第168話、夢魔の報告
エリルは、夢魔である。
悪魔の世界では、未来の夢魔の女王候補と言われる有力な若手だった。人間界でサキュバスの仕事に励み、将来のための修行と……ちょっぴり自身の欲望を満たしていた。
が、アレス・ヴァンデ、リルカルムの二人に出会って、エリルの夢魔生涯は大きく転落した。
あろうことが、隷属の首輪と呪いを刻まれ、奴隷となってしまったのである。特に悪魔界でも有名人であるアレス・ヴァンデに負けたというのは、今後の出世に大きく響く大失態だった。
もっとも、人間の奴隷に落ちた時点で、出世もくそもないのだが。
本来、人間如きに負かせられるほどエリルは弱くない。しかし世界とは広いもので、アレスと災厄の魔女リルカルムに、『雑魚』扱いされるほど軽くあしらわれてしまった。
エリルの名誉のために言うが、彼女は決して弱くない。アレスとリルカルムが強すぎたのである。
かくて、エリルは下僕として、特にリルカルムからの命令を受けて、ガンティエ帝国へ潜入したのだった。
『――中々、楽しんでいるようじゃないエリル?』
魔力による念話、それも相手のいる場所と姿ごと移す幻想の魔法付きで、リルカルムは言った。
彼女は、隣国ヴァンデ王国にいる。そこから姿ごと見える念話魔法を使うのは、ただ者ではない。
災厄の魔女のニヤリとした笑みが怖い。エリルは、あるものに座ったまま頭を下げた。
「はい、ご命令通りに。レムシー、そしてガンティエ皇帝をそれぞれ魅了し、肉欲の虜に致しました」
皇帝とレムシー皇女――二人のいるパウペル要塞に潜り込んだエリルは、早速、手駒を作ると、サキュバス・インキュバスの能力を使い、仕事を開始した。
レムシーには美形男子を送り込み、ハーレムを作らせてイケナイ遊びを教え込んだ。そして皇帝にも、エリル直々に乗り込み、精を搾り取っている。
『ふうん、どう皇帝のお味は?』
「さすがに歳なのでしょう。少々鮮度が落ちます」
『励むのはいいけれど、お年寄りには優しくしてあげてね。激しいのをやり過ぎて、心臓がぽっくり……なんて話も聞くわ』
「もちろんです、リルカルム様。死なないよう加減はしております。……ただ、いい声で鳴くので、そちらを改造しています」
『皇帝陛下が変態なのは、見ればわかるわ』
リルカルムは、エリルの座っているモノ――裸で四つん這いになっているそれを見た。
『顔がマスクでわからないけど、それガンティエ皇帝よね?』
「はい」
エリルは無意識のうちに微笑んだ。男を跪かせて、家具のように扱うのが好きなのだ。
「どんでもない変態皇帝です」
報告しながら、自分でゾクゾクしてしまうエリルである。リルカルムの目は冷たい。
『アナタも同類でしょ、エリル』
「申し訳ございません」
『別に責めていないわ。アナタの種族はそういうものでしょ。……それで、アナタに摘まみ食いは許したけれど、皇帝に構っている分、何か成果は上げているのかしら?』
もし、ただ遊んでいるだけなら、レムシーのほうに本気を出せ、とリルカルムは言いたかった。
「はい、皇帝の執務、業務にかなり差し支えが出ている状態です。何せ重要案件も、部屋にいる間は通すな、と親衛隊に厳命してあります」
皇帝の裁可が必要な事柄も、すぐに許可がもらえず、待たされている状態だ。現在、帝国国内も、他国から侵攻されており、皇帝の決断が遅れれば、その分、帝国は窮地に立たされることとなる。
『それは結構。皇帝が喚き散らす様が見れそうだわ』
リルカルムは笑った。文句ばかりほざき、駄々っ子のように我を通す様は、実にみっともなく、滑稽だった。
『で? レムシーの方は?』
「魅了と肉欲の呪いをかけました。四六時中、体が疼いている状態です」
『……』
説明が足りないか、リルカルムは続きを促す目を向けている。エリルは言った。
「食事の時も、人前でいる時もずっと淫らな妄想をしています。自身の近衛隊を交えて、乱交にふけっています」
エリルはそこで、実際に何をしているのか事細かに説明した。美白効果があるだの、飲めば美しくなれるだの、醜悪で詐欺まがいの言葉を鵜呑みにした滑稽な皇女殿下が、誰彼構わずお励みになったり、上下運動したり、やりすぎて猿やブタになっているだの、とにかく酷い内容に、さすがのリルカルムもドン引きである。
『やっぱりアナタ、エグいくらいのド変態だわ』
「それで、ここから夜の話ですが――」
『まだ続くの?』
「はい。夜、というより眠った後の話なのですが、夢を見させています」
『ああ、そうね。アナタは夢魔だものね。夢の中はむしろ得意分野よね』
その見せている夢の内容は、レムシーを奴隷階級に堕として、延々と嬲るというものだった。
『性的に?』
「ありとあらゆることでです。純粋な暴力もあれば、言葉責め、拷問、晒し、家畜――」
『皆まで言わなくてもいいわ。そこまで聞いてないもの』
ため息混じりにリルカルムは言った。
「何にせよ、虐められて気持ちよくなる体質に改造していますから、そのうち、夢と現実の区別がつかなくなって、醜態を晒すことになると思います」
皇女様が、民の前で大恥をかく。王族として人前に出られなくなるほどの醜聞を晒すことになるだろう、とエリルは言った。それにはリルカルムもニッコリである。
『それは愉しみね。あの傲岸不遜なクズ姫が、どんな顔をするか』
「恐縮です、リルカルム様。……ちなみに、皇帝には、レムシーが玩具にされている夢を延々と見せつけています。……見物ですよ、皇帝が顔をグシャグシャに歪ませながら、股間を立たせている様は」
『悪趣味の極みね。ド変態過ぎるわ』
これが夢魔――悪魔だ。人と地獄に突き落とし、愉悦に走る。そのやり口はどこまでも残酷で、容赦がない。
そしてそれを人間が嫌悪をすればするほど、悪魔は狂喜するのだ。
『どうやら、ワタシはアナタを侮っていたようね。アナタはとびっきり優秀なサキュバスだわ』
「恐悦至極に存じます」
『でもやり過ぎて、殺さないようにね』
そっちの行為で絞り取って、人間を殺してしまうのが夢魔だ。皇帝とレムシーの不幸は望むが、簡単に殺しては面白くないから。
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