第33話、これはちょっと多過ぎやしませんか
ヘクトンの町もそうだが、無償で呪い解きキャンペーンは、大盛況だった。予想はついていたが、夜になっても列は切れない。
「アレス閣下、すでにギルド前の行列は留まるところを知りません。一旦切られて、明日になさるとか――」
ソルラが心配してくれたが、俺は首を振った。
「列に並んでくれた人は全員診るよ。……人によっては、今日きたのに取り除いてもらえなかったら、もう来ない人もいるかもしれない」
ただ、不安はあるんだよな。俺は、呪い持ちから呪いを吸収しながら、視線だけ動かした。
「列に並んでいる人たちで面倒なことになっていたりはしないか?」
「それはご安心ください」
ソルラは胸を張った。
「行儀よく並べない者は、追い返すと徹底しています。今のところは、皆従っています」
それに、とソルラは列を巡回する神殿騎士たちを見やる。
「長時間いる者のために、水分補給、そして用を足したい者の場所取りなど、閣下が予め用意されていた手順を実践しておりますので、問題ありません」
「悪いね。神殿騎士たちの手を患わせてしまって」
頼んでおいて言うのもなんだけどさ。
「いえ、閣下の御苦労を思えば、我々の苦労など――」
すっごい真顔で言うんだよね、この娘。俺はたった今、呪いを取り除いた人に頷いて、次に並んでいる人を診る。……ふむふむ、足ね。立っているのも大変だっただろう。
「ソルラ、神殿騎士のほうも、順次交代で休むように。ずっと立ちっぱなんだからさ」
「しかし閣下は――」
「俺は片手で呪いを取りながら、水分補給できるしさ。むしろ、ここから動けないから、何かあったらお前たちに任せるしかないんだ」
「アレス様……」
そんな感動したって目で見るなよ。はい、あなたも終了。足はどう? ……うん、よかった。次の人が待っているから、気をつけて帰ってね。
呪いを解いてもらった人が、その感謝を伝えようとすると、そこで待ち時間ができちゃって、待っている人をさらに待たせてしまう。あまりにお礼を重ねる人は、神殿騎士の手で帰されたりする。
そりゃ辛かった呪いが消えて、嬉しいんだから、気持ちはわかるんだけどね。
「大公閣下!」
「おう」
呼ばれたので、一瞥だけして、次の呪い持ちさんを診る。声を掛けてきたのは、冒険者の一団だった。俺が先に呪いをとってあげた者たちが多いような。
「何か用か?」
「我々に、何かお手伝いできることはあるでしょうか?」
「手伝い? ――はい、ここまでお疲れさまでした。気をつけて帰るように」
列を捌きつつ、またも冒険者たちをチラ見。戦士、魔術師、男女問わずいる冒険者たち。先のマッチョな冒険者が言った。
「列が切れないようなので、大公閣下に何かお返しできればと思い、お声掛けした次第です」
「なるほど。……神殿騎士たちのやっている列の整理の手伝いをしてもらおうかな。ソルラ、冒険者たちにも手順を説明してあげてくれ」
「承知しました、閣下」
ソルラが早速、冒険者たちに神殿騎士に割り振った仕事内容を説明する。
そういえば、彼女、若手だと思うんだけど、結構ほかの騎士たちに指示を出したりしている場面をよく見る。二十前なのに、年上騎士たちを仕切ったりしているのは、ひょっとして騎士としてのランクが高いのかな。
神殿騎士の隊長クラスではないようだが、あの指示っぷりは副官レベルはこなしているように見える。
さて、こっちもお仕事お仕事。俺は自分の中の呪いを操作することで、不眠不休でも、食事抜きでも動けるけど、待っている人たちはそうじゃないからね。一人あたり時間をかけないようにしているから、どんなに並んでいる人でも一時間までは待たせていないが……。本当、切れないなぁこの列。
どれだけ呪い持ちがいたんだよって話である。
「おっと、これは……」
とある老人を診ていて気づく。……この人、呪い持ちじゃないな。
「治癒魔術師!」
「はい!」
待機している魔術師を呼んだら、来たのはカルヴァー・ジャラだった。王族担当から追放されて、冒険者ギルドに就職した彼だ。
「ご老人、あなたは呪い以外に病気のようだ。そちらで治癒魔術師に診てもらいなさい」
「は、はひぃ。あ、ありがとうござい、ます……」
「王族を診ていた凄腕だから、安心していい。――ジャラ、任せたぞ」
「はい、閣下」
ジャラは一礼すると、老人を連れて隣の救護所テントへ移動した。いるんだよな、呪いじゃなくて普通に病気持ちが。
体に悪い症状が、必ずしも呪い発症ではないのだが、素人目には判断が難しくもある。黒オーラが出ていれば、一目見ただけでわかるんだけど、出ないタイプだと、風邪だと思ったら呪いだった、という例もあるのだ。
そんなこんなしていたら深夜になってしまったが、日が変わる前には、やってきた全員の呪いを取り除くことができた。
もうすっかりお疲れの神殿騎士や冒険者たちを見回して、俺は頷いた。
「やあ、皆、よく頑張ってくれた。先ほど近所の有志の方々から、差し入れがあったので、それを持って帰って、まあ好きに食べたり飲んだりしてくれ。お疲れさま」
「気をつけ!」
神殿騎士の一人が声を張り上げると、それまで疲れが見えていた冒険者や神殿騎士たちが一斉に背筋を伸ばした。
「アレス・ディロ・ヴァンデ大公閣下に、礼!」
特に合わせたわけではないのに、全員が俺に頭を下げた。いやはや、照れくさいね。俺も王族らしく、ここは当然という顔のまま再度頷いた。
「休め。解散」
早々に解放してやる。神殿騎士に冒険者たちも、心なしか充実した顔をしている。疲れているんだろうけど……いやだからこそ、作業が終わってホッとしているのかもしれない。
「お疲れさまでした、アレス閣下」
「おう、ソルラもお疲れ」
「……凄く、元気そうですね」
「たっぷり呪いを喰ったからな。おかげで元気だよ」
もうね、カース・イーターしまくった左腕が疼いて止まらないんだよね。
「それ……大丈夫なのですか?」
「そのうち、消化されるよ。問題ない」
そして俺の持つ呪いと一体化する、と。
それにしても、今日だけで何百人、来たのだろう? 結構なお歳の方もいたし、呪いと長い付き合いだったという口ぶりの者も多かった。
これが一年、いや半年に一回のペースでやっていれば、こんなに人数が集まることもなかっただろう。
「積もり積もって何十年か」
「はい?」
キョトンとするソルラに、俺は微笑する。
「今日並んでいた人、貧困層の人が多かった印象だ」
「呪いを受けても、お金がなくて解けなかった人も多いでしょうから。特にスラムの出身が多かったのかと」
スラム? 王都にスラムがあるのか。それは問題だな。……どうりで年寄りばかりでなく、子供も少なくなかったわけだ。
列には、子供だけで五、六人組ってのも並んでいた。それも大半が呪い持ち。
「どういうことなんだろうな?」
冒険者は呪い持ちの可能性が高い職業ではあるけど、貧困層の子供がスラムなどで暮らしていて、そこで呪いをもらう。
普通に考えると、何かやばい裏しか想像できないんだが?
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