第32話、呪い持ちを社会復帰させよう


 遅ればせながら、黒バケツ隊とは何か説明しておこう。


 ここでいう『黒バケツ』とは、バケツをひっくり返したような鉄兜、いわゆるグレートヘルムと呼ばれる頭全体を守る防具なのだが、これの黒い兜を被らせた罪人たちを指す。


 この罪人というのは、今回の言うところの不正行為に手を染めた冒険者。そのうち、重度の呪いをかけられた死刑するに足る重罪人たちである。


 こいつらは、生殺与奪を握られ、もはや常人として生きることは叶わない。苦痛と苦悶に苦しみながら、俺の命令なくば行動も許されない、生きたゴーレムのようなものとなっている。ぶっちゃけ、地獄の亡者同然で、正直生きているかと言われると、疑問符はつくがな。


 そんな本来処刑されるべき罪人たちは、黒いグレートヘルムを被り、その素顔は見えない。よく知っている人間なら、体格や体の動きで中の人が誰かわかるかもしれない。ホスキンなんか、その典型じゃないかな?


 ただ、そんな知り合いが声をかけて来たとしても、俺の許可がなければ言葉を発しない。そういう呪いをかけてある。こういうところも『人』ではないと周囲に思わせるところかもしれない。


 結局、王都冒険者ギルドで、黒バケツ隊は十人になった。こいつらには、魔の塔ダンジョン攻略に必要なことは何でもさせて、酷使するつもりである。身体能力ダウンの枷は、外してあるから、戦闘要員として使えるはずだ。


 さて、ギルドの掃除はとりあえず終了。残っている職員たちに整理させつつ、不正で得た金や品で、返却できるものは王国へと返す。


 で、これで全て終了というわけではない。本分を忘れ不正に走った連中の粛正の結果、人員の不足、組織改変の混乱があって、まだまだ万全の状態とは言えない。

 そして冒険者自体も、どうやらランク不正があったようで、そのままのランクが適正なのか疑わしくなってきているのも問題だ。


 ホスキンら不正に染めていた連中に有利な昇進が行われていたのだ。要領のいい悪い子が優遇され、真面目で不正を嫌うまともなタイプが割を食っていた、ということだな。結果、いい奴が冒険者をやめざるを得なかったり、とか。


 ギルドが腐っているから、そりゃ三十年経っても魔の塔ダンジョンが攻略できないわけだ。あのままだったら、邪神復活のその時まできっと攻略できずに終わっていただろう。


 そんなわけで、俺はまず人を集めることにした。何はともあれ、人がいないことにはどうしようもないのだ。

 ユニヴェル教会のガルフォード大司教と相談し、大々的にキャンペーンを打ち出した。


 ずばり、『あなたの「呪い」取り除きます』。冒険者ギルドにて、無償で呪い解きをやっている、と教会の人員、神殿騎士たちに触れ回ってもらったのだ。


 今働けている人は、その職場があるからどうってことはないが、呪いを持っているがために、ろくな職場につけず、またつけても差別されている人たちが、この王都にはそれなりにいる。

 この差別、偏見にさらされ、ほとんど社会に貢献する機会を奪われている人たちこそ余剰人員であり、呪いを解くことで、普通の人たち同様、労働に就けるようにする。マンパワーは、ここにあるのだ。



  ・  ・  ・



 俺は王都冒険者ギルドの建物の前に席を起き、野戦病院よろしく、やってきた呪い持ちを診断していた。……やることは、ただカース・イーターするだけなんだけど。


 最初のうちは、冒険者ギルドに所属する呪い持ち冒険者たちだった。呪いを持っていても冒険者を続けられているのは、軽度な場合も多いが不便なのは間違いない。


「――ありがとうございます、大公閣下! おかげで腕が軽いでさあ!」


 重りの呪いを受けていた戦士が、軽くなった自分の腕をブンブン振りながら礼を言った。いやなに――


「また呪いをもらったら私のところに来るといい」


 呪いを抱えた冒険者から悩みの種を取り除く。『力が出せない』、『声が出ない』、『足が遅い』などなど、変な呪いもあれば、割と深刻な呪いまで様々だった。


「冒険者ってのは、日常生活の中で呪いを受けやすい職業だからな。色々あるだろうさ」


 ダンジョン攻略におけるリスク。死の危険は言うまでもないが、呪いを引っかけてくる確率も、他の職業に比べても大差をつけるぶっちぎりだからな。


「あの、大公様。以前、冒険者だった友人が呪いを受けて辞めてしまったのですが、彼も連れてきて解いてもらってもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ。ドンドン連れてきなさい」


 何せ冒険者と『元冒険者』というのは、ギルドにとっても戦力だからね。呪いがなければ冒険者を続けられたのに、って人間にも復帰してもらえれば、というのが、今回のキャンペーンで重視されている点であったりする。


 さて、冒険者たちを診ていたら、ギルド前に人が集まってきた。教会の呼びかけを聞いて、やってきた人たちかな。


 ざっと見たところ、呪いのオーラが見える。遠巻きに俺と警護の神殿騎士、そして冒険者たちの列と、呪いがなくなって喜んでいる冒険者たちの様子を眺めているようだ。


「ソルラ」

「はい、大公閣下」


 俺のそばに控えていた神殿騎士である彼女を呼んだ。情けないことに、この大公には専属の部下がいないので、ユニヴェル教会のご厚意に甘えて警護などをやってもらっている。……黒バケツ隊? あいつらは、戦闘はともかく、案山子以上の役に立たない。人の誘導とか相談対応ができない。そういう風に呪いをかけたからな。


「騎士たちを何人かやって、呪い持ちたちを列に並ばせてやってくれ。あー、もちろん、呪い解きは無償だと言ってな」

「承知しました」


 彼女はさっそく、同僚騎士たちに俺からの指示を伝え、人員整理に回った。

 俺はその間にも、冒険者たちの呪いを解いていく。さすが、最前線勤務者は呪い持ちが多いな。


「君は、強そうだね」

「恐縮です、大公閣下」


 随分とマッチョなその男は、雰囲気からすると熟練の冒険者のようだった。


「ランクを聞いてもいいかな?」

「Dランクです」

「……」

「いえ、以前はBランクだったのですが、呪いを受けてからしばらくして降格となりまして……」


 フムフム、そういうパターンね。確かに能力が発揮できなければ、ランク相応の魔物の対処も難しくなるだろう。


「それでも腐らずに冒険者をやったんだな……」

「自分には、それしか取り柄がありませんので――」

「なるほどね。君のような冒険者は貴重だ。これからも頑張ってほしい。ほい、呪いは取り除いた」

「おおっ、体の痺れが治りました。ありがとうございます!」

「……あと、これを持ってカウンターへ行け。元のBランクにする手続きをしてくれる」


 俺は傍らの机の上に用意しておいた書状――簡潔に『この者を適正ランクに戻すように』と書かれたそれを渡す。色々、書状は用意したよー。この王都冒険者ギルドは、俺が影の支配者やってるから、割と自由に口出しできるんだ。


「大公のサイン入りだから無視はされんだろう」

「あ、ありがとうございます、閣下! まさか、ここまで手を回してくださるとは……」


 何の何の、冒険者諸君には、これからお世話になっていくからね。俺は善意の前売りをしているのであって、決して君らが思うような聖人ではない。


 冒険者業に片足を突っ込むにあたって、諸先輩のご機嫌取りをしているだけ。あとついでに呪いを喰う。……俺にとって、魔の塔ダンジョン攻略の準備はすでに始まっているのだ。

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