第57話、大臣邸、侵入
カーソン・レームの屋敷は、一族全てが拘束された結果、無人となり、門は封鎖されていた。
しかし、アレス・ヴァンデ一行が入ったことで、鎖で封鎖されていた門も、押せば開く状態となっている。
「門番もいないとは、不用心だな」
門を抜けて、敷地内に侵入する盗賊のような集団――いや事実、盗賊たちである。アレス・ヴァンデに懸けられた賞金に目がくらんでやってきた。
「大臣様のお屋敷となると、こうもデカいんだなぁ」
「ついでに、お仕事しますかぁボス?」
本職は盗賊。殺し稼業は、むしろついでである。ただ、こういう殺人もこなすだけあって、そこらの貧困農民ではなく、没落騎士や傭兵などから構成される武闘派集団だった。
「まずはアレス・ヴァンデの首を取ってからだ」
盗賊の首領は、部下たちに宣言した。月明かりの下、屋敷に向かって盗賊たちは庭園を進む。芝や遮蔽になりそうなものを極力辿り、見つからないように警戒しつつ足を早める。
「ボス、見張りがいる……」
「何人だ?」
「一人でさぁ。どうします?」
裏に回るか、と確認する部下に、盗賊の首領は鼻をならす。
「愚問だ。左右から迫って潰せ」
盗賊たちは、慣れた動きで遮蔽を利用しつつ、屋敷の入り口前にいる見張り――グレートヘルムを被った騎士に、こっそり近づいた。
「おい」
盗賊が騎士に呼びかけ注意を引いたその時、反対から忍び寄った仲間が不意打ちを仕掛けた。兜の下、首にダガーを差し込み、掻き切る。
バケツヘルムの騎士が、グッタリと倒れた。
「へへっ、チョロいねぇ」
入り口の見張りをダウンさせた。盗賊たちは屋敷内に侵入する。
「大したことねえな」
盗賊の首領は、ほくそ笑む。部下たちが急ぎ足で中へ入る中、自身はゆったりとした足取りで歩く。
「問題は、アレスの護衛が何人いるか、だな」
さすがに相手が騎士となると、奇襲ならともかく正面から挑むのはリスクが高い。賞金は欲しいが、それで団が大損害を被るのも避けたい。そんなリーダーの思惑をよそに、隣を歩く部下が言った。
「そういや、ボス。アレスのそばに、やたら露出したいい女がいるらしいですぜ。そいつを捕まえましょう」
「ほう……」
アレス・ヴァンデ暗殺の仕事は聞いているが、それ以外の、たとえば付き人や配下については詳しくは知らない。だから事前に可能ならばと、偵察を送ったりしたが。
「女ね」
そんないい女ならば、と首領はニヤつきたくなるのを堪える。
「馬鹿野郎、アレス・ヴァンデの首が最優先だって言っただろうが!」
うわぁぁぁっ!――屋敷内で、悲鳴が上がった。一応、潜入を選んだのに、室内でそんな大きい声を……と思ったのもつかの間、尋常ではない事態が起きたと察して、首領は先を急ぐ。急いだのだが――
その瞬間、始末したはずのバケツ頭の騎士の首が、グキリと動いた。殺したはずの騎士が起き上がると、剣を抜く。
傍らの部下が、素っ頓狂な声を上げる。
「う、動いた!? 化け――」
その瞬間、その部下は、さっと首を斬られて血を噴き出しながら倒れた。
「野郎!」
首領は手斧を抜いて構えたが、その時にはグレートヘルムの騎士が懐に飛び込んでいて、剣で貫かれていた。
「きさ――」
元騎士として、なまくらではないつもりだった首領だが、あっさりとその命を奪われたのである。
・ ・ ・
屋敷に踏み込んだ盗賊たちは、正面から二階へと上がる階段の上にいる人影に気づいた。やたらスタイルのいい美女が、肌も露わに――という話を聞いていた者もいたが、そんな邪な気でいた男たちでさえ、眼前の女には恐怖を抱く。
何故かはわからないが、その美貌の持ち主は黒い呪いオーラのようなものをまとっているように見えた。風もないのに、その艶やかに『黒い』髪が無数の蛇のように広がる。
「ねぇ、アレス。不法侵入されたんですけどぉ、始末してしまっていいのかしら?」
「武器を持ってやってきたということは、殺人も辞さない強盗か、あるいは暗殺者だろう」
前の女の呪いオーラのせいで、奥にいる男の姿は下にいる盗賊たちからは見えなかった。
「客ならまだしも、命を狙ってやってきた者には遠慮はいらない。死ぬ覚悟があってきたのだから、殺されても文句はないだろう」
「あはっ、そうこなくちゃ」
肉感的な女魔術師は一歩前に踏み出した。
「災厄の魔女リルカルムが、お相手してあげるわ。ボウヤたち」
ファイアボール!――魔女の指先から放たれたのは、初級の簡易誘導の火魔法。駆け出し魔術師でも使えるその魔法は、しかし瞬きの間に標的に当たると、凄まじい勢いで燃えた。
「あ――」
悲鳴は一瞬だった。燃え上がったのもわずか、狙われた盗賊は二秒と経たず黒焦げとなり、火が消えた時には骨となって倒れた。
「うああああっー!!」
これには周りにいた盗賊たちが恐怖の声を上げた。
「こ、こんなの、ファイアボールじゃねえ!?」
「ば、化け物っ!」
悪しきオーラをまとったように見える女魔術師が、人間とは別の存在に感じて怖じ気づく。そんなリルカルムが、今度は呪いの世界樹の杖を手に振るう。無数の氷の刃が飛び、侵入した盗賊たちに雨の如く突き刺さった。
・ ・ ・
「……騒がしいな」
屋敷の窓から侵入した、とある暗殺者は、表の悲鳴やら騒動に、思わず顔をしかめた。
アレス・ヴァンデ大公の賞金目当てに色々な悪党が集まってきているのは、何となく察してはいた。
だがそれは向こうも気づいていたようで、少数とはいえ腕の立つ護衛がしっかりついていたようだった。
他が護衛と仲良く遊んでいる間に、自分はアレスを殺害しよう――その暗殺者は通路を、ひたひたと足音を忍ばせて進んだ。
「!」
敵――かと思ったら、鎧飾りだった。暗がりで微動だにしないと、全身甲冑の人間と見分けがつきにくい。
暗殺者は、静かに溜めていた息を吐くと、鎧飾りの脇を抜けた。
アレス・ヴァンデはどこだ?
広い屋敷である。今は大臣の寝室か。いや、外の騒ぎを聞きつけて、そちらに向かっているのではないか?
一瞬裏口から逃げるかも、と思ったが、すぐにその考えを打ち消す。そちらにも別のゴロつきだか同業者グループがいたのを確認している。そちらに現れれば、今頃騒動になっているはずだ。
「! ――また」
鎧飾り、と思った瞬間、それが襲いかかってきた。警備の騎士だったか。何者か確認するでもなく、問答無用で襲いかかってきたバケツ頭の騎士。
――こいつも同業者か!?
暗殺者はナイフを構え、反撃に移った。
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