第167話、皇帝一族のスキャンダル?


 レムシー皇女の様子がおかしい、と副官が言った時、もとから常人のそれとは違うではないか、とジャガナー大将軍は思った。


「皇女殿下は、その、姦淫に溺れているようなのです……」

「……」


 聞けば、パウペル要塞に籠もるようになってからしばらくして、皇女殿下の部屋から日夜、男女の淫らな声が聞こえてくるようになったらしい。


「皇女殿下が男を連れ込んでいる……?」


 皇帝はご存じなのだろうか。もし知られたら、その男は皇帝のご不興を買い、人生終了なのではないか。


「いや、男女と言ったか?」

「はい、どうも皇女殿下の近衛隊も含まれているようで……」


 レムシーの近衛隊は、若い美女揃いである。皇女が、『美しいわたくしには、護衛も美しくなくてはいけませんわ』と言って、自分の周りを美女で固めていた。


「現場を押さえたわけではないので、確証はないのですが、どうも殿下の近衛を交えて、乱交をしているという憶測が、ございます」

「憶測か……」


 ジャガナーは腕を組む。


「つまり、実際には何をやっているのか見ていないということだな? 聞き苦しい声が部屋から聞こえてくる程度で、むしろ皇女殿下本人は、部下と男たちが淫らな行為をしているのを、ただ見ているだけ、という可能性もあるわけだ」

「ええ、まあ、その可能性もございます」


 ただの見世物を見るように、男女の営みをご観覧なされている……かもしれないし、はたまた、レムシーが自身の行為を誤魔化すために、部下を囮に使っているという可能性もある。


「……以前からそうだったのか?」

「いえ、そのようなことは、これまではなかったかと」


 副官は答えた。


「ただ、皇女殿下はこのパウペル要塞を嫌っておられましたし、ろくに外出もできませんから、退屈していらっしゃるのではないでしょうか?」

「慣れない環境と状態によって精神的に参ってきてしまっている、か?」


 あの我が儘姫が、退屈しのぎに、部下たちを玩具にしている――字面にすると酷いのだが、レムシーに限ればないと言い切れない。

 周囲がドン引きするような行為でも、気が向くまま実行してしまうのが、恐れ知らずの王族の怖いところである。


「まあ、住み慣れた城を転々とし、窮屈な生活を強いられれば、おかしくなるか」


 我慢を知らぬ姫である。中庭で罪人の見世物処刑をするとか、残忍な遊戯を行うことに比べれば、部屋で個人的に秘め事をするくらいどうということはない。近衛隊の女騎士たちは大変であろうが、その分、高給取りであるし、我が儘レムシーに振り回されるのも業務のうちだ。


「皇女の部屋で何をしていようが、管轄は近衛であって、我々ではない」

「では――」

「部屋に籠もっている間のことは、我々は知らぬ存ぜぬ、見て見ぬフリだ」


 ジャガナーは淡々と他人事を決め込んだ。


「ただ、事が外に及ぶと面倒ではある。これまで通り、監視をつけておけ」


 先日、ヴァンデ王国侵攻に固執するレムシーを諫めたジャガナーである。その時の言動は、一歩間違えれば、彼の首を物理的に飛ばしかねない出来事である。


 あの皇女が父である皇帝に泣きついて、ジャガナーの解任を要求すればそれが通ってしまう可能性もあることだから、大将軍も神経を尖らせていたのだが……、今のところ、告げ口も追及もなかった。


 ――皇帝陛下を焚きつけたり、我が儘で周りに迷惑をかけないのなら、そのままずっと部屋に籠もってもらったほうが、帝国のためだがな。


 口には出さないが、ジャガナーは辛辣だった。それだけ、あの皇女を毛嫌いしていたのだ。



  ・  ・  ・



 副官とのやりとりの後、数時間ほど、ジャガナーは、部下たちと帝国内に侵攻するハルマー軍への対処について軍議を開いていた。


 正直、現状、東の敵を撃退できるかどうか五分五分といったところで、あまりよろしい状況ではない。それでも軍として、帝国を侵略者から守らなくてはならない。

 軍議は白熱化したが、東方反攻の策を講じて、皇帝に報告という段階になった。


 ――陛下は、カルド様の死の報告を受けられただろうか?


 皇太子の死は、彼を後継に育ててきたガンティエ皇帝にもショックであろう。すぐにでも反攻のために動かねばならないのだが、果たして皇帝はまともに話を聞き、判断できる状態だろうか?

 一言、『大将軍に一任する』と言ってくれれば、済むのであるが。


 そういえば、副官が戻ってきていない。東方戦線での敗北とカルドの死を、伝令に皇帝に届けさせる手配をしたが。


 嫌な予感がした。皇帝は皇帝の間か、果たして自室か。騎士に確認すれば、後者だった。長男の死に接して、部屋に籠もられてしまったなら、話も難しいか。


「おや……?」


 皇帝の部屋の前に、皇帝親衛隊の騎士が門番として立っていて、副官ともう一人騎士が立っていた。


「ここで何をしているのだ?」

「あ、大将軍閣下」


 副官は気まずい顔をした。しかし直属の上司がやってきた以上、黙っているわけにはいかない。


「実は、まだ皇太子殿下の件を報告していないのです」

「何? あれから何時間も経っているのにか?」


 カルドの死は緊急報告すべき事柄である。何故、未だに報告されていないのか。


「それが……」


 皇帝陛下は部屋に女を連れ込み、お楽しみの最中なのだという。ジャガナーは自身の額を叩いた。


 ――ええぃ、娘も娘なら、父も父か!


 この大変な時に、肉欲に溺れているとは、心底うんざりさせられた。

 確かに、ガンティエ皇帝はハーレムを持っていた。ここ数年は大人しかったが、ここにきて、ぶり返したのかもしれない。それだけストレスがたまっているのかもしれないが、状況が状況だけに、さすがのジャガナーも苛立ちをおぼえた。


「もういい。ならば私が――」


 緊急事態だ。皇帝のあられもない姿を見るのもよろしくないが、見たくて見ているわけではない。今は国の大事である。


「大将軍閣下、申し訳ありませんが、ここをお通しできません」


 皇帝親衛隊の騎士二人がハルバードをクロスさせて、ジャガナーを遮った。


「皇帝陛下より、自分が出るまで誰も通すなと命じられました。いかに緊急の報せがあろうとも、です」

「何?」


 ジャガナーは眉をひそめる。緊急事態でも開けるな、とは。


 皇帝親衛隊は、皇帝の命令のみで動く。ジャガナー大将軍がどうしようが、皇帝の命令が絶対である。そしてその命令を守るためならば、ジャガナーを斬ることも許されるのが、皇帝親衛隊である。


 つまり、待つしかないのだ。ジャガナーは。苛立ちを抱え、ひたすら待つことになるジャガナーたち。


 いい気なものだと、内心皇帝に悪態をつくが、彼らの想像より、遥かに危険な状況に皇帝やレムシーが追い込まれていることに、気づいている者はいなかった。

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