第142話、49階のフロアマスター


 邪教教団モルファーが、そんなお優しい連中のわけがない。


 宝箱の中身を確認すれば、黒い靄が噴き出したりなんて、マルダン爺の言ったとおりのことは序の口。

 魔法剣や盾、金貨や宝石――全部、呪いがついていた。俺が呪いを解除しても、市販品より上物だけど、伝説級の武具やお宝というわけでもない。一部それでもいいという冒険者もいたが、半数以上は、今ここで時間を使ってでも回収する意味がある?――と否定的だった。


 興味ない者たちからしたら、いつまで待たせるつもりだ、という気になるのもわからなくもない。

 ジンたち回収屋に宝物をストレージに入れてもらい、帰ったら開けようという話になり、俺たちは、先に進むことにした。


「……ようやくお出ましか。冒険者ども。そしてアレス・ヴァンデ」


 どうやらこの階の最深部らしい部屋にいたのは、巨大な骸骨と、それに乗る暗黒魔術師――邪教教団の遣いだろう。


「ここがフロアマスターの部屋か」


 呪いだらけだった階のボスらしく、巨大骸骨もまた黒い呪いをまとっている。


「ここが貴様たちの墓場だ! 呪われよ!」


 カースブレス!――巨大骸骨が口を開き、黒き呪いを吐いた。煙が迫るようなもので、普通だったら盾を構えようが防ぎようがなく、まとめて呪いをかけられたのだろうが――


「俺には、『呪い』は効かない」


 カースイーターが、呪いを無効化する。この階は、まともな人間泣かせの呪いだらけなのだが、俺という呪いの天敵がいるせいで、ただの階に成り下がっているんだよな。


「弓持ち、あの魔術師を射殺しろ」


 俺が言えば、合同パーティーのアーチャーたちが、暗黒魔術師へ素早く矢を放った。巨大骸骨が腕を使って、暗黒魔術師を守り、その腕に矢が突き刺さる。


「なら、燃やしてやるわ!」


 リルカルムが杖を向けた。まばゆい炎の塊がドラゴンとなって、暗黒魔術師と巨大骸骨をまとめて炎上させる。骸骨と魔術師の絶叫が辺りに木霊した。


「この手に限るわね。……うっ!?」


 突然、リルカルムが苦しみ出した。何があった……!?


『ふははは、我を倒したぁ……? 結構結構!』


 先ほど炎上させた暗黒魔術師らしい声がした。それもすぐそば――リルカルムの辺りから。ソルラが目を疑う。


「リルカルム!?」


 災厄の魔女の体から、邪なオーラのようなものが立ち上る。


『我は、我を倒した者に取り憑き、その体をもらい受けるっ! そしてこの体で仲間たちを葬ってしんぜよう!』

「憑依!?」


 カミリアが叫んだ。


「ティーツァ! 浄化魔法!」

「はい、カミリア様! ――体を乗っ取らんとする邪悪な霊よ、光に消えよ!」


 バルバーリッシュのヒーラーであるティーツァが神聖魔法を行使する。リルカルムに取り憑こうとする暗黒魔術師の霊が嘲笑う。


『ふはは、無駄だ。我が魂は、そこらの青二才の魔法程度で傷一つつけることなどできんわ――っ、なにぃぃ!?』


 余裕だった暗黒魔術師の霊が苦しみ出す。


『ば、馬鹿なっ!? 何故、消える――』

「愚かだったな、邪霊よ」


 カミリアが不敵な笑みを浮かべた。


「ティーツァは、そこらの神官ではない。彼女こそ、当代の聖女様だ!」

『なっ、せ、聖女だとーっ!? ぬおおおおおっ――」


 霊が絶叫と共に消えた。終わってみれば、意外とあっさりだった。俺は、リルカルムに近づく。


「大丈夫か?」

「ええ、平気。ワタシに取り憑こうなんて、百年早いわよ」


 リルカルムは自身の髪を払った。いかにも余裕でしたって態度である。俺はティーツァを見る。


「ありがとう。助かったよ、聖女様」


 リルカルムが取り憑かれて、こちらに牙を剥いてきたら、取り返しがつかない被害が出るところだった。


「あ、いえ、そんな! 大公閣下」


 ティーツァは、あたふたし始めた。聖女様だったのか――と周りからも声が上がり、知らなかったのは俺だけじゃなかったことに、内心安堵する。


「もう、カミリア様、私が聖女だってことは黙っているって約束だったじゃないですかー!」


 顔を真っ赤にして抗議するティーツァである。怒っているようだが、何だか小動物じみて可愛いから不思議だ。カミリアが、ティーツァに謝っているのを見やり、周りからも笑みがこぼれる。

 ベルデが言った。


「オレたちのパーティーも、変なのばかりだけど、他のパーティーにもいたんだな。変わり種が」

「変ってどういうことですかー!?」

「あれ、聞こえた? すまんすまん」


 ティーツァの言葉に、ベルデが笑って退避した。いやー、殺伐の中にも、こういう癒しがあってもいいと思う。


「おおーい、次の階への階段と魔法陣があったぞー!」


 部屋を探索していた冒険者がそれを見つけた。この階は割と楽に抜けられたから、まだ次の階も行けるか?


「次は、いよいよ50階ですな」


 リチャード・ジョーが声をかけてきた。グラムのリーダー、マルダン爺も頷いた。


「何階あるか知らないが、そろそろ終わりだといいのじゃが……」

「表から見える塔は五階層だから、50階が最深ではないか、という説がありますな」

「うむ」


 そうなのか。その説は俺は初耳だ。そもそも、先日まで最深到達が45階までだったから、その先のことはわかっていなかった。だから、諸説あっても、それが事実なのかはわからないのだ。


「隣国のこともあるし、その説の通り、50階で最後だといいんだがな」

「そうですね」


 ソルラが同意した。もしこれがラストなら、邪神復活の前に到着できたってことになるのかな? ……それとも、実はギリギリなのか。そう考えると、急いだほうがいい気がしてきたぞ。

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