第56話、標的はアレス・ヴァンデ


 アレス・ヴァンデが、王城を出て、カーソン・レームの屋敷に入った。


 その情報は、大公を監視していた者たちを通して、王国共有参加守護団なる組織にも伝わった。


 王国のものは貴族だけではなく民のものでもある。皆で参加、連帯して、自分たちを守ろう――という地域組織である。その組織に一定の金を納めることで、国の重税取り立てから民を守り、また地元の治安維持――強盗やゴロつきからも守る自警団として活動している。


 ……というのは表向きであり、裏の顔は、幸せの会、ミニムムとも連携していた、隣国ガンティエ帝国の工作員たちの巣窟だった。


「大公が、何故レームの屋敷に……?」

「まさか、レームと我が帝国が繋がっていたという決定的な証拠が残っていたのでは?」


 レーム大臣親子を拐かし、ヴァンデ王国国王を亡き者に、後継の王太子を操ろうと画策していた、共有参加守護団である。


 カーソン・レームが王国軍に捕縛され、おそらく拷問で吐かされただろうが、証言だけならばまだ言い掛かりと、本国も突っぱねられる。しかし何らかの決定的物証が存在していたとすると、致命傷ではないにしろ、よくない事態に発展する恐れがあった。


「証拠があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいい」


 工作員リーダーであるシャルク・パーバは、部下たちを見渡した。ガンティエ帝国貴族の出である痩身の男は言う。


「どの道、あの大公は始末するつもりだったのだ。護衛も少数の今は、奴を殺す絶好の機会ではないか! 情報屋を焚きつけて、暗殺者を差し向けろ。こちらからも戦闘部隊を出す!」


 守護団戦闘員――王国人になりすました隣国人やその息のかかった部下たちで構成された自警団……というのは建前、時に王国民を恐喝や暴行を働くゴロつき役などをこなす暴力部隊である。


 共有参加守護団は、あたかも王国が重税を課しているように情報操作を行い、その重税から民を守っているように装って、金を巻き上げている集団だった。 


 もちろん、商人や一定階級の人間には、そんな重税でないのはわかるのだが、守護党が標的にしているのは低層階級、身分が低く、かつ自分を取り巻く世界が極めて小さな小作人や労働者たちだった。


 つまり、ボスが『これこれこうだ』と言ったら、それを本当だと信じてしまう者たちということだ。普通に暮らしていたら重税で持っていかれるが、守護団にお金を納めれば税金は軽くなる――そしてその金額は、王国の重税に比べればマシ、と、ありもしない税に騙されて、払わなくていいお金を吸い上げられているのである。


 かくて、帝国の水面下での侵略戦略を妨害したアレス・ヴァンデを討つべく、子飼いの戦闘員たちが武装して守護団本部より出撃した。

 シャルク・パーバは、戦闘部隊が成果をあげることを期待しつつ、本部で静かに待つ。


「幸せの会やミニムムのクズどもが死んだのはどうでもいいが、我々が長年かけて工作してきたものを潰されたのは、不愉快極まるのだ、アレス・ヴァンデ……!」



  ・  ・  ・



「旦那! 旦那、寝ちまったか!?」


 情報屋のドラウが戸を叩き、殺し屋のベルデは不快さを顔に出した。一瞬叩き殺してやろうかと思った。


「起きているよ」

「あ、旦那。動きがあったぜ、アレス・ヴァンデが王城を出た!」

「ほう、もう夜なのにどこへ行こうって言うんだ?」


 酒かな、とぼんやり思ったが、そもそも貴族が大衆酒場に出てくるものなのか。


「何か知らねえが、レームって大臣の屋敷にいるって。殺し屋やゴロつき連中が、今が狙い時って集まってるんだ!」

「あー、監視していた奴、多かったもんな……」


 何せ十年くらいは遊んで暮らせるほどの懸賞首だ。ベルデでなくても、大公の命を狙う者は少なくないだろう。


「いいのか? せっかくの獲物だぞ!? 他の連中が手柄を掻っ攫っちまうぜ?」


 ドラウが急かす。ベルデは鼻をならした。


「ふん、相手はあの英雄王子だぞ。そこらのゴロつき連中に始末できるもんかね」


 アレス・ヴァンデの伝説は知っている。強大かつ騎士団が束になっても敵わない悪魔を、ほぼ単身で倒した強者。それも一体や二体ではない。アレス・ヴァンデは、この王国各地を襲った悪魔を退治しまくったのだ。


 あれから五十年経っている。普通なら老人になっているはずの彼は、しかし若い頃の姿のまま、魔の塔ダンジョンに入って帰ってきている。おそらくその強さは健在だ。


「何の情報もなく飛び込むなんざ、死ににいくようなもんだね」

「旦那ぁ……」

「だいたい、アレスは、何で大臣の屋敷に行ったんだ?」

「そんなこと知らんよぉ」

「情報屋の癖にか?」

「んなこと行ったってなあ。カーソン・レームは王国への反逆罪でとっ捕まって、一族全員も根こそぎだ。屋敷だって、今は無人なんだ。何で向かったかなんてわかるわけない――」

「無人なのかその屋敷は?」


 ベルデが睨むと、ドラウはコクコクと頷いた。


「そうだよ! だから、同業者やチンピラゴロつきどもが押し寄せてるんだってば!」

「何しに向かったんだ……」

「だから知らんよ。……あー、もしかしたら無人だから王様にもらったのかもしれないよ。あの大公、帰ったばかりで領地も何もないから」

「怪しいな……」


 ベルデは顎に手を当て考える。


「夕方、襲われたばかりだろう……。普通その日は警戒するもんじゃねえのか……?」

「あー、何でも襲撃したのは邪教教団の連中だってよ」


 ドラウは、仕入れたばかりの情報を披露した。


「あいつら五十年前から、アレス・ヴァンデに恨みがあるみたいだから、それなんだろうなぁ」

「……罠くせぇな」

「あ?」

「ドラウ、出かけるぞ――」


 ベルデは近くに置いてある装備に手を伸ばした。ドラウは笑みを浮かべる。


「そうこなくっちゃ、旦那! さあ、早く行こうぜ!」

「いいや、ドラウ。急ぐこたぁねえ。オレたちは様子見だ」

「えぇぇ……」


 あからさまに落胆の声をあげるドラウ。ベルデは帽子を被った。


「オレの勘が正しけりゃ、先に突っ込んだ連中はたぶん返り討ちだ。聞いた話じゃ、あいつは人から呪いを付けたり外したりできるらしいじゃねえか。迂闊に飛び込むとやられるぜ」


 ベルデ、そしてドラウは借りていた部屋を出る。


 夜の王都。月が明るく大地を照らす中、町は明かりを消して、眠りにつく。そんな中を、ドラウの案内でレームの屋敷へ向かうベルデ。


 ――嫌な空気だ。


 夜風が頬を撫でる。そのねっとり生暖かな感覚は、ベルデの脳裏をざわつかせる。


 ――王都の気配が騒がしい。


 特にうるさいわけではない。だがベルデは感じていた。何か嫌な気配を。

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