第141話、呪いとトリック
呪いの鎧だと思ったら、動き回る鎧――リビングアーマーだった。
なまじ似ているから勘違いしたのだろう……という雰囲気だったのだが、撃破素材として回収したジンは、俺にだけこっそり言った。
「これ、リビングアーマーではないですね」
「そうか」
俺自身、違和感があったから、驚かなかった。
「俺の記憶違いでなければ、リビングアーマーとかリビングメイルってのはゴーストや低級の亡霊が憑依しているやつだったと思う」
「ええ、その通りです。若干、呪い成分はありますが、今回のように強い呪いではない……。まあ、そもそもの鎧に、呪いが付与されていたってパターンもあるのですが」
ジンは兜を回して、中身を見せた。空っぽ、と思いきや案外狭いような。
「あんまり、こういうことは言いたくないですが、たぶん、この底の浅いところに入ってるかもしれないですね。人間の一部」
言葉を濁すジンは、その兜を両手で押さえつつ振った。かすかに水っぽい音がした。
「……どうします? 中を確認していないので、まだ確実な話でもないですけど。中身の可能性については皆には――」
「はっきりしていないうちは黙っておこう。案外、人間じゃなくて魔物の一部かもしれないし。まだ本当に何かの生き物のそれって決まったわけじゃない」
可能性が高くてもね。俺の言葉に、ジンは頷くと、兜をストレージに収納した。
「そうですね……」
彼の視線の先には、こちらをじっと見つめているルエールの姿があった。こっそり話をしいているのが気になったのかな。あるいは彼女も、リビングアーマーではなく、自分も組み込まれた呪いの鎧のバリエーションだと疑っているのかもしれない。
どちらにしても、まだ証拠はないとしか言いようがない。
では先を進もう。この49階は、呪いがテーマなのか、やたら呪いが目につく。黒い靄のかかった場所が至るところにあって、通る場所が限定されたり、とにかく慎重さが求められた。
壁から滝のように流れていく靄は、近づかなければ問題ないが、吊り橋よろしく、靄がかかった中にある細い通路の上を行くものなどあって、気が抜けそうにない。
シガが後続の俺たちを見た。
「これ、呪いに覆われて見えないだけで、断崖絶壁だったり?」
呪いに触れただけで済まず、底知れぬ谷底に落ちるとか。
「確認なんだけどよ? 呪いって風で動いたりする?」
この細い通路を渡っている時に、断崖からの風で呪いが噴き上がってやられるのでは、と警戒したのだ。
呪い自体は俺の呪い喰いで治せるけれども、落ちてしまうのだけはどうしようもないからな。
シヤンが靄のかかったそれを見やる。
「別に風は感じないぞ」
「取り除いてみるか。……カースイーター」
呪いを吸い取ってみる。深い谷だったら、広さからして時間がかかるかも……と思いきや、案外すぐに終わった。
「いや、底の浅い川かよ!」
特に広くもないプールみたいなだったそれに、シガは突っ込みを入れた。川でもないが、剣程度を振っても地面に届かない微妙な底の浅さである。中々意地の悪い造りだが、なんなら橋のような通路でなくても通れる浅さである。
「さっきの鎧といい、見た目だけでこの階、実は大したことないのでは?」
呪いという部分が思っている以上に、人を萎縮させてしまっているのではないか。
「おいおい、魔術師さんたちよ。浮遊魔法なんぞ使わなくても、ここは渡れるぜ」
呪いに触れないよう、浮遊して行こうとしていた魔術師たちに、シガは皮肉げな笑みを浮かべた。そっと視線を逸らす魔術師たち。
さらに進もう。それにしても妙な場所だ。最近屋外も普通に多かったが、ここは完全に建物内フロア。厳かな神殿風の造りだ。ダンジョンらしいといえばらしい。
「シガさん、見てくだせぇ。宝箱がある!」
先導の軽戦士たちが声を上げた。広い部屋に出る。玉座の間とか、大勢が来ても余裕な広さだ。
「うほっ、宝箱だらけだ!」
「凄ぇ!」
宝箱が無数に並んでいた。横に10、縦に……10、いや20くらいか? 凄い数の宝箱が、等間隔で並べられている。
「宝物庫ってやつか?」
「じゃあ、このダンジョンもそろそろ終わりが近いってか?」
冒険者たちが宝箱を見回したり、近くのものに近づいたりする。シガが声を張り上げた。
「お前ら! 宝箱に触れるんじゃねえ!」
「えー、そりゃないですよ、シガさん!」
「何だ何だ? あんた、宝箱を独り占めしようってか!?」
他のパーティーメンバーから不満の声、警戒の声が上がるが、シガは一喝した。
「バーカ! こんなあからさまに怪しい置き方されてんだぞ。開けるにしても、とりあえず用心しろって言ってるんだよ」
「確かに」
アルカンのリーダー、ベガは顎に手を当てた。
「ここは意地悪な魔の塔ダンジョンですからね……。宝に目がくらんだ者たちを罠にかけるなんて、あるかもしれない」
そこでベルデがニヤリとした。
「案外これ、全部ミミックだったりして」
「……!」
宝箱に触れかかった冒険者が慌てて、手を引っ込めた。ミミック――宝箱に擬態し、触れたら突然、蓋に見せた口を開いてガブリとやってくる。
ソルラが顔を引きつらせた。
「それは洒落になっていないですね……」
「これが全部モンスターだとしたら……」
カミリアも絶句する。グラムの老魔術師リーダーのマルダンが並ぶ宝箱を眺める。
「見える範囲にミミックはいないようじゃがな……」
魔力で鑑定しているのか、マルダンの目はオレンジに光っていた。ミミックではない、と聞いて冒険者たちは安堵する。
「しかし、油断はするなよ? ここの階は何かと『呪い』が目についておる。開けた途端、例の黒い靄が吹き出したり、あるいは伝説の武器に見えて呪われておる品やもしれぬ」
確かにあり得るな。呪いがテーマの階というマルダンの見立ては正しい。呪いと人の欲というは、実に相性がよい。マルダン爺の推測は、おそらく正しい。
ジンが眉をひそめた。
「まあ、スルーするのが一番安全ではないですかね。我々の目的は、ダンジョンの攻略であり、宝物を回収することじゃないですから」
「回収屋がそれ言っちゃう?」
苦笑するシガに、ジンは真顔で言った。
「箱に触れても大丈夫っていうのなら、片っ端からストレージに入れて、帰ってから開けるがね」
宝箱の近くにいる冒険者たちが、何故か俺を見た。え、何? お持ち帰り許可?
「大公閣下は、呪いを解くことができる……」
「お宝かもしれないのがこれだけあるのをスルーは……さすがに」
未練たらたらの冒険者たち。ダンジョンで宝箱と見れば、開けたくなるのが冒険者というもの。呪いを解ける俺がいるなら、たとえ呪いの品であっても問題ない。
「まあ、強力な装備や魔道具とかあるかもしれないし。……いいだろう」
ただし、時間がかかっても、1個ずつ確認するぞ。時短のつもりでまとめて開けていたら、何かあった時に、即対応できずに被害が出るかもしれないからな!
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