第54話、襲撃者、現る


「……出てきたぞ、あれがアレス・ヴァンデだ」


 情報屋のドラウは、旅人のマントを身につけた軽戦士に言った。


「伝説の英雄王子様か」


 軽戦士――暗殺者のベルデは目を細めた。魔の塔ダンジョンのある広場を見渡せる建物の三階から、それを見やる。

 魔の塔ダンジョンから出てきたのは、黒い騎士甲冑をまとう男と、女神殿騎士、やたら露出強めな魔術師と、バックパックを背負ったサポーター風の男が二人のパーティー。


「殺すのは、英雄殿だけでいいんだな?」

「ああ、そいつを殺せば、十年は遊んで暮らせるだけの賞金が出る」

「……今は人数が多い」


 ベルデは窓から引っ込んだ。


「できれば一人になったところを叩きたいが――」

「難しいな。後ろのバックパッカーは冒険者ギルドの回収屋だから離れるだろうが、神殿騎士と魔術師はどうかな……」


 情報屋は唸る。


「いま、アレス・ヴァンデは王城に住んでいるからな。潜入だって命懸けだし、狙うなら外にいるうちがいいと思うが……」

「もう少し様子を見たいな」

「あんまりのんびりやってると、他に出し抜かれるぜ?」


 ドラウは首を横に振った。


「隣国さんは、あの大公を消したいようだからな。刺客にできそうな奴にどんどん声を掛けてるみたいだ。……例の幸せの会や前ギルド逮捕の件は、連中にとってよっぽどやられたくないところだったんだな」

「隣国のことなんざぁ、どうでもいいさ」


 ベルデは口元を歪めた。


「元々隣国人は嫌いだからな」

「じゃあ、何でこの依頼を受けたんだよ?」

「金になるからさ。決まってるだろ」


 真顔で答えたベルデは、部屋を出て行った。



  ・  ・  ・



 魔の塔ダンジョン二回目、今回は一からスタートして16階でお開きとなった。


 前回は俺とソルラだけで、面倒なら俺が彼女を抱えてやり過ごしたりして、ガンガン進んだが、さすがに五人で移動となると、そうスイスイとはいかなかった。

 その代わり、しっかりリルカルムやジン、ラエルの動きや能力を観察できた。


 ややペースは落ちたが、いずれも実力については文句はない。リルカルムは、伝説の魔女と呼ばれるだけの魔法の才能があり、魔術師として比較してもトップレベルにあるだろう。ジンについては、まだ本気を出している様子は見えないが行動は的確。その弟子ラエルも、こちらのペースに随伴できる体力と能力を持っていた。


 冒険者ギルドに到着し、早速、本日の成果報告……なのだが。


「回収した魔物素材の解体と並行して、自分らのほうでやっておきます」


 ジンがそう申し出た。俺たちの行動を極力妨げないようにと、現地での解体は避けてストレージに放り込んできた戦利品である。16階制覇分、かなりの数があるのだが、それを監督するとどれだけ時間が掛かるかわかったものではない。


「すまんが、任せられるか?」

「お任せを。それも仕事のうちですから」


 淡々とジンは頷いた。ここで彼とラエルを残し、俺、ソルラ、リルカルムはギルドを出た。俺とリルカルムは王城へ、ソルラはユニヴェル教会に――


「どうした、ソルラ? 教会はこっちじゃないぞ?」

「王城まではお供します」


 生真面目な神殿騎士は俺から、すっとリルカルムを睨んだ。


「さすがにアレスとそちらの魔術師を二人きりにするのは、精神衛生上よろしくないので」

「あらぁ? ワタシとアレスがイチャつくのがご不満?」


 リルカルムはすっと俺の腕に自身の腕を絡めてきた。露出過多な魔術師さんのそんな密着行為は、町の人間の注目をさらに集めてしまう。

 特にそういう関係ではないはずなのだが、リルカルムの行動はソルラの神経に触る。


「天下の大公閣下に、悪い虫がつくのは、王族の品位を下げる行為なので、どうぞやめてください」

「えぇ、ソルラったらお堅いー。まあ、教会の神殿騎士なんて、そんなものよね。真面目ちゃんばっかりなんだから」


 とりあえず、帰ろうよ、ということで王城へ足を向ける。リルカルムはくっついたままだし、ソルラはそんな魔女をたしなめている。


「わかった! ソルラもアレスと腕を組みたいんでしょ?」

「はぁ?」


 床を這うゴキブリでも見るような目で、ソルラはリルカルムを見る。


「何でそうなるんですか?」

「だって、ワタシがアレスとくっつくのは面白くないんでしょう?」

「ええ、不愉快ですね」

「つまり、アナタはアレスに好意を抱いているということなのよね」

「だから! どうしてそうなるんですか!?」

「そうやってムキになるのが怪しいのよね。意外とムッツリなんじゃない?」

「なっ、ムッツリ!?」


 ソルラの顔が朱に染まった。……おい、今何を考えた? 意味深なリアクションして。


「右側が空いてるわよ、ソルラ。どうぞ」

「どうぞ、じゃありません! 周囲の目があるのですから、そういうふしだらな行為は――」

「腕を絡ませるのは、ふしだらではなく、親密さを表す行為でしょ? 大丈夫なの、教会? 頭が固すぎるのではなくて?」


 おいおい、その辺でやめに――と言いかけた時、突然、リルカルムが身を離した。


「マジックシールド!」


 短詠唱の防御魔法が俺たちを包んだ瞬間、爆発が起きた。襲撃か!?


 近くで二、三爆発が起きて、近くを歩いていた住民らが慌てて逃げ惑う。白昼堂々、王都での攻撃か!


 路地から黒フードで顔を隠した者が数人飛び出してきた。近くにいたソルラが剣を抜き、そのうちの一人を防ぐ。

 俺はカースブレードを抜き、リルカルムも杖を構えた。


「どうやらワタシたちを狙っているみたいだけれど、当然、返り討ちにしていいのよねぇ!?」

「売られた喧嘩は買ってよし!」


 大公に武器を向けてくるなら、暗殺者。その場で切り捨てても文句など出ない。


「ただし、一人は残しておけよ! 俺たちを狙った奴の正体が知りたいからな!」


 黒フードが素早く切り込んでくる。俺はカースブレードを構えて、刀身に黒き呪いのオーラを発散させる。膨れあがった負のオーラに、黒フード二人は息を呑む。その足がわずかに緩んだ瞬間、俺は踏み込んで剣の間合いに敵を入れると、瞬時に斬り伏せた。怯んだ分、彼らは反応が遅れた。


 奇襲を仕掛けたつもりだろうが、あっという間に終わってしまった。俺は二人を倒し、リルカルムもまた襲撃者を雷で感電ないし焼死させた。


「ひょっとして全滅させた?」

「アナタが一人残すと思っていたから」

「あ、こっち一人残っています……」


 ソルラが相手をしていた敵が傷を負い膝をついている。


「すみません、手間取って殺し損ねました」

「いや、情報がほしかったから、むしろよくやった!」


 俺は素早く呪いを切り分け、行動封じの呪いを襲撃者の生き残りにかけた。……せっかく捕まえたのに、逃げられたり自決されても困るからな


 さて、どういう手合いか、話してもらおうじゃないか。

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