第58話、魔女は笑う


 実に騒々しい夜になるな。俺がレームの屋敷に入ったら、無人のはずのここに、不法侵入者が次々とやってきた。


 昼間、邪教教団から狙われたが、やはりあれで終わりでなかったな。俺の動向を監視している奴はいるだろうとは思っていたが、これは中々の盛況っぷりと言ってよいだろう。


 正面から入ってきた連中は、リルカルムが嬉々として手厚くもてなしている。

 ……あまりこういう言い方はよろしくないが、災厄の魔女の異名は伊達ではない。ダンジョンで魔物倒すより、人間を返り討ちにしている時のほうが楽しそうであった。


 屋敷の要所には、黒バケツ隊が配置されていて、正面以外の侵入者を各個撃破している。あいつらは不死だから、たとえ後れを取っても何度でもやり直しができる。まったく心配していない。


 俺は、静かに席に座り、状況をぼんやり眺めている。

 ――と、不意に俺の後ろから迫る気配がした。どうやら警戒を抜けてきた腕のいい殺し屋が肉薄してきたらしい。

 チラ見すれば、その手に爪状の武器が見えた。


 だが次の瞬間、その暗殺者は足元から浮かび上がった陰の魔物――呪いの塊に飲み込まれた。


「っ!?」


 声にならないそれもすぐに途絶える。明かりのついていない暗い室内。窓から差し込む月明かりも、それが差し込む場所だけを明るくし、逆にそれ以外を相対的に暗くしている。昼間だったら、俺が呪いを展開させているのが、見えただろうにね……。


 まるでスライムに食われるように、体が溶けていく暗殺者。呪いの力は、おぞましい。


「おや……」


 正面の外から集団の気配。殺し屋集団というには、人数が多そうだ。どこかの貴族が歩兵部隊でも派遣してきたのか。


「アレスぅ」


 前で戦っていたリルカルムが振り返った。訂正、もうすでに先客は全滅させたようだ。


「次のおかわりが来たみたいだけど、全部ヤっちゃっていい?」


 恍惚とした表情。甘えるようなリルカルムだが、やってくることは命を刈り取る作業なんだよなぁ。


「敵ならば構わんよ」


 騒動を察知した王国軍や神殿騎士団だったら駄目だぞ。あくまで俺を始末しにきた愚か者どもだけだ。


 正面の扉を蹴破る勢いで、集団が侵入した。棍棒や槍、ショートソードなどで武装していて、盗賊というには少々身なりが整っている。革の鎧に簡素な兜、しかし格好が揃っているから、どこかの自衛団や傭兵集団かもしれない。


「国の敵! アレス・ヴァンデを殺せー!」

『殺せぇー!』

「くたばれ、馬鹿大公!」

『くたばれーっ!!』


 集団から声が上がった。……うん、これは敵だな。ご丁寧に、俺を名指しまでしてくれた。

 先行者たちの骸にも気づいていないか、二階への階段へ一気に向かってくる。


「リルカルム」


 やってしまえ。さすがに罵倒してきた時点で正義などない。汚い言葉を向ける者に、正当性などないのだ。


 突入してきた武装員たちの左右から、先行した賊が落とした武器が襲いかかる。浮遊する剣や斧などが乱れ飛び、何人かを切りつけ、叩き、吹き飛ばした。


「浮遊する武器!」

「ゴーストか!?」

「慌てるな! 盾持ちを外側に!」


 数名が脱落したが、残る武装員たちは革の盾を構えて、それらの攻撃を防ぎつつ、なおも前進、階段に迫った。戦場経験のある者がいるようだ。

 リルカルムがペロリと舌を出した。


「実に元気のよろしいこと……。闇の手、かの者らの生気を喰らえ!」


 呪いの世界樹の杖から、黒き亡霊が三体現れ、武装員たちに襲いかかった。突然現れた巨大なゴーストに怯んだが、避ける間もなく黒いオーラが、彼らの間を通過していった。

 痛覚はなかった。だが体から力が抜け、その場に膝をついて倒れていく。


「な……なんだ……これは!?」


 ガクガクと震えが襲いかかり、立つこともままならない。リルカルムが嘲笑する。


「ふふ、幽霊たちが、お前たちの生命力を吸い取っていったのよ。一眠りしないと、その脱力感は抜けないわよ」


 でぇもぉ、とリルカルム。


「ここでおネンネしたら、目覚めることのない永遠の眠りにつくことになるけれどねぇ……!」


 高笑いが響く。うーん、これは外道。武装員の大半が、その場に倒れて起き上がろうともがいているが、何人かはリルカルムの闇の魔法を受けなかった。


「射殺せ!」


 クロスボウを持った数人が素早く構え、矢を放った。矢はリルカルムは貫く――ことなく、見えない壁に弾かれた。


「あらあら、まあまあ。魔術師が無防備なんて思ってるやつがいるぅ?」


 唇の端を吊り上げる災厄の魔女。


「本物の魔術師の前では、ただの人間などカス以下だと知りなさい」


 屋敷の正面扉が突然バタリと閉まった。中にいた武装員たちは閉じ込められたように錯覚する。


「我は呼び出す『炎の狼』! 行きなさぁい!」


 炎に包まれた二頭の狼が具現化した。そして階段を一気に下り、武装員たちに襲いかかる。一頭が、まだ戦闘力のある武装員に飛びかかる。炎の塊が向かってくる光景には武装員も腰が引けていた。防ぎ切れなかった武装員に、狼の炎が燃え移る。


「うわっうわっ、ああぁ……!」


 炎を消そうと狂ったようにのたうつ武装員。まるで滅茶苦茶なダンスを踊っているようだった。それが死ぬ前の最期の踊りだろうが。


 そして動ける者たちは、襲ってくる狼に気を取られていたが、生気を奪われ、動けない武装員たちはさらに地獄を見ることになる。


 もう一頭の狼が、彼らの上をまるで散歩するように進んだのだ。炎が落ち、倒れた武装員たちに燃やす。


「うああああああ!」

「くっ、来るなっ! やめ、ああああああああっ!」

「畜生、狼め! 炎がっ! くそっ、炎が――うぁあぁぁぁあ!」


 逃げることもできず、炎が武装員たちに燃え広がる。手足をもがれた虫のように床の上に倒れ、自らに迫る炎の狼と仲間の炎を目の当たりにしながら、絶望し、喚き、そして焼かれていく。


 リルカルムは、実に楽しそうだった。まるで極上のワインを味わいながら頬を染めているようだ。絶望に歪む敵の顔を見るのが嬉しくてしょうがないという風に見える。


 俺は楽しくはないが、別段同情もしなかった。俺の死を望む言葉を吐いた者共だ。殺しにきた連中に同情してやるほど、俺は聖人君子ではないのでね。


「あら、アレス。どこか行くの?」


 リルカルムが声をかけてきた。


「屋敷を見回ってくるよ。ここは任せていいな、リルカルム?」

「うふ、もちろん。大いに任されたわ!」


 彼女は上機嫌で入り口から入った武装員の掃除にかかる。敵は裏からも来ているだろうし、先ほどのようにどこからか入り込んできた奴もいるだろう。他にも黒バケツ隊の警戒を抜けた奴もいるかもしれないから、俺はそっちにかかろう。

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