第34話、ダンジョンに入るために必要なもの?


 翌日も冒険者ギルド前で、呪い解きをやっていたら、そこそこの人数の呪い持ちが訪れた。

 昨日の呪い解きの話を聞いた者ばかりらしく、中には予めお土産持参でやってくる者がいた。


 俺として呪い喰いまくったおかげで、魔の塔ダンジョン攻略のための戦力が自分の中で充実している感じだ。積もり積もって何百人分の呪い。飛び道具代わりに、魔物などに呪いを飛ばしても、そう簡単に弾切れにはならない。


「では、大公閣下、行って参ります!」

「行ってらっしゃい」


 昨日、呪いを解いてあげた冒険者たちが、リハビリを兼ねて魔の塔ダンジョンへ出かけて行く。

 お礼代わりというわけではないが、わざわざ声を掛けてくれる。呪いによるハンデがなくなり、かつての調子を取り戻そうと、やる気に満ちているのだ。


 冒険者ギルドのスタッフも、だいぶ様変わりして、一度は見限った元冒険者たちも戻ってきている。よきかな、よきかな。

 まあ、冒険者たちが張り切っているのは、俺のせいというもあるかもしれない。


 俺がギルド内変革を主導したことは、たちまち冒険者たちの耳に入ったが、同時に聞かれたのだ。


「何故、大公閣下は、そこまでしてくださるのですか?」

「王国の平和と繁栄のため、魔の塔ダンジョンはさっさと潰すべき存在だ」


 そう宣言した上で、付け加える。


「私も、魔の塔ダンジョンの最深部攻略を目指すつもりだからね」

「大公自ら……?」


 若い冒険者たちは驚いていたが、年配の古参冒険者たちは言うのだ。


「お名前が同じであるので、質問するのを憚っていたのですが、あなた様は、英雄王子アレス、ご本人様でしょうか?」

「英雄を自称するつもりはないが、元王子のアレスは私だ」


 おおっ、と、どよめきがギルドホールを満たした。


「やっぱ、この外見では信じてなかったか?」


 何せ五十年前の人物なわけで、普通に考えれば、現国王より年上なわけだから。


「アレス様のご子息の方かと、思いまして」

「私は未婚だったんだが」


 呪いに満たされた体だ。妻などもてるはずもない。


「だが、そうだな。次からはアレス二世とか三世と名乗ろうかな」


 大げさに肩をすくめてみせれば、冒険者たちは王族ジョークに付き合ってくれた。いい奴らだ。

 閑話休題。そんなわけで、俺がダンジョン攻略に行くと聞いて、発奮していたような気もする。


「昨日に引き続き、すまんね、ソルラ」

「いえ、これが仕事ですから」


 今日も神殿騎士から、ソルラと数名が派遣されてきて、場の整理と警備に協力している。


「この分だと、二、三日くらいしたら、ダンジョンに挑める時間ができそうだな」

「いよいよ、攻略ですか」


 ソルラが姿勢を正した。俺は、呪い持ちから呪いを取りながら苦笑した。


「まあな。ただ、俺がダンジョンに挑むと言ったら、三者から『お供はどうしますか?』と聞かれたわけだ」

「三者、ですか……」

「ヴァルム王、ガルフォード大司教、そして冒険者ギルドのギルマス」


 ちなみに、今王都冒険者ギルドはシューラー・ボングという男が代理ギルマスとして勤務している。

 元冒険者で、前ギルマスのホスキンと、ソリが合わず退職したのだが、俺が引き戻した。……君、ホスキンの不正を知っていたね? それに嫌気が差して辞めたみたいだけど、然るべき場所に通報せずにそのままにしていたね? うん、命の危険を感じた? 大丈夫、もうホスキンと彼の派閥はいないから! 代理でやってもらって、そのまま正式にギルマスになるも、後任指名して任せるのも君に任せるからさ! ――やってくれるよね?


 と、それはそれとして、弟王も大司教もギルマス代理も、俺の身を心配したわけだ。


『まさか、一人で行かないよね、兄さん?』

『さすがに危険過ぎませんか? アレス様』

『……閣下、ダンジョンに入るならば、複数人が鉄則です。いくら強くても、一人だと不慮の事故で行動不能ないし、即死で、行方不明リストに並ぶ可能性が高い』


 三者三様ではあったが、それぞれパーティー行動を推奨した。黒バケツ隊がいると言ったが、呪いで操り人形になった黒バケツたちに対して、信用がないようだった。


「気持ちはありがたいが、正直足手まといなんだよな」


 俺は、常人では太刀打ちできない大悪魔を倒してきた。呪いも沢山受けたが、それでも悪魔を討伐したのだ。

 で、その護衛たちというのは、悪魔を単独討伐できるのか?


「それに、俺は呪いを利用して、常人にはできない移動方法が使えるが、そのパーティーメンバーにそれができるのか……?」

「……」

「いやまあ、俺が呪いを付与すればできるんだけど、そのために呪いを一時的にでも与えられるのは、気持ち悪くない?」

「いえ、気持ち悪くありませんが」


 ソルラは、いつもの真顔をズイと近付けた。……近い近い!


「あの、もしメンバーを募集しているなら、志願したいのですが!」

「……強い娘だね、君は」


 俺は、呪い持ちの列を捌きつつ、ちょっとソルラから身を引いてしまった。


「ちなみに、君は、過去に呪いを受けた経験は?」

「ありません! ちなみに生まれてこのかた、健康体です!


 とても胸を張られている。ある種の自慢なのだろう。健康なのはいいことだ。……だけどね。


「そうかそうか、経験がないか」


 巷では、呪いをもらわないほうが綺麗って言われるもんね。呪い持ちは差別の対象だもんね。並んでいる呪い持ちたちが何とも言えない微妙な顔をしている。

 だよねぇ……。


「せっかく俺という呪い喰いがいるんだ。一回、体験しておく?」

「! お願いします」


 躊躇ないなぁ……。俺は呪いオーラに満ちた左手で、ソルラの腕を掴んだ。


「っ!?」


 一瞬、ソルラの全身が黒オーラに覆われたように見えた。直後、ガタガタと震えて、ソルラはその場に膝をついた。……声も出ないか。


 なあ、ソルラ。ここには呪いを解いてもらおうって人がいるんだよ。気持ち悪くないって、差別しなかったのは偉いけど、呪いをもらったことがないのを、誇らしげに言うのは、苦しんでいる人にはちょっと鼻につくと思うんだ。


 でもまあ、君もこれで同類だね。俺はいま診ていた人の呪いを解くと、次の人に変わる間に、ソルラに一時的に渡した呪いを回収した。


「どうだ、ソルラ? 呪いってのは、好き好んでもらうものじゃない。これでもまだ、俺についてくるって思う?」

「……は、い。行きます」


 ガクガクと震えつつ、ソルラは立ち上がった。……割と根性あるね。


「大丈夫か、結構キツめのやつだったけど」

「ええ……。大丈夫です。……あ」


 彼女の鼻から鼻血が少し出た。


「悪い、ちょっと強すぎた。実際の呪いは、そこまで酷くない……はず」

「今のより弱い影響なら……耐えられます。ぜひ、お供に加えてください!」

「……わかった」


 そこまで言うなら候補に入れておこう。王国軍や冒険者からも候補を送られそうだし、それ次第ではある。


 それにしても、ソルラって、何でこんなに積極的についてこようとするんだろう? 俺、何かやったっけ?

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