第35話、仲間は必要ですか?


「ソルラ・アッシェは、優秀な神聖魔法の使い手ですよ」


 王都大聖堂。ガルフォード大司教は、そう答えた。


「彼女は賊に家族を殺され、孤児となったところを、巡礼中のアッシェ神父と神殿騎士たちに保護されました。それが縁でアッシェ神父がソルラを引き取り、娘として育てました」


 孤児だったのか……。言われないとわからないものだ。だからどうこう差別するわけではないが、家族関係の話には注意しておこう。


「ソルラ自身、優秀な聖の属性をもった娘でした。もちろん、聖女というレベルではないですが、修行した一般的な聖職者と比較しても高い能力を持っています」


 ガルフォードは俺を見た。


「ダンジョンに彼女を連れていきますか?」

「彼女は志願した」


 俺は肩をすくめる。


「どうだろうか? ダンジョンに挑めるだけの実力はあるか?」

「あなた様の護衛として部隊を派遣する際、一応選抜されるレベルではあります」

「その口ぶりでは、実力では彼女より上の者も少なくない、と」

「はい。間違っても、最強ではありません」


 だが、そこらの神殿騎士の中は優良ということか。神聖魔法が得意というなら、光の攻撃魔法や治癒魔法、さらにはアンデッドなどの浄化魔法なども習得しているだろう。俺が完全に呪いとそれに近い闇系統だから、反対属性の使い手は意外な助けになるかもしれない。


「それで、性格面はどうなんだ、彼女は?」

「生真面目ですよ」


 ガルフォードは目を細める。


「見ての通り、真面目で、ルールに厳格という評価ですな。ただ、アッシェ神父曰く、少々思い込みが激しい一面もあるとか。その辺りは私もよくは知りませんが」

「ふーん……」

「任務に関していえば、彼女は信頼できます。基本、嘘はつきませんし、神殿騎士としては模範的です。民や同胞を、見捨てるなどの行動はありません」

「なるほど」


 信頼できるというのは、背中を預けられるという意味で安心だ。警戒するのが、敵だけで済むのはいいことだ。後は無能な味方でないことを祈るだけか。無能な働き者は、敵よりも厄介だ。


「ちなみに、彼女は俺に対して、一種の尊敬を抱いているようだが、これについて何かわかるか?」

「彼女個人の考えなど私にはわかりませんが、五十年前の英雄であるアレス様の武勇伝を経典の如く愛読している若者も少なくないようですから、それかもしれません」

「英雄信奉というやつかな?」


 もっともらしくはあるな。呪い持ちでも差別しなかったのは、さすが神殿騎士だけはあるが、俺に対する接し方、積極的な姿勢は、俺が伝説の人だからか。そう思うことにしておこう。


「こちらからお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「ダンジョンへの同行者は、ソルラ・アッシェ以外に決まっておるのでしょうか?」

「いや、まだ」


 俺は苦笑する。


「国王陛下は、腕自慢の騎士を何人か送ってもよいと言ったんだが、そっちはお断りしたんだ」

「何故でございましょう?」

「王国の騎士は、魔獣との交戦経験に乏しい。ダンジョンに挑むとなると、一般的な騎士では戦場に対応できるとも思えない」


 大規模な討伐軍が編成されてダンジョンに挑んでも上手くいかないのは、その辺りも影響している。……これについては五十年前の最初の悪魔討伐で、俺に付き従った騎士たちが、ことごとく配下の魔物にやられた苦い経験則があった。


「では、ダンジョンに精通している冒険者をガイドに?」

「それが無難ではある」


 だが、懸念もある。


「王都冒険者のランクについて、どうも不正昇格の形跡がある。ちょっと額面通りに受け取れないんだよな」


 例によって前ギルマスも絡んでいたことではあるのだが。


「不正ではないが、評価が歪になって相対的に上がったり、評価が過小評価されていたり、ちょっと追い切れないものが多くてね。少なくとも、俺自身の目で確認しないと、怖くて使えないよ」

