たちを救っている幸せの会などが中心となって、それとなく民を反王国へと向かせる計画だった。
だがそれが浸透する前に、不正が明るみとなり、ヴァンデ王国の売国奴どもは、民たちが蓄えていた怒りの直撃を受けて処刑されていった。
「まあ、リングア・ネグロやバルトン・ハット、クレン侯爵などは、金目当てのクズ。売国奴どもにはお似合いの最期ではあった」
リングアや王国貴族らをそそのかし、利用しておいて、彼らは実に冷淡だった。所詮、ヴァンデ王国の人間。帝国からしたら、ただの使い捨ての駒でしかない。金のために自分の国を売り渡す売国奴を、帝国は評価などするはずがなかった。
利用するだけ利用したら、どの道、悪業を全部背負わせて、民衆の怒りを浴びて死んでもらうつもりであった。火を焼べるためだけの着火剤程度の価値しかない。
「暗殺者や、ゴロつきどもを使って処理するか……」
「情報によれば、アレス・ヴァンデは、魔の塔ダンジョンの攻略に向かうらしい」
「王都冒険者ギルドも人事が刷新され、我らでは手が出せなくなった。ギルド側から不正で潰すことは叶わない」
「それは仕方ない。いやむしろ、相手は王族だ。ヘタを打てば、逆にギルドが潰されていた。そう考えれば、損も得もないと言える」
「しかし、ダンジョンにいるうちに、ついでに死んでくれると嬉しいのだが……」
「魔の塔は、邪教教団のテリトリーだ。あいつらは我々も敵だから、こちらからは手は出せん」
「冒険者に始末させるのは? 何人か使えるヤツがいただろう?」
「ギルドで前のギルマスが捕まり、その協力者だった連中も軒並み逮捕されたが……」
「数えるほどには、まだいるだろう?」
「うちの工作員も含めて、な。だが同行はおそらく無理だろう。アレスは先手を打って、冒険者の同行者を拒否して45階に来れる奴だけに限定した。おかげで、実力者でなければダンジョン攻略に同行できなくなった」
「45階に行くまでに、こちらの手の者を送って待ち伏せさせるか?」
「それが無難だな」
「とにかく、アイツを消さねば、ヴァンデ王国への工作は上手くいかない」
アレス・ヴァンデを殺害する――男たちは頷いた。
・ ・ ・
前回、魔の塔ダンジョンを20階まで踏破した俺とソルラだったが、リルカルムが加わったことで、またも一階からのスタートとなった。
階層突破の魔法陣は、本人しか使えない。だから俺とソルラ、回収屋のジン、ラエルは20階から始められるが、今回初のリルカルムは最初からなのである。
でもまあ、それはそれだ。リルカルムやジンたちの実力を見ることができるし、倒した魔物素材も改めて回収できるからだ。
はっきり言えば、リルカルムは強かった。さすが災厄の魔女と二つ名をもらうだけのことはある。指をパチリとならすだけで、ゴブリンが炭になってしまう。
フロアマスターが相手でも――
「切り裂け! エアカッター!」
ゴブリンロードが、一撃で斬首された。……リルカルムが身振り手振りが大きいと、その手薄な服装が、ギリギリになるのは何とかならないものか。大事なところが、風ではためくと色々危ない……。
さて、倒したモンスターの素材などを、回収屋コンビが処理するのだが、これはちょっと俺の想像と違っていた。
てっきり大型の魔物など、部位をその場で解体して、高くなるところだけ持ち帰るのかと思っていた。だがジンは倒した魔物を、次々に異空間に放り込んでいったのである。
「ストレージ、アイテムボックス――色々言い方はありますが、アレスにとってもダンジョン攻略の時間を、魔物解体で割きたくはないでしょう?」
ジンは淡々と言った。
「アレスが攻略に集中できるように、というのも我々の仕事のうちなので、ご心配なく」
「あ、ああ……」
俺は頷くしかなかった。ジンが使っているのは異空間収納と言われる魔法の類いだろう。その大きさは多々あって、小さな倉庫程度のものが一般的らしいが、大きいものだと屋敷規模とか、無制限なんてものもあるらしい。
異空間収納が使える者は、色々重宝する。荷物運びが楽になるし、その輸送できる量も差はあれど、増えることは間違いない。実際どれくらい収納できるのは、外側からはわからないので、完全に自己申告となる。
回収屋にその容量を聞くのはタブーだろうか? まあ、彼らがいつから回収屋をやっているかわからないが、名乗るくらいだからプロと判断してもいいだろう。ジンは45階まで行ったといっているし、大体のところは把握しているはずだから、俺が気にすることはないかもしれない。
異空間収納がいっぱいになるなら、その時はジンが言うだろうし、値が高くなるものを優先していけばいい。
ジンは、魔物の素材をどんどん放り込んでいくが、ラエルは敵の落とし物――ゴブリンやオークの武器や防具などを、手早く集めていった。最後はジンの収納に預けているようだが、そのうちのいくつかは、ラエル自身が背負っているバックパックに入れていた。
「一応、これも異空間収納になっているんです」
ラエルは控えめな調子で言った。素朴な少年という感じで、細かなことも文句ひとつなくこなしていった。
同行者が増えてどうなるかと思ったが、これならさほど遅れることなく進めそうだった。
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