第44話、アレス、幸せの会責任者を追い詰める
王都にある幸せの会の孤児院。ミニムムの連中から聞き出した情報を元に訪ねてみれば、まあ、それなりに大きくて、表面上は綺麗に取り繕われていた。
だがよくよく見れば、所々に汚れやボロい部分があって、上辺だけだな、というのが俺の第一印象。教会の施設っぽい印象だが、聞いた話では、ユニヴェル教会とは一切関係なく、隣国などで信仰されているパチモン太陽神の象徴が見てとれた。
俺は、黒バケツ隊と共に孤児院の門の前に行くと、早速門番である女性武装員が立ち塞がった。
「止まれ! ここに何の用か?」
「アレス・ヴァンデ大公である。抜き打ちの捜索である! そこをどくがいい」
「アレス、ヴァンデ……大公?」
困惑する門番。俺は重ねて言う。
「それが幸せの会流の貴族への応対かね?」
「!?」
すると武装員たちは、その場で片膝をついた。
「失礼致しました! 大公閣下!」
「あの、大変申し上げにくいのですが、お約束はございましたでしょうか?」
「ない。抜き打ちと言ったはずだ。我々は、ここに誘拐された少女がいるという通報と、貴族に向けての児童不正売買の密告を受けた。調べさせてもらう」
俺が一歩を踏み出すと、武装員は立ち上がった。
「お、お待ちください! 大公閣下、不正売買など、何かの間違いです!」
「それを確かめにきたのだ」
「何をしている!」
孤児院の方から、さらに武装員たちが出てきた。
「ここに踏み込むとは……! クズな騎士崩れが、集りにきたか! これだから男は! それ、追い出せ!」
女武装員たちが、メイスや槍を手に向かってくる。門番の武装員が「違います! こちらは――」と制止しようとするが、勘違いした武装員たちは聞く耳を持たない。
「黙らせろ」
俺が命じると、黒バケツ隊が前に出て武装員たちと交戦する。こちらの捜索の明らかな妨害行為というやつかな。
まあ、いい、取りあえず検めさせてもらおう。
というわけで、俺と黒バケツ隊は、向かってくる武装員たちを次々に無力化しつつ、孤児院に踏み込んだ。……ミニムムで聞いた通り、女しかいないな。
そして聖堂へ通じる道の先に、他と比べて身分の高そうな修道服を纏う者たちを見た。傍らにいる指揮官らしい、短髪の修道女が剣を手に吠える。
「貴様たち! ここへ何しにやってきた!? この腐れ外道ども!」
相手の正体を知ってこれなのかね? だとしたら、王国への反逆の意思ありと見るが?
「おやおや、随分と暴力的な言葉を使うものだな」
やはりシスターの真似はしても外面だけらしい。紛い物め。
「少女『しか』助けない、差別主義者の巣窟、幸せの会とはここでいいのかな?」
「なっ、なにっ!? 我々を差別主義者と言うか!?」
短髪の女性武装員が喚く。
「普段の言動を思い返せば、わかることだろう?」
ミニムムでも聞いたし、さっきから言わなくてもいいのに、男性への侮蔑と嫌悪が見え隠れしているんだよなぁ。
「付け加えると、少女を助けるフリをして、貴族に売る奴隷商売をしている悪徳の会でよかったかな……?」
「貴様!」
「聞き捨てなりませんね――」
いきり立つ短髪の女性武装員の横、位の高そうな女性が一歩前に出た。
「わたくしたちの神聖な庭に入り込んだ不法侵入。そしてわたくしたちを貶める不当発言。許されざる蛮行と知りなさい!」
「ほう……。あなたが、ここの責任者か?」
「わたくしたちは王国の貴族様方からの庇護を受けています。あなた方、不届き者をまとめて牢に放って、広場で公開処刑にすることもできるのですよ?」
おや、こちらの問いは無視かい。人の話を聞かないって話は本当だったか。
「ふむふむ、貴族の庇護か」
