第52話、欲しがるリルカルム


「やっぱり杖がほしいわ」


 リルカルムが言った。

 ただいまダンジョン3階。辺りは泥沼のようであり、そこから生えている大木の根を足場や橋代わりに辿っていく。沼から這い出て、鉄砲水を出して、泥沼の上に落とそうとしてくる魚の魔物や、骸骨兵士、ゴーストや泥沼を泳ぐ巨大蛇などが襲ってくる。


「杖?」

「そう、杖よ」


 あまり太いとはいえない根の上で、リルカルムはバランスを取る。


「こういう足場の悪いところで仕掛けられると、どうしても正確性に欠けるのよねぇ……」

「杖なら何でもいいのか?」

「ワタシに相応しい杖がほしいわ!」

「相応しいってどんな?」

「強くて、売ったら値段がつけられないようなやつぅ?」


 そんなものあるか。俺は、倒れている大木の橋にジャンプして飛び乗る。


「何でもよければ、杖があるが?」


 ジンが口を開いた。それはいい。


「ジン、悪いが適当に貸してやってくるか?」

「了解」


 何もない空間――ストレージから棒を取り出すジン。知らないと手品のようにも見える。彼は泥沼の上を滑るように進む。その姿に、ソルラが目を丸くした。


「う、浮いてる!?」

「浮遊の魔法だよ。僕は使えないけど」


 ラエルが解説した。


「それより、この段差は越えられそう?」

「う、前回は、アレスに抱えてもらったんです……」


 この泥と木の足場フロアは、別名騎士殺しという重装備冒険者を苦しめる階となっている。前回きた時、ソルラは文字通り俺の脇に抱えられ、この階を突っ切ったのだ。呪いパワーを利用すればなんてことはないのだが、ソルラとしては少々恥ずかしかったようで、今回は俺のほうで遠慮したが、さてさてどうするやら。


 この階は、いくつかルートがあるが、中央寄りは足場が安定している。ただし、鉄砲水を吐き出す魚が多く、集中砲火を浴びがちだが。


「足場やるんで、跳んでください。障害物越えのジャンプのやり方は、知ってます?」


 ラエルが段差を背に構える。ソルラは頷いた。


「はい、騎士の訓練でやりました。でも……装備込みなので、重いですよ?」


 やや躊躇いがちに、ソルラは上目遣い。いくらラエルが男性でも大丈夫なのか、と遠慮しているようだ。ソルラは金属鎧に盾や剣を持つ。多少軽量化が図られているが、それでもそこらの荷物より重いんだこれが。


「大丈夫です。身体強化の魔法を使っているんでいけますよ」

「身体強化……では、お言葉に甘えて!」


 覚悟すると早かった。助走をつけてソルラが走り、そしてジャンプ。ラエルの両手がソルラの足を支え、さらにジャンプさせ、障害物となる大木の上へと彼女を飛ばした。お見事。


「乗りました! ありがとうございます」

「いえいえ」


 ラエルはお礼を軽く流すと、足に魔力を回して跳躍の魔法で上に上がった。


「今のも身体強化魔法ですか?」

「師匠に教わったんです」


 そう言いながら、ラエルはバックパックストレージから武器を取り出した。これはまた、不思議な形だ。ソルラも首を捻っている。


「何です、それ?」

「銃といいます。とあるダンジョン産の古代文明武器です」


 両手持ちのそれは、先端に筒状のものがついている。ラエルが銃というそれを構えると、大木橋を通る者を狙うアクアブラストフィッシュを撃った。

 空気の抜けるような音がして、鉄砲水を吐き出す魚が、次々と泥に沈んでいく。へぇ……。


「回収屋をやっていると、時々こういうのがあるんですよ。……さあ、進みましょう」

「便利なものですね」


 ソルラは言った。ラエルの持つ銃とやらは、魔法武器かもしれない。

 などと思っていたら、後ろでリルカルムの素っ頓狂な声を出した。


「これ世界樹!?」

「オーダーされた呪いに親和性があるもので、最高のものとなるとこれかな、と」


 ジンが、リルカルムに頼まれた杖を渡していた。聞き違いか? 世界樹とか聞こえたが?


「なんで、こんなものを持っているのよ、アナタ」

「回収屋だからな。色んなダンジョンに潜れば、時々こういう当たりを引くこともある」

「売れば、大金になったでしょうに。……世界樹の杖なんて、世界中の魔術師垂涎の品じゃないの」

「自分は勿体ない症候群にかかっていてね。貴重そうなものは、売る気にならない」

「……もらっていいの?」

「どうぞ。どうせ売るつもりがないから、このままストレージの肥やしにするのも勿体ない。リルカルムなら、その杖を使いこなせるだろうし」

「アナタ、人を見る目があるわね」

「どうも」


 すいー、とジンは浮遊魔法で泥沼より十数センチテグルのところを浮いて移動する。……あの魔法、便利だな。


「ジン。いいのか? リルカルムに……。いいものなんだろう?」

「呪いを蓄える杖を作りたいってオーダーだったので、そこらの拾いものだと、呪いに耐えられない。腐るか壊れてしまうので、それこそ勿体ない」

「世界樹の杖なら、呪いにも強いって? ……って呪いを蓄える杖だって?」

「言ってましたね、彼女は」


 呆れた。呪いの武器を作ろうとしているのか。彼女は呪いに耐性があると言っていたけど、他の者なら触れただけで呪われる恐るべき杖を作るつもりなのだ。災厄の魔女に相応しい武器だけど、ちょっと物騒過ぎない? 普通だったら国とかに禁止されそうなんだが。


「アレスー、アナタ『呪い』が余ってるんでしょう? 杖に喰わせるから頂戴よ」


 リルカルムは呪いの武器を作る気満々だ。


「というか、呪いをくれっていう人間は、お前が初めてだよ。……やらない」

「ケチ! いいわよ。自分で、適当に呪いを集めるから」


 俺たちは泥沼の上を木の足場に乗って進む。リルカルムは文字通り、呪いの杖を作り始めた。


 何をしたかと言えば、この階に出てきたゴーストや、スケルトンに宿るじゅを世界樹の杖に喰わせたのだ。この階を踏破する頃には、杖の先に毒々しい呪いオーラが立ち上るようになり、教会の騎士であるソルラが露骨に眉を潜める代物になっていた。


「ふふふ、いいわ。この杖……もっと! もっと呪いを喰わせてェ!」


 リルカルムが完全にヤバイ人みたいなテンションになっていた。ソルラが俺を肘で小突いた。


「いいんですか、彼女にあんな物騒なものを持たせて」

「うーん、呪いなら俺がいざとなれば逆に喰ってしまえるからな……。大丈夫なんじゃないか」


 世間一般の冒険者には対処できない呪いだが、俺は呪いなんて怖くもなんともないし。それで悪さをするようなら、不老不死ではないし、責任をとって始末するだけだ。


 杖を手に入れて気分がよかったのか、そこから10階まで、リルカルムの独壇場が続いた。フロアボスも魔法と呪いの組み合わせてで撃破。5階フロアマスターであるドラゴンもサンダーボルトの魔法一発で胴体と首を分断した。


 なお回収素材であるドラゴンの角や牙なども、粉砕されてしまった。首から上が蒸発してしまったくらい、凄まじい威力だったのだ。

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