第140話、呪いの階
グラムの魔術師たちは、元はペルダン伯爵に仕えていたという。しかし、伯爵は自らの豪勢さを追い求めるあまり、兵や魔術師たちを蔑ろにし、彼らを解雇、追放したという。
先代は名君だったのに、引き継いだ息子が愚か者だった――という例は、よくある話。こうして放浪の身となったマルダンたちは、冒険者となり日銭を稼ぐ一方、追放したペルダンを見返したいという気持ちがあったらしい。
その第一歩として、魔の塔ダンジョンを攻略して、これまで果たされていない偉業を成し遂げて、伯爵に自分たちを手放したことを後悔させたいそうな。
少なくとも、ペルダンの下にいた頃より、充実した日々を送らねばならない――それが彼らの野心というか望みだった。
まあ、大公の部下だろうが伯爵の部下だろうが、どっちが上かというのはないんだけど、バックが大公であるというのは、それだけで格上に見られがちなものだ。これをもって出世と取る人間もいる。
仕えたいと言ってくる分には、素質があるか見るだけだから、自分から募集するより手間が減る。だが、まだ俺のほうで受け入れの準備ができているわけではないからな。
「魔の塔ダンジョンを攻略したら、きちんと大公としての役目を果たすから、その時に君たちの気が変わらなければ、引き立てるのを約束しよう」
実力では、48階まで生きてきている時点で合格だろう。その代わり、死んでくれるなよ。
「感謝の極み。我ら、アレス・ヴァンデ大公閣下のため、身命を捧げます」
グラムの魔術師たちは深々と頭を下げた。なおカミリアもまた俺に仕えたいと言い張ったので、お父上にも相談してくるよう申しつけた。……彼女の父親がどんな人物かは知らないが、それで反対されるなら、諦めなさい。お爺さんだったら、たぶん間違いなく許可しただろうけどね。
閑話休題。48階のオーク騎兵軍団を撃破し、フロアマスターであるケンタウロスの戦士とその一団が俺たちに立ち塞がった。
彼らケンタウロスは弓の名手であり、近づけば馬の足で逃げて、踏み込ませず、遠距離からの弓術で対抗してきた。
まともに弓でやり合ったら危ないが、遠距離からの魔法攻撃で、敵の足を奪い撃破した。前衛が突撃型で、ボスグループが遠距離型。同時に来ていたら、ちょっと危ない組み合わせだったな。
ともあれ、48階をクリア。魔法陣に登録して、続く49階へ。
・ ・ ・
「むっ……!?」
俺の神経がざらついた。濃厚な呪いの気配。
辺りは暗い。建物内――どこかの神殿を思わす、ひんやりとした空気を感じた。
「なんだ、これ……?」
前を行く冒険者たちが目の前の黒い靄を見やる。まるでカーテンのように闇が、そこから先を遮っている。
「それに――」
「触ってはいけません!」
俺が言う前に、女の声が飛んだ。見ればバルバーリッシュに所属する女性神官だった。カミリアが振り返る。
「どうしたんだ、ティーツァ?」
「その黒い靄は濃厚な呪いです! 触らないように!」
おう、言われてしまった。その通り、この噴き上がって、進路を遮っているのは呪いの塊だ。
「浄化を試みます!」
ティーツァという神官が呪い解きの魔法を使った。すると靄は振り払われ、視界が開けた。
「!? 気をつけろ!」
シガが叫んだ。
呪いの靄が晴れたら、そこには黒い重甲冑をまとう騎士たちが並んでいた。いや、その鎧は――
「呪いの鎧!?」
ルエールが声を上ずらせた。彼女がマラディと名乗り、呪いによって支配されていた時の暗黒騎士によく似ているものが、十数人整列している。
「でも、これ……ちょっと大きくない?」
「確かに」
今ルエールは、呪いが解けて白騎士状態だが、それと比べても一回り大きいような。
「邪教教団が、優秀な戦士や魔術師を捕まえて、呪いの鎧を着せてるって話だったが……」
「人間のサイズとは思えませんね」
ソルラも言った。
身長が二メートル半くらいはありそうだ。そのサイズの人間が十数人揃っているのは、異様な光景だ。
シガが首を捻った。
「こいつらも、ルエールさんみたく、操られている冒険者が入ってるってか?」
「あまり考えたくないけれど……もしかしたら、ここだけ取り出したのかも」
そういって自身のこめかみ辺りを指した。人の脳を摘出して、鎧に移植する――ルエールの呪いを解いた時、彼女は、邪教教団は脳を利用しようとしていた、と言っていた。
もしそれが本当なら、あの暗黒騎士たちの高さが人間のそれより大きいのも納得できる。ただし、中身については最悪の想像だが。
シヤンが鼻をひくつかせた。
「嫌な感じなのだぞ。こいつら、人間のニオイがしない……!」
「……! 来るぞ! 前列、七人!」
「中身を確かめる!」
俺は前に出た。鉄血メンバーが俺の左右を固める。
「マルダン、敵の足を魔法で拘束できるか!?」
「お任せあれ、大公閣下!」
グラムの魔術師たちが、拘束魔法での足止めを試みる。さすがベテランの魔術師集団。大抵の魔法は習得している。俺は左手を暗黒騎士たちに向ける。
「まずはその厄介なものを取り除く! カースイーター!」
呪いを吸収。すると暗黒騎士たちから黒煙のように呪いが溢れ出て、見ていた者たちから悲鳴が上がる。
「なんだ、このドス黒い呪いは!?」
カミリアが驚愕すれば、呪い解きができるティーツァも絶句する。リルカルムが眉間に皺を寄せた。
「なんて強い呪い。触れたらたちまち呪われるわよ!」
冒険者たちが身を引く。呪いの靄は俺に吸われ、やがて途絶える。呪いを食われた暗黒騎士鎧だが、その場で動かなくなった。いや動かなくなったというか、途中で不自然に停止してしまったというべきか。バランスを崩して、暗黒騎士たちが倒れて、鎧がバラけた。
「……!」
鎧の中身は空っぽだった。中に人の姿はなかった。
「いや、ないんかいっ!」
シガが声を張り上げた。
「ビビらせやがって! 中に人がいないんだなら、ぶっ壊すだけだ!」
呪いで動く鎧のモンスターだったのだろうか。何だか釈然としないが、俺のカースイーターで呪いを全部吸い取ってしまえば、こいつらは楽だな。
俺は前列に続き、後列にいた暗黒騎士たちにもカースイーターを使った。せっかくの鎧モンスターも、俺たちに斬りかかる前にことごとく倒れていった。……見た目だけだったな、これは。
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