「ふふ、怖じ気づきましたか?」
……そういう都合がよさそうなところは拾うのな。口元に嫌な笑みを浮かべているこの女が、責任者のリングア・ネグロだろう。
「もう、許してと言っても許しませんからね、この狼藉者! そこでみっともなく土下座すれば、これまでのことを考え直してあげてもいいですけれど。手を出したらお前たちは死刑確定よ!」
「自分が有利な立場であると勘違いしていないかね? リングア・ネグロ」
「は……?」
マウントをとって、ちょっと脅せば、相手が勝手に引くとでも思っていたのだろう。人様の権威を盾に威張る狐のようだ。
「貴族とでも言えば、狼狽えるとでも? 私もそのバックに王国がいるといえば、お相子だろう?」
「!? ……ふ、ふん、貴族? どうせ貴方のような見窄らしい騎士崩れのバックなんて、男爵や子爵程度でしょうよ。こちらには侯爵や伯爵がついているのよ!」
声を荒らげるリングア。
「つくづく他人の権威任せなのだな。ちなみに、侯爵と大公ではどちらが身分が上か、教えてもらっていいかね?」
「大公……? 大公……!?」
一歩、リングアは引いた。
「ま、まさか、あなたは……アレス・ヴァンデ大公の――」
「そのアレス・ヴァンデ本人なのだが?」
「……!?」
「で、大公である私に無礼な口をきいて、いつまでそうして武器を向けているつもりだ? 大公の御前であるぞ?」
そして俺は、王族の証である虹色の宝玉を見せる。さすがに、口では何とでも言えるから、本人確認できるように見せてやる。
リングアが慌てて跪き、武装員たちも狼狽えながら膝をついた。きちん権威の象徴を理解していて感心する。どこぞの阿呆のように、偽物だと手を伸ばしたりはしない。
「さて、リングア・ネグロ。お前のお仲間であるバルトン・ハット伯爵から、話は全部聞かせてもらった。幸せの会が性搾取に加担し、我らの民を食い物にしていること、全てをな!」
「なっ!?」
女武装員たちが驚く中、リングアの頬に汗が流れる。
「な、何のことでしょうか、大公閣下? バルトン・ハット伯爵?」
「知らないとは言わせんよ。幸せの会のお仲間、ミニムムの責任者ではないか。そしてお前のいう後ろ盾の一人であろう?」
「う……た、確かにミニムムという組織は聞いたことはありますが、わたくしたちは関係ありません! そのハット伯爵が何を言ったか知りませんが、それはデマかせでしょう! わたくしたちを貶める男どもの卑劣な罠です!」
おやおや、白を切るおつもりか? まあ、そうだよな。正直に話すわけがないだろうな。そんなお前には、『真実しか話せなくなる呪い』をプレゼントしよう。ハット伯爵同様、お前の本心を聞こうじゃないか……。
「うっ、ああぁ……!」
突然、リングアの体を黒い呪いが包み込んだ。周りの女武装員たちは青ざめた。
「私は嘘つきは嫌いだ。さあ、全て話してくれ。自分たちがしてきた悪行の数々を――」
「うるさい、黙れ、男のくせに! そうやっていつもわたくしを見下して――!?」
吐き出された罵詈。それが自分のものとわかり、リングアは慌てて口を両手で押さえた。女武装員たちが目を剥く。
「リ、リングア様……!?」
大公へ突然罵声を浴びせたことに彼女たちは驚いている。もっとも、一番驚いているのは、リングア本人だろうが。
「いいねぇ、正直なのはいいことだ。では、私から質問しよう。なに、お前は本当のことしか喋れなくなった。そういう呪いだ。口を開けば、自然と真実を語る」
俺は、ゆっくりと問うた。
「お前は、保護した少女たちを、奴隷として貴族たちに売ったか?」
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