第137話、消えた巨人の影響
ヴァンデ王国王都。潜入していた隣国工作員のアジトが何者かに潰された件についての調査は捗っていなかった。
本来なら、敵が勝手に倒れたのは喜んでもいいことなのだが、何故、どうしてやられたかわからないのは不気味であった。
ガンティエ帝国に敵対する者の仕業なのか、他に理由があるのか。共通の敵という認識でやったのならば、王国に実害は少ない。だが何か別の理由で動いていた場合、ヴァンデ王国側にも被害が出る恐れがある。
だが、その真相が掴めないまま、別の報告が、ヴァルム王のもとに寄せられた。
「ガンティエ帝国の帝都が、謎の兵器によって破壊されたですと!? それは確かですか?」
「左様で」
ユニヴェル教会のガルフォード大司教は、鷹揚に答えた。
「かの国に潜伏する教会信徒から寄せられた情報です。謎の鋼鉄の巨人によって、帝都は灰燼に帰したと」
「何ということだ……。まさか、帝国でそんなことが」
内心、ざまあみろ、と叫びたくなるヴァルムだが、ご年配のガルフォード大司教の前で、そのような真似ができるはずもなかった。
「天罰ですか?」
「いやいや、確かなことはわかりませぬが、断片的な情報を拾い集めていった結果、古代文明の魔法兵器であるという説が浮上しました」
「古代の魔法武器……」
「私も実際に見たわけではないので断言できませんが、その鋼鉄の巨人は、武器や魔法を弾き、帝国兵を返り討ちにしたそうです……」
「それは危険ですな」
ヴァルム王は自身の髭を撫でた。
「仮に、そのような無敵な巨人が我が王国に来れば、とても対抗できない」
「それが、『仮に』では済まないようなのです」
ガルフォードは、ゆったりとした口調になった。
「その巨人は、帝都から西へと移動したとのこと。その針路は、ヴァンデ王国に向かっていたという話です」
「それは……一大事ではありませんか!」
ヴァルムは大きな声を出した。
「国境からは、そのような報告はきておりませんが……本当に我が国に向かっていたら厄介ですぞ」
魔法も武器も通用しない巨人が攻めてきたら、守備隊も蹴散らされるだろう。そのまま王国内を進撃されれば、どれだけの被害が出るかわかったものではない。巨人によって王国が滅びるなどという最悪の展開も想像できた。
「幸か不幸か、まだ巨人は国境を跨いではいないようですが、帝国の西方軍の動きも活発になっているとのことです。努々油断なさらぬように」
「御忠告痛み入る、大司教」
ヴァルムは落ち着かず席を立つ。
「しかし……ただでさえ、帝国がきな臭いというのに」
「巨人がこの国に来なければよいのですが……いや、もし間違いがあって、帝国が巨人を手に入れたら面倒なことに」
「そうなってしまえば、我が国がまず奴らの実験場になるでしょうな」
ヴァルムは唸る。
「こちらに来ても面倒、帝国に留まり、奴らの手に入っても面倒。本当に厄介事しかありませんな」
「私の懸念をお伝えしても?」
「……聞きましょう」
悪い予感しかしなかった。だが、この際、全ての悪いことを出し切ってしまおうと、ヴァルムは、大司教に頷いた。
「例の巨人がどこにいるか正確にはわかりません。いっそこのまま消えてしまったほうがよいとさえ思いますが、そこで一つの懸念が。今回の巨人は、この国が保有する兵器であり、それを帝国に差し向けたと思われないか、ということです」
「つまり……帝都を破壊したのは我が国の差し金だと?」
「左様。運の悪いことに、巨人はヴァンデ王国からやってきた――そう思わせる材料もあります」
「巨人がこちらへ向かっていること」
「任務を終えて、帰還する――そう思われたら?」
「帝国は、全軍を上げて我が国を攻めてくる」
ヴァルムは憮然とした表情を浮かべて、目を回してみせた。
「はた迷惑な話だ。仮に我が国が疑われたとしても、巨人に恐れをなして、攻めるのを諦めてくれればよいのですが」
「かの国の、あの皇帝が帝都を火の海にされて、そのまま引き下がるとは思えませぬ」
ガルフォード大司教は小さく首を振った。
「もうすでに手を打っているかもしれない」
「……兄アレスと相談します」
ヴァルムは眉間を押さえた。
「この難局で、唯一希望を見いだせるのは、兄アレスの存在。彼が五十年ぶりに帰ってきてことは僥倖でした。さもなくば、我が王国は、抵抗したとて滅ぼされていたでしょう。情けない王ですよ、私は」
「帝国との国力、彼我の力の差を考えれば、貴方を責めることはできませんよ、ヴァルム陛下。働き盛りの大人と子供ほどの差があります。まともに喧嘩をやって勝てるはずがない」
「しかし兄ならば……それでも何とかしてしまうのではないか、と思うのです」
ヴァルムは席についた。
「人間がかなわない大悪魔を、兄はたった一人で討伐して回った。不可能を可能にした男です。私の自慢の兄であり、私などより王に相応しい」
「貴方には貴方にしかできないことがある。そのように自分を下げてはなりません」
ガルフォードは静かに、しかし力のこもった声を出した。
「アレス様はお強い。しかし、この難局で力を振るうならば、王であるより、今の大公であるほうがよい。王は先陣を切ってはならないのです。王が倒れる時、国の終焉を意味します。……それがわかっているから、アレス様は貴方に王位継承の権利をお譲りになられた」
「王は先陣を切ってはならない、ですか」
ヴァルムは自虐的な笑みを浮かべた。
「おそらく、あなたの言葉は正しい。これから言うことは、私に王がふさわしくないことを端的に表す言葉となりますが……。王は先陣を切らない。それでも、憧れるわけです」
「…………」
「強く、気高い王が先陣を切る姿、そこに羨望を抱くわけです。格好がよいのです。アレス・ヴァンデ王、彼が先陣を切るその背中を、どこまでお供したい、共に戦いたい――そう思ってしまうのです」
ヴァルム王は目を細める。
「それが叶うならば、命など惜しくありませんよ」
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