第99話、カチコミ


 フェルボ・アッガスと彼に従う暗殺者ギルドの下っ端ゴロツキ集団は、夜の王都を歩き、ヴァンデ大公屋敷へと向かった。


「こいつが、行ったら二度と戻ってこれないって評判の屋敷か」


 二度に渡って出されたアレス・ヴァンデ暗殺依頼。一度目は見逃されたが、二度目は暗殺者ギルド自体がキルされてしまった。

 いくら繋がりが深い共有参加守護団からの依頼とはいえ、斜陽であった彼ら残党の言うことを聞いて、組織を壊滅させてしまうとはハリダは、とんでもない愚か者である。


 先代が死亡したことでギルマスになったハリダは、やはり救いようがない愚か者だった。

 だが組織と仲間の敵討ちのためにも、報復はしなくてはならない。


「気味が悪い」


 貴族のお屋敷とくれば、堂々たる建物と相場が決まっている。絢爛豪華、見る者を圧倒してしまう偉容を持つものだが、夜中に来たせいか、魔王の城に来てしまったような、不気味さが漂っている。


 何が気味の悪さを助長しているのかといえば、大公の屋敷にもかかわらず、明かりが一切ないことだ。普通は、警備の兵士がいて、彼らの視界確保のためにも明かりがついていたりするものだ。


 闇の中の明かりは、不法侵入者の姿を浮かび上がらせ、彼らに警戒心を与える。

 しかし、これほど真っ暗だと、気をつけていれば、そこまで警戒しなくても入りこめるのではないかと思わせる。


「幽霊屋敷みたいだ」

「縁起でもねえこと言わないでくださいよ、兄貴」


 武装した構成員が、つい口を開いた。


「大公を殺しに行った連中は、ことごとく亡霊になっちまってるって噂なんですから」

「関係ねえよ」


 答えたのはフェルボではなく、唯一残った本業暗殺者であるカルプだった。長い銀髪、目つきが細く、常に表情が崩れたような顔をしている冷徹な男だ。


「アレス・ヴァンデを切り刻んでやる……!」


 王都外で仕事をしていて、ギルド壊滅の夜はいなかったのが幸いして生き残った暗殺者だ。だがフェルボらに付き合ったのがわかる通り、情勢を読む力はない。というより、彼は殺しがしたくてたまらない狂人であり、それができれば他はどうでもいいと考える人間だった。


 では何故、彼がアレス・ヴァンデの暗殺にこれまでかかわらなかったのかと言えば、標的について割とどうでもよかったからだ。根っからの殺人鬼であり、殺せるのなら誰でもよかった。

 若い構成員たちは、カルプにはビビっているのだが、この状況では一番の戦闘力を持っているのが彼である。


「兄貴、ここからどうします?」


 屋敷に対して、どうアプローチするのか。暗闇に包まれているとはいえ、警備の兵隊はいるだろう。まさか大公が護衛もなしとは思えない。それはこれまで彼の殺害を狙い、この屋敷に挑んで全滅した者たちの存在が、暗に物語っている。


「んなもん決まっている! 正面から殴り込む!」


 暗殺者ギルドを名乗っていても、一部の本家暗殺者を除けば、ちょっと腕に覚えがあるゴロツキ集団である。本業暗殺者のような真似はできない。


「行くぞ」

「そうこなくっちゃ」


 カルプは二本のダガーを手に、先頭切って敷地に踏み込んだ。フェルボと部下たちも、手に思い思いの武器を持ってその後に続いた。

 よくよく見れば、最近手入れされていない庭が、ますます幽霊屋敷感を煽った。

 いつ警備の兵が出てきてもおかしくない。正直暗くて、よく見えない。


 と、前をいくカルプが突然、小走りになり、脇へと逸れた。何事かと思うフェルボたちをよそに、カルプは庭の茂みに向かって跳躍した。


「隠れても、無駄だぁーっ!」


 ガキンと金属音がした。グレートヘルムを被った兵士が露わになり、カルプと切り結ぶ。


「やはり、隠れてやがった! まずはお前を――」


 カルプは敵兵を引き受けている。フェルボは屋敷正面入り口を指さした。


「増援を呼ばれる前に侵入するぞ! 突っ込めっー!」


 フェルボと十数人は走り、屋敷の入口の扉を蹴破った。玄関のホールは、がらんとして無人だった。やはり明かりはないが、窓からわずかな月明かりが差し込んでいる。戦闘の跡が残り、内装の傷みなどを修復した形跡がまるでなかった。


「アレス・ヴァンデ! どこにいやがる! 暗殺者ギルドのカチコミだぁっ!」


 暗殺の名を冠しながら名乗りをあげるというおかしな行動をして、フェルボたちは玄関のホールから二階へ上がる大階段へと向かい――床が抜けた。


「おおっ!?」


 フェルボと構成員たちは、一気に落下した。あっという間だった。逃げる間もなく、状況をつかめないまま、下に落ちて、ズボリとはまった。

 床に叩きつけることなく、微妙に柔らかい何かに体が埋まった。おかげで傷ひとつないが――


「何だこりゃあ!?」

「あ、兄貴!」


 部下たちも無事なようだが、もれなく泥のような床にはまっている。


「くそっ、抜けん!」


 下半身が埋まってしまって、脱出ができない。両手をついて踏ん張ろうとしても、今度はその手が埋まる始末。この柔らかさは泥沼か何かか。


「落とし穴に、沼ってか……! ここは貴族の屋敷だよなぁ!」


 これが侵入者撃退用の罠とでもいうのか。


「おい、誰か!? 上にいないか!」


 呼びかけたが返事はない。どうやら全員落とし穴に落ちたようだった。自力での脱出はほぼ不可能。外で戦っているカルプくらいしか動けないが、そのカルプも屋敷の警備兵と戦って果たして無事かわからない。一人くらいなら負けないだろうが、仲間を呼ばれたら、多勢に無勢ではないか?


「あらあらあら、騒がしいと思ったら、今夜のお客さんねぇ」


 甘ったるい女の声が降り掛かった。一瞬、ハリダにくっついていたエリルを思い出し、フェルボは不快な気分になった。もちろん、現れた女はエリルではなく、アレス・ヴァンデの仲間のお色気魔術師だった。


「しかも全員仲良く捕まってるでやんの、プププ」


 女魔術師――リルカルムは嘲笑う。


「さあて、こんな夜に押しかけるなんて、どこの礼儀知らずかしら?」

「暗殺者ギルドだ! 組織を潰してくれた大公に報復にきたァ!」


 フェルボは威勢よく声を張り上げた。これにはリルカルムはキョトンとした。


「あらあら、自分から名乗ってくれるとはご丁寧に。……ふうん、暗殺者ギルドの残党ね。それじゃあ、情報面では期待できそうにないわね……」


 気の抜けた表情をするリルカルム。フェルボは口元を歪めた。敵が落胆するさまは、悪い気分ではない。

 だが災厄の魔女は、次の瞬間残忍な笑みを浮かべた。


「じゃあ、好きにしてもいいってことよねぇ? スライムちゃん!」


 ぐにゃり、と沼――泥のようなものと思っていたおのが動き出した。


「まさか、こいつは――」


 フェルボたちは戦慄した。自分たちの半身が埋まっていたのは、巨大なスライムだったのだ。

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