第138話、ざわつく諸国
ガンティエ帝国の北西に位置するグラオ王国。
その王宮では、ヤール・フンベルト王が眉間に皺を寄せた。
「ガンティエ帝国の帝都が炎上とな?」
「はっ。間者の報告によりますと、巨大な鋼鉄の巨人が現れて、帝都を蹂躙したとのこと」
諜報長官の報告に、フンベルト王は口をへの字に曲げた。
「また帝都か。……神から目をつけられておるのではないか?」
最近、ガンティエ帝国の帝都で、天から降った光が、皇帝の居城を破壊したという噂が流れてきている。
隣国に起きた不可解な事件に対して、グラオ王国の民は――
『とうとう、神が帝国の悪行に天罰を下したのだ』
『神を怒らせた。何が起きてもおかしくない』
『そのまま滅びてくれないかな、帝国』
グラオ王国は小国である。実に遺憾ながら、本気で帝国に攻撃されたらひとたまりもない。高所が多く、地形に助けられているところはあるものの、外交的に威圧や国境への嫌がらせなどを受けている。
フンベルト王をはじめ、王国民のガンティエ帝国に対する心象は最悪だった。
「で、巨人とやらはどうなった?」
「西へと移動したとのことですが、途中から姿を消してしまい、目下、帝国軍も捜索中の様子」
「西ねぇ……」
フンベルト王は苦い顔になる。状況的に、グラオ王国もまた帝国からは西の国。目をつけられないといいのだが。
「こっちには来て欲しくないがな。最近、あの国の西方軍が、戦争の準備をしておったろ」
狙いは、ヴァンデ王国のようで、一度国境を侵犯したが、あっさり蹴散らされたという噂が流れている。
正式に戦争にはなっていないようだが、昨今の情勢を見ると、帝国はヴァンデ王国に仕掛けようとしていると感じた。
「ひょっとして、巨人はヴァンデ王国の差し金だったり?」
「どうも、帝国ではそのように見ているようで、皇帝が近く討伐軍を編成するとか。西方軍以外の軍も集結させると噂になっております」
「――ほう、ヴァンデ王国の仕業と確定したか、もしくは帝都炎上の大失態を誤魔化すための冤罪を被せたか」
巨人討伐に軍を集結する、というのはわかるが、巨人が消えたとなると、その報復に振り上げた拳の落としどころがなくなる。
やられっぱなしでは、帝国の沽券に関わる。犯人がいない、わからないとなれば、適当に怪しい奴を選んで、そいつに罪を被せて報復する。――前々から、ガンティエ帝国はヴァンデ王国を工作で崩そうとしていたから、近々潰すリストに入っていたのだろう。
「生贄かな。そういう立場に追い込まれたくないものだが。……ヴァンデ王国には同情する」
しかし、とフンベルト王は口元を歪めた。
「帝国の各方面軍が、西方に移動する……。これは一波乱あるぞ……」
・ ・ ・
リアマ王国。ガンティエ帝国の北方に位置する国。横に長い国土を持つ。
アレグレ国王は、隣国帝都が鋼鉄の巨人に破壊されたと聞き、大笑いした。
「あっはっはー! ざまああああ! 天罰だよ、天罰だよ。まったくもって愉快痛快」
家臣たちは、主君の狂喜についていけず顔を見合わす。
「何だっけ? この前も皇帝の城が光で攻撃されたんだってねぇ? いやいや呪われているんじゃないのぉ?」
「恐れながら陛下。まだ攻撃と決まったわけでは――」
「はあ? 本気で言ってる? 城が壊れたんだから、これはもう攻撃でしょうがー!」
「しかし、陛下。雷などの天災が落ちたとて、攻撃とは違いますでしょう」
「あのさあ、どこの世界に、光で、城一つが吹っ飛ぶわけ? 本当に自然現象だって思ってる? 説明がつかないからと、現実から目を背けるのはやめたら?」
アレグレ国王は、家臣の発言に対して不機嫌そのものだった。だがそれもすぐに引っ込める。
使者の報告では、帝都を『破壊された』帝国は、西のヴァンデ王国を攻めるつもりだという。そのために、国境にいる敵北方軍から部隊が引き抜かれているらしい。
「うーん、そういうことなら、ヴァンデ王国にはぜひ頑張ってもらいたいねー」
直接支援すると、その後に帝国に目をつけられるので、目立たないようにやらねばならない。
「なーんか嫌がらせをしたいよねぇ、帝国に。あいつら、工作員を送り込んで変な団体作ろうとしていたじゃない? アレ、すっごくむかついたから皆殺しにしたけどさぁ」
アレグレ国王の目は狂気をはらんでいる。
「何か仕掛けたいよねぇ。ささやかなお礼参りってやつ」
・ ・ ・
帝国より東方にある国ハルマー。ここにも、ガンティエ帝国帝都が破壊されたという報告が届いた。
「帝国は、西の国が攻撃に関係していると判断し、大規模な軍の派遣を決定しました!」
軍を率いるルール将軍の声を聞き、玉座に座るアフガル王は口髭をいじった。
「つまり、奴らの軍は、我が国を向いていない、と」
「左様です、王陛下!」
「では、いよいよ我が国が動く時がきた……!」
おおっ、いよいよ――臣下たちの目がアルガル王へと向く。
「帝国は、我が王子を死に追いやった。この屈辱、我々は忘れない」
『オオッ!』
「ルール将軍、ただちに軍を戦時体制に移行せよ。西方大征服を開始する! 遠征軍を準備せよ!」
「御意!」
ハルマーとガンティエ帝国は、普段から仲が悪い。帝国人はハルマー人を蛮族と罵り、目の敵にしている。一方のハルマー人も、ガンティエ人を数だけ多い卑劣な屑と見下していた。
ハルマー国内への干渉や、スパイ工作により、不穏分子が国の切り崩しを行っていることも、アフガル王の怒りを買っていたが、それにより王子を二人失ったことは、王の報復リストのトップに帝国の名を刻んでいた。
王の命令を受けて、ハルマーは国境軍は臨戦態勢を取り、さらに国内では大々的な徴兵が実行された。
ガンティエ帝国の帝都が破壊されたという情報だけで、ハルマーは開戦を決意したのだ。帝国軍が西進することで、東国境の戦力も相対的に下がったことも、ハルマーによって有利な状況となる。
「帝都をやられて、あの皇帝もヤキが回ったな」
周辺国全てが敵であるガンティエ帝国が、一カ所に軍を集中させるのがどれほど危険であることか、わからせてやる時がきた。
帝国は自ら墓穴を掘ったのだ。
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