第53話、ノービス・マスター


 14階はどこぞの廃城のような階だ。石造りの城といった場所で、階と称したが、複数階あって、それを全部まとめて14階という扱いだ。


 呪いで動く武器や鎧といった魔物が襲ってきたが、リルカルムが嬉々とした顔で迎え撃った。

 この手の魔物は、呪いで動いているから、彼女の杖の餌となったのだ。


「浄化しなくて済むのは楽でいいですが……」


 前回は、ソルラの神聖魔法も出番があったが、今回はその出番もなさそうだ。……などと言ったが、前言撤回。

 後半、敵がゴーレムに切り替わると、途端にリルカルムがやる気をなくした。


「リルカルム!」

「だってぇ、こいつら呪いで動いていないもん!」


 ロックゴーレムやアイアンゴーレムといった硬くてしぶとい敵が、道中を阻む。


「前回も、ここでは役に立てませんでした……!」


 盾を構えて、ホーリーブレードでゴーレムを牽制するソルラ。神殿騎士の剣も、ゴーレムの装甲には弾かれるばかり。

 ラエルも狙撃銃という飛び道具で、ゴーレムの弱点でもあるコアを狙い撃つが、仕留めるまでに数発から十発くらい必要と、効率が非常に悪かった。


「ゴーレムってのは、呪いと相性が悪いんだよな」


 そもそも呪いが効かない。弱体化もしなければ、獣に変化するとかもない。不思議なのだが、燃やしたり溶かしたりと、攻撃に特化した呪いを使っても威力がほとんど乗らない。一応、その手の呪いは効いているのだが、普通に戦った方がマシレベルのありさまだ。


「まあ、俺は『呪い』だけじゃないからね」


 剣術『点』! 腕を振り上げ、ガラ空きになったゴーレムの胴体コアに、カースブレードで突く!

 傍目にみれば、ただの突きだ。それ以上もなく、それ以下でもない。基本中の基本。だが研ぎ澄まされた一突きは、物体を貫く!


 砕けた。ゴーレムが。コアがバラバラに粉砕された。


「相変わらず、凄いですね……」


 ソルラが感嘆した。前回の道中で、俺の剣術を彼女は見てきた。


「なに、ソルラだって極めればできるさ。魔力を剣に乗せただけの技だからな」


 他の国では知らないが、ヴァンデ王国の騎士たちは、大なり小なり魔力を武器に乗せる技を使える。むしろ、それができないとこの王国では騎士になれない。


 人は魔力を持っているから、魔法を使えなくても、武器に魔力を流して威力を高めることはできる。そこから派生して魔法を使えるようになる者も少なくない。むしろ、それは魔法なのか剣なのか、判断に困る技もあったりする。


 剣に風の力を宿らせて振るう真空斬なども、エアカッターやエアブラストの魔法ではないか、と言われたり、な。


 アイアンゴーレムがノシノシと向かってくる。重厚感溢れるそのボディ。動きは遅いが、当たれば致命傷になりかねない鉄の腕が唸る。背が高いせいもあり、リーチはゴーレムのほうが長い。普通に一体一ならば、こちらが攻撃する前に、ゴーレムの腕が仕掛けてくるわけだ。


「あいにくと、俺は基本の型しか使えないが」


 ゴーレムの振るわれた腕が、ガキンと金属音を響かせてカースブレードによって弾かれる。


「魔力を刃に乗せれば、こういうこともできる」


 剣に乗せる魔力が、敵の攻撃力に足りないと、突破されて剣を破壊されたり、騎士のほうが吹っ飛ばされる。


 もっとも騎士のほうが弱い例もあれば、武器自体が魔力に耐えきれずに自壊してしまう場合もある。ヴァンデ王国の騎士にとって、魔力に耐えられる剣はよき剣とされる。


 その点、このカースブレードは魔力との相性がよく、俺の望む通りに魔力を受け止めてくれる。いや、むしろ魔力をよこせと、俺から吸い取っているくらいだ。


「昔は、とかく派手な技が好まれたものだが――」


 俺はゴーレムに踏み込む。


「敵を倒すのに、複雑さも派手さもいらない。基本技だけで充分だ。無駄な肉を削ぎ落とした一撃を当てる。それで敵は死ぬ」


 ゴーレムの腰を上下に分断、そのままゴーレムコアに一撃。ドシンと鉄の塊が床に落ちる。


「とはいえ、まとめて敵を倒せる技には心惹かれるものがあるが」



  ・  ・  ・



「ノービス・マスター……」


 ソルラは、アレスの剣技を見て思わず呟いた。それが聞こえたラエルが聞き返す。


「何です?」

「英雄王子アレスの悪魔退治の終盤、アレスの剣技は、基本技に先鋭化していったとされています」


 凄まじい力、強力な魔力と魔法、不死身のような耐久力を持つ悪魔を倒していく中、アレスの戦いぶりは、シンプルなものになっていったと伝えられている。


 今のように呪いを宿して平然としていることはなく、悪魔を倒すごとに、アレスと彼の持つ聖剣は呪われていき、その力はどんどん落ちていった。


 当時は呪いの力を自在に操る術はなく、ただただ身に受けた呪いの効果を利用しつつ、弱くなっていく中で、一点に集中する技を極めていった。逆にいえば、そうせざるを得なかったのだ。


 結果、後年のヴァンデ王国の騎士たちは、見習いに基本の大切さを説く時、アレスを例に出すことを好んだ。


 英雄王子アレスは、基本技で悪魔を討伐した。強くなりたければ、基本を疎かにするな、と。アレス不在の五十年の間に、一部では彼のことを、初心者でもできる技を極めた結果、最強となった騎士として『ノービス・マスター』などと呼んだ。


「……それ褒めているんですかね?」


 ラエルが感じた通りを言えば、ソルラは真顔になる。


「何にでもマスターがつくということは、凄いことなのです。そもそも、一般人がノービス・マスターと同じことができるのか、と言われれば、答えはノーです。初心者でもできる技を使っているはずなのに、その足下にも及ばないのですよ?」


 誰でもできるはずなのに、できない。


「私だって、形だけなら真似できます。難しい技ではないはずなのです。でも彼ほど強くない。あんな……アイアンゴーレムを一刀両断なんて」

「確かにそうですね」


 ラエルは首肯した。


「でも、それはアレス様の持つカースブレード、ですっけ? あれの力があるのではないですか?」

「あれは色々呪われて、持つ者に様々なペナルティーを与えます」


 ソルラは目を細めた。


「今では呪いを自在に操れるアレスしか持てないでしょうね。一般人が持てば、呪いに支配されてしまう……。あとこれ、アレスが言っていたのですが、魔力を乗せないと、人も斬れないなまくらなのだそうです」

「え……そうなんですか?」


 冒険者ギルドの前ギルドマスターであるホスキンを返り討ちにした時、呪いも魔力も込めずに打ち込んだら、吹っ飛ばすことはできたが、斬れなかったのだという。五十年前より、さらに威力が下がったと苦笑していた。


 ソルラとラエルが戦いを見守るくらいの余裕があるうちに、アレスはゴーレム集団をほぼ単独で撃破してしまった。

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