第139話、とっさの判断
魔の塔ダンジョン攻略48階。
俺たち合同攻略パーティーは、だだっ広い平原のような場所に出た。空はどんよりと暗い。風が、踝程度の高さの草を撫でる。紫色の草っ原というのも違和感が凄いが。
「まーた、何もないぞ。随分と寂しい出迎えじゃねえか」
ウルティモ・リーダーのシガが言えば、バルバーリッシュのリーダー、カミリアも辺りを見渡した。
「ここも前の階と同様に、次のフロアがどこか探して彷徨うタイプでしょうか」
ベルデが頭の後ろに手を回した。
「ここは平原っぽいし、今回はレヴィーでもわからないんじゃね?」
確かに。少女の姿をしているリヴァイアサンも、前回のようにはいかず、やや不機嫌そう。
「……!」
その時、シヤンの獣耳がピンと立つのが見えた。
「それよりも、面倒なことになりそうなのだぞ!」
彼女の視線の先を、皆が一斉に注目する。土煙が上がってきた。地響きのような音が木霊する。この音は――
「敵だ!」
しかも騎兵だ。どこの軍隊かわからないが、馬に乗った戦士の一団がこちらに向かって突撃をかけてくる!
「おいおいおい、冗談じゃねーぞ! 平原で騎兵相手とか、相性最悪じゃねーか!」
シガが吐き捨てた。
遮蔽物のない地形を猛烈な勢いで駆けてくる騎兵。それはさながら津波のようであり、まともな対騎兵戦術を知らない者たちから見たら恐怖以外の何物でもない。
敵騎兵の持つリーチの長い槍で貫かれたら? それを避けても、馬に蹴られて踏み
潰されたら? 間違いなく死ぬ。
それが壁となって押し寄せてきたら、たとえ逃げても追いつかれて殺される。見る者を威圧し、絶望の足音を轟かせる。乗っているのはオーク――オーク騎兵のようだ。恐れを知らない蛮族たちの姿は、冒険者たちに無力感と危機感を煽った。
間もなく突っ込んでくる。考えている時間? 対抗策を講じる時間? そんなものはないとばかりに、思考を奪っていくのだ。
……とまあ、そうなんだろうけど。俺は振り返った。
「リルカルム、とりあえず、デカいの一発頼む」
災厄の魔女さんに、俺たちの正面に突っ込んでくる奴らを優先して狙わせる。突撃する騎兵は、密集していればこそ小回りが効かない。
「簡単に言ってくれるわね! サンダーボルト!」
リルカルムが杖を振りかざし、強烈な電撃を10本ほど放った。遠距離からの攻撃で、数頭が直撃を受け、さらに後続が転倒した前の騎兵に足を取られて倒れる。地面に当たった雷が土を抉り、飛び散らせて、周りに多少の妨害をしたが、全体の勢いを止めるにはちいたらず。
「そ、そうだ。弓でも何でも撃つんだよ!」
シガが声を荒らげた。弓使いたちが、『いや、あれを止めるのは無理だ!』と返したが、シガは怒鳴る。
「口を動かす前に手ぇ動かせ! 死にたくねえだろうが!」
まあ、冒険者の数からして、焼け石に水だがねそれは。やらないよりはマシ……かどうかは、これから次第。
俺は魔術師パーティー、グラムのリーダー、マルダンに駆け寄る。
「魔法か?」
老魔術師が聞いてきた。
「しかし、あの勢いを止めるのは――」
「俺たちの前に大きな岩のスパイクを壁のように展開できるか?」
「……アーススパイクか? 防御の壁を作るか」
「先が尖っていて、突っ込んできたら刺さるように見えればいい。馬ってやつは尖っているものに突っ込むのを嫌がる」
「心得た」
マルダンはパーティーの魔術師たちに、すぐに指示を出した。もうすでに敵の突進はすぐそこまで迫っていたからだ。
