第55話、俺がターゲット


「邪教教団の手の者に襲われただって!?」


 王城にて、ヴァルム・ヴァンデ王は大きな声を出した。


「兄さん、大丈夫なのかい?」

「俺は平気だよ」


 王都内で襲撃してきた連中――その正体は、邪教教団モルファーの信徒兵だった。捕虜と死体には、それぞれ教団のシンボルの入れ墨があった。


「捕まえた奴曰く、俺の復活は脅威だから、隙を見て消せってことらしい」

「王都のど真ん中での襲撃か……!」


 ヴァルムは眉間の皺を深くした。


「あの邪教信者どもめ」

「そう悪い話でもないさ」

「どういうことだい、兄さん?」

「連中が慌てて俺を消しにきたってことは、邪神復活はまだ時間が掛かるってことだ。少なくとも、俺が最深部に辿り着けるのがどれくらい先かわからんが、復活するより早く到達するのを恐れているんだろうよ」

「なるほど。復活が間に合うなら、わざわざ襲撃する必要はない」


 ヴァルムは自身の髭を撫でた。


「しかし、教団が兄さんの命を狙ってきたということは、これからもそのような襲撃があると見たほうがよいのか」

「そう、それが問題だ」


 邪教教団が、あの小規模襲撃一回で諦めるとは、到底思えないわけだ。


「王都の真ん中で攻撃してくるような奴らだ。手段は選ばないだろう。最悪、王城にも何らかの攻撃を仕掛けてくるかもしれない」

「警戒を強めよう」

「それはそうなんだが、どうも受け手というのは好かない」

「こちらから打って出るというのかい?」

「教団員の潜伏場所のひとつは、捕まえた奴の口から聞き出した。まずはそこを叩く」


 速やかなる報復を。


「だが、捕虜も言っていたが、邪教教団は他にもアジトがあるらしい。ひとつ叩いたくらいで、俺への襲撃がなくなることはないだろう」

「厄介だな……」

「そう。そこで、一つ提案があるのだが……お願いを聞いてくれるかな?」

「何だい?」

「隣国とも繋がっていたカーソン・レームの屋敷があるだろう?」


 王族を呪いの力で支配しようとしたアレス・レームの父、その屋敷は王都にある。


「先の反逆で奴の財産は国が没収しただろう? そのうちの屋敷を俺にくれ」

「処分前だから、それは構わないが、奴の屋敷をどうするつもりなんだい?」

「当面、俺が拠点にする」


 平たく言えば、俺が住むんだ。そう聞いたら、ヴァルムは目を見開いた。


「まさか、兄さん。城の外に住むと? 敵が狙っているんだ。危険じゃないか!」

「だから、だよ。俺を殺したい奴は、そこに集まってくる」


 暗殺者たちがやってきたところを、俺が返り討ちにする。


「レームの屋敷を選んだのは、派手に暴れても王都民を巻き込む可能性が低いということ。俺が呪いの力を使ったり、リルカルムが魔法を使って吹っ飛ばしても問題ないってのが利点かな」


 王城だと、さすがに城を壊さないようにという配慮が必要になる。かといって、今回のように王都内で仕掛けられて住民に被害を出したくはない。襲撃しやすさでいえば、屋敷にいるほうが連中も思い切り攻撃もできるだろう。


「屋敷や庭は荒れるだろうし、他で再利用するのが難しくなるかもしれないが」

「それは気にしなくていい。レームの屋敷よりも兄さんの身が一番だ」


 ヴァルムはさらりとそう言ってのけた。兄思いのよい弟だ。


「それで警備のほうはどうするんだい? 人数を言ってくれれば、こちらから回すが」

「黒バケツ隊がいる。あいつらは不死の罪人だから、敵に不意打ちされても死ぬことはない」


 下手に生身の人間が多くなると、こちらも最大火力の応戦が難しくなるからな。人数は最低限でいい。



  ・  ・  ・



 というわけで、俺とリルカルム、そして黒バケツ隊は、元大臣カーソン・レームの屋敷へとやってきた。


「大きい! さすが貴族のお屋敷だわ!」


 リルカルムは声を弾ませた。

 その屋敷は、大臣の王都内別宅という形である。敷地内はレームの土地だったが、すぐ隣は別の貴族の土地である。今は没収されたが、王都とは別にレームは領地を持っていた。


 王都別荘ともいうべき大きな洋館は、いかにも権力者の持ち物らしく実に堂々と建っていた。


「ここがこれから、ワタシたちの愛の巣になるのね!」

「言うのは自由だけど、俺とお前はそういう関係じゃないだろう?」

「むぅ、ノリが悪いわね、アレスは」


 そういうおふざけムーブば、生真面目神殿騎士さんの機嫌を損ねるので、控えてもらいたいものだ。幸い、ソルラは王城まで見送った後は教会に戻っていったからここにはいないが。


 住人がいなくなって数日。夜になったが明かりもなく、綺麗ではあるが、幽霊屋敷のようだ。大きな庭を通り、正面の大玄関へ。預かってきた鍵で中へと入る。広々とした玄関フロアが広がっている。


「まずは、住みやすいように改築が必要ね」


 リルカルムは、すっかり自分の家気取りである。しかし実際に住むとなれば、使うほうにとって便利であるべきではある。


 災厄の魔女という前科がある以上、野放しにできない彼女と同居するわけだが、多少のことは自由にやらせてあげよう。……そもそもここ、壊されること前提に拠点にするのだから、リルカルムが改築しようが、度が過ぎない限り許容する。


「アレスは何か希望はある?」

「ん?」

「せっかく改装するのだから、アナタの希望も反映してあげるってだけよ」

「何ができるんだ?」

「大体のことはできるわよ」


 リルカルムは言ったが、正直俺にはピンとこなかった。


 だが任せる、と言ったらいけないような気がする。口にしたら最後、『大体できる』という彼女が、どんな魔窟を作るのか想像もつかない。


「とりあえず、見ているからさ、やってみせてくれ」

「ええ、見るのぉ? 恥ずかしいわ」


 そういって、下の布の端をつまむのやめなさい。そういうのは別にいいので。


「ちぇ、燃えないわねぇ」

「その必要があるのか?」

「結構あるわよ? ワタシ、魔法の効果を高めるために、こういう格好をしているけど、それが周囲からどう見えるのかって自覚もしているのよ」


 大事なところを守っているが、正直、そっち方面の踊り子とさほど変わらない肌具合だもんな。周りでそれを見かける者たちには、まあ引っかき回されるだろう。


「そうやって見られることで、興奮――もとい、気持ちを高ぶらせることで、より強い魔力を引き出せるのよ」


 リルカルムは真面目ぶっているが、腰の角度とか、体の反り方とか、完全に異性を惑わすそれだ。

 やはり、油断できないな、この魔女は。

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