第172話、突破と生還
杖の上に立ち、猛スピードで飛び回りながら、暗黒魔術師は電気の槍を飛ばす。しつこく追いすがるソルラは翼を羽ばたかせて、魔法の槍を掻い潜る。
「キッ、キィッ!」
「終わりです!」
暗黒魔術師の旋回の内側に潜り込んだソルラの剣が一閃した。暗黒魔術師は上下に両断され、落下。コントロールを失った杖はスピンしながら飛び続け、床に激突した。
残るは、異常に素早い軽戦士だが――
うっすらと冷気が漂う中、氷の柱の守りを抜けて、術者であるリルカルムに肉薄した軽戦士は、二本の短剣で、魔女の胸を突き刺した。
「リルカルム!」
ソルラは叫んだ。
「……!」
突き刺した――否、軽戦士が胴体を氷柱で貫かれていた。そこにいたはずのリルカルムの姿は消え、斜めに突き出た氷の刃がそこにあった。
「冷気だと思った? 残念、霧でした」
軽戦士の死体のそば、霧から実体化するリルカルム。
「さ、これで終わりかしら?」
「そのようです」
バサリ、と背中の翼を羽ばたかせてソルラが降りてきた。リルカルムは腰に手を当てて、嘆息した。
「それにしても……酷くやられたものね」
たった3人の敵を相手に、王都冒険者ギルドの精鋭である合同攻略パーティーが壊滅したのだ。
・ ・ ・
魔の塔ダンジョン59階を突破した。
戦死者13名、重傷者15名……ぶっちゃけ、俺たち以外、ほとんどやられた。正直、重傷者には、俺が一時的に不死の呪いをかけて、死なないようにした。そうでなければ、重傷者の半分は、助からなかったと思う。
さすがに満身創痍過ぎるので、俺たちは59階で今回は撤退した。
王都冒険者ギルドに戻った時、そこにはエリートとはほど遠い、疲れ果てた冒険者たちの姿があった。
ダンジョン探索で取り返しのつかないヘマをした冒険者そのもの、といった消沈ぶりは、ダンジョンに挑んでいない一般冒険者やギルドスタッフにも、何かあったことを無言のうちに物語っていた。
「……ここまで、かな」
俺は、視線が下に向いている精鋭冒険者たちを遠巻きに見守った。回収屋のジンがやってきたので、俺は礼を言う。
「皆の応急処置、ありがとうな。でなければ、俺が不死をかける前に何人か死んでいた」
「いえ……」
ジンは奇跡的に無傷で生還した一人だ。俺たちが敵と戦っている間、重傷者が巻き込まれないように引き離し、果敢に治療と救助活動を行った。戦死者が20いかなかったのも、彼のおかげだと思う。
「ラエルはどうだ?」
「大したことはありません。治癒の魔法で、すぐによくなる程度です」
「それはよかった」
俺が言うと、ジンは頷いた。回収屋の弟子であるラエルは、腕を敵に切りつけられた。かすり傷ではないが、致命傷でもなかった。
「今回は、こっぴどくやられた」
「ええ、敵も本気を出してきたというところでしょうか」
「……元々、魔の塔ダンジョン攻略は、過酷なものなのはわかっていたことだがな」
俺は首を横に振る。ここのところ、初見殺しな配置も、運良く切り抜けてこられた。……そう、運良く、だ。
犠牲者が最小限に留まっていたのも、ちょっとした幸運があったからだろう。そしてその幸運にすがれない時、今回のような大惨事が起こる。
「運というのはわからないものです」
ジンは言った。
「今までいい目が出ていただけ。今日は悪い目が出た。それだけです」
「……」
それで納得できる者は多くはないだろう。俺は、フロアに座り込む冒険者たちを静かに指さした。
「どう思う?」
「……よくはありませんね。心身ともに衰弱しています」
表情の抜け落ちた者、戦友を失い悲しむ者、どこを見ているかわからないほど目の焦点が合っていない者など。
「今回は、現実をわからせられた、というところでしょうか。友人の死、愛着のあった装備や武器の喪失。その状態で死にかけたこと。強力過ぎる敵……特に装備のロストは大きいです」
ジンは、ストレージを開いた。
「冒険者の死は、長くこの仕事をやっていれば誰もが体験する。装備だって壊れる。でも、高ランク冒険者にとって、自身の装備にかける費用は大きく、時間は長い。そんな愛着の装備を生き残るために捨てざるを得なかった。とても心細かったと思います」
初っぱなの大プールで溺れかけたやつな。実際、装備の脱着が遅れて溺死した者もいた。
「そんな状態で、あんな手強すぎる敵を相手にしたんです。怪我を負わされた連中のダメージは、傷だけじゃなかったでしょう……」
無力感は二倍にも三倍にもなっているだろう。俺は率直に聞いてみた。
「次に行く時、何人来ると思う?」
「ソルラ、リルカルム、シヤン、ベルデ、レヴィーは、まあ来るでしょう。私も仕事ですからお供しますがね……」
ジンは、冒険者たちを見回した。
「彼らはどうですかね。新人の頃の恐怖の感情が、まざまざと蘇ったようですから……。確実に半分はリタイアですね。……不死の呪いは回収したんでしょう?」
「ああ、一時的だったからな」
瀕死の者に使った不死になる呪いについては、一命を取り留めた時点で回収している。黙ってやったわけだが、堂々と公言すると、それ目当てに厄介なのが集まる予感はあった。
「ベテランで死がちらつくと、戦力としての価値は極端に下がります。精神的に病んでしまうことも多いですから、速やかに引退させて安静にしないといけない」
「つまり、ここで限界ということか……」
人数が減って、ここから先は厳しくなるかもしれない。
「だが、やらねばならない」
邪教教団が、邪神とやらを復活させたら、この国は終わりだ。他は怖いからと逃げてもいい。だが王族である俺は、国を守る義務がある。
俺一人になっても、最後まで戦い抜く。五十年前の、大悪魔討伐の時のように。そう、あの頃と同じだ。何も不安になることもなく、ただ進むのみだ。こういうのには、慣れているからな。
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