グラムの五人の魔術師は、俺たち合同攻略パーティーの手前に、アーススパイク――岩の巨大スパイクを出現させた。本来は突っ込んでくる敵の足下から攻撃する大地属性の攻撃魔法であるが、これを壁の如く複数展開置けば、即席の騎兵防御陣形と化す。
「長槍を向けて密集する防御隊形は、騎兵突撃に対して有効だ」
王族として、戦場の心得はあるつもりだ。しかしここには訓練された槍兵はいない。
だが槍兵よりもビクともしないものがある。巨大な岩のトゲが、騎兵止めの丸太罠よろしく並んでいれば、さすがのオーク騎兵らも戸惑う。
俺たちを蹂躙しようと突っ込んできたオークどもの顔が青ざめるのがわかる。避けようにも密集しているのが仇となり、それができない。突撃中ゆえに足も緩められない。それをしたら、後ろの奴とぶつかるぞ。
哀れ、止まらない正面から突っ込んできたオーク騎兵が後ろの奴にぶつかり押し出されるように岩のスパイクに串刺しとなった。
そして正面ではない、両翼の敵騎兵がそのまま俺たちの後ろへ駆け抜けていく。方向転換するのだろうが、数が多いだけに難しいよな。こちらは少数。過剰兵力とも取れるその数の多さでは、反転して再突撃も、スペースがなくて難しいだろう。
となれば下馬戦闘となるわけだが。
「魔術師組は、周りの敵に手当たり次第攻撃! 前衛の騎士、戦士は魔術師をガードしろ!」
「了解!」
「お任せください、アレス様!」
冒険者たちがそれぞれ動き出す。敵の突撃を凌いだおかげか、ここにきて怯んでいる者は一人もいない。
「はいはーい! じゃあ、派手にやりましょうかねぇ!」
リルカルムが、杖を振り上げる。
「魔女の声を聞きし、魂よ。肉体より離れ、我が下へ集え――!」
いつぞやの魂を吸い取る魔法。それが密集しているオーク騎兵と馬たちにかかり、魂が集まる。
「それを転用しての――破壊の雨!」
光の攻撃魔法に変えられた魂、それがまさに雨の如く、健在なオークたちを蜂の巣にする。しつこいようだが、密集しているせいで逃げ場なし。
マルダンやベガら魔術師たちも、それぞれの得意魔法で敵をなぎ倒していく。馬を降りて肉弾戦を挑むオークもいたが、この階まで辿り着いた百戦錬磨の戦士や騎士たちに圧倒される。ルエールやカミリア、シガにリチャード・ジョー。うちのソルラやシヤンも、近づく敵を処分していく。
本来は、騎兵突撃で、やってくる者たちを蹂躙するというコンセプトのフロアだったのだろう。初見殺しが決まらなければ、案外なんとかなるものだ。
「ふぅ、一時はどうなることかと思ったが……」
シガが俺のもとにやってきた。
「さすがは大公様だ。騎兵の突撃を前に冷静に対処しちまった。……あれには肝が冷えたぜ」
「冒険者だと、ああいう敵はいないだろうからな。仕方ないさ」
「あんたが大将でよかったよ。帰ったら、一杯奢らせてくれ」
「喜んでお受けしよう」
「わしらからも奢らせてもらおうか」
グラムのリーダー、マルダンが俺に片膝をついた。
「老骨ながら、仕えるに値する君主を探しておりました。お許しいただけるなら、閣下のために、もう一花咲かせたく思います」
それはつまり、俺の、大公の配下となりたい、ということか。これを言うのは恥ずかしいが、大公でありながら、今のところ正式な部下というものがいないものでね。まだ所領もはっきりしていないし、屋敷が一つあるだけだが。
「あ、ズルい……! じゃなかった、アレス様、わたくしも是非、お側にお仕えしたく!」
カミリアまで膝をついて正規の部下としての引き立て志願をしてきた。おいおい、お前たち、時と場所をわきまえよう、な?
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