「それは困りましたな……」


 王国の騎士も駄目、冒険者も信用できない。現場、内定したのがソルラのみ――ガルフォードは不安そうな顔である。


 大丈夫だって、と言いたいところだが、俺だって魔の塔ダンジョンは未踏だ。過去、悪魔討伐で活躍したって言っても、それとこれは話が別である。やるからには、楽観ではなく、確実に最深部に到達して、ダンジョンの機能を停止させなくてはならない。


「ま、明日、ギルマス代理のボングともう一度話してみるさ。そろそろ、俺もダンジョンに挑みたいからね」


 そんなわけで、今日は寝る。



  ・  ・  ・

  


 翌日、俺はソルラと一緒に王都冒険者ギルドに赴いた。

 近々、ダンジョンに挑むにあたって、冒険者登録をしておくのだ。何でも冒険者ギルドが発行する冒険者証は、ダンジョンにある各階の転移陣を記憶する機能があって、それを用いると、到達したフロアの転移陣へ自由に移動できるというのだ。


「何だか胡散臭い話ですね。一度行けば、その場所に転移できるとか、便利過ぎません?」


 ソルラの指摘に俺も頷く。


「魔の塔ダンジョンのギミックなんだろうけど、この技術って、作った邪教教団側のものっぽいよな」

「教団から冒険者ギルドに流れた技術、ですか?」

「繋がっているのか、あるいは誰かが落とした転移できる証を拾った冒険者ギルドが、解析して独自に量産したって可能性もあるな」


 なにぶんあの塔が経って三十年。結構古い技術だっていうから、よくわからん――

 その瞬間、俺の顔面に水が掛かった。おおっ? 何だ。


「女とペチャコラしゃべってんじゃねえよ……」


 あ? 何だ、このあからさまな敵意のある声は?


「しかも呪い持ちじゃねえか。……ちっ、雑魚の分際で来るなよな」


 やたら目つきの悪い青年冒険者とその仲間たちが、俺とソルラの前にいた。見ない顔だな。俺もこのギルドの冒険者の顔を全員覚えているわけじゃないが、ここ数日見ていない。


「しっかし、久しぶりにギルドへ来たら、雰囲気変わってんでやんの。つまんねぇー、つまんねぇー!」

「何やらご機嫌斜めのようだが、ひとつ聞いてもいいかな?」

「あ? いいわけねえだろ。雑魚は口聞くなよ」


 青年冒険者はやたら攻撃的だ。なるほど、聞く耳を持たないわけな。


「こういう時、冒険者はどうすべきかな?」

「あ? 知ら――」


 青年の顔面に、俺の制裁パンチが炸裂した。思わず倒れ込む青年。


「冒険者が水を吹っかけられたら、普通は殴られてもおかしくないわな」

「――ちょっと! 冒険者ギルドで冒険者同士が喧嘩は……!」


 ギルドの受付嬢が叫んだが、騒動の中に俺がいるのに気づき、「あ、大公様――」と、すぐに口を閉じた。


「痛ってぇな――うごっ!」


 反撃の予兆を感じたので、起き上がろうとしたところにもう一発右ストレートを叩き込む。


「ちょ、冒険者同士の――」


 青年の仲間だろう冒険者が口を開いたが、俺はニヤリとする。


「俺は冒険者じゃない」


 まだ登録前でね。ということで、この俺に、理由もなく水をぶっかけた小僧っ子に制裁パンチを叩き込んだ。大人げない? 故意に水をぶっかけてきたのだ。騎士が手袋をぶつけて決闘の意を示すが如く、これは宣戦布告だ。


 これでも俺は寛大だ。即刻、打ち首にしなかったんだからな。大公に手を出して、ぶん殴られるだけって、どれだけラッキーボーイなんだ、お前は? 王族にやったら死刑だぞ?

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