第166話、飛び込む訃報


 ハルカナ王国は、ガンティエ帝国の南方に位置する。


 病気がちな王の後継を巡り、第一王子と第二、第三王子が争っていた。後継者争いは軍事衝突へと発展。どの王子の勢力につくか貴族たちも分かれて、争いは全土へ広がっていく構えを見せた。


 しかし、内乱は、意外な形で終息することになる。ユニヴェル教会が双方の勢力に介入し、内乱の原因がガンティエ帝国の工作と、内通者である第三王子を告発したためだ。


 王の病気もまた、ガンティエ帝国の術者による工作だったことが発覚し、事態は急変。第三王子が兄たちに仲違いをさせるよう仕向けていた事実が明るみに出たことで、第一王子と第二王子の関係は改善。諸悪の根源であった第三王子を排除、内乱は終結した。


 兄弟仲を引き裂き、国を奪おうと画策していたガンティエ帝国への復讐に燃え、ハルカナ王国は、争いの原因である帝国打倒に動き出した。


「おのれぇ、ユニヴェル教会め!」


 事実を知ったガンティエ皇帝は、怒り狂った。


「やはり異教徒! あやつらを未来永劫許してなるものかっ! どこへ逃げようとも、地の果てまで追い詰めて、その首をはねてくれるっ!」

「……」

「ジャガナー大将軍! ユニヴェル教徒は見つけ次第、即刻処刑せよ! 我が帝国はもちろん、国がどこだろうと遠慮はいらん!」

「……はっ」


 ジャガナー大将軍は頭を下げた。しかし帝国には、表向きユニヴェル教会の施設はなく、異教徒どもは殲滅されたことになっている。


 ガンティエ皇帝は、異教徒は断固排除する主義だ。ユニヴェル教会は以前より弾圧、追放してきたから、表向き帝国にはユニヴェル教徒はいない。隠れ信者については不明だが、これまでもバレれば死刑か追放という過酷な状況だったから、ほぼかの教会関係者は他国へ逃げたと思われている。


 ――今回のハルカナでの暗躍もそうだが、宗教への弾圧の結果なのだろうな。帝国の秘密工作を暴き出して、密告しているのは。


 ユニヴェル教会にとっての、ガンティエ帝国ならびに皇帝への復讐なのだ。怒りに震えている皇帝の姿を、彼らが見たならば、さぞ溜飲も下がったことだろう。


「何故だっ! 何故、こうも上手くいかないのだ!」


 皇帝が叫んでいる。これまで順調に、周辺国を崩していたのに、ここ最近、帝国が直接攻撃されるようになり、気づけば周りの国々が一斉に蜂起するような流れになっている。


 ――西のヴァンデ王国に直接手を出した辺りから、か……?


 おかしな雰囲気になったのは。五十年の英雄王子アレス・ヴァンデが帰還した云々という話を、ジャガナーは小耳に挟んでいる。


 もちろん、それは皇帝の耳にも入っていたが、彼は、その存在を意に介さなかった。たかだが昔活躍した人間が一人戻ったところで、戦局に影響などするものか。五十年前といえば、もはや老人ではないか……等々。


 しかし現実的に、どうやったか知らないが、ヴァンデ王国に送り込んだ先行部隊が消息を絶ち、そこから謎の光が帝都を攻撃。あれよあれよという内に、帝国は軍に打撃を被り、帝都も滅んだ。


 そして周辺国から、一斉に剣を向けられている始末である。

 どこからおかしくなったか。そう考えた時、ジャガナーの脳裏に、あの傲岸不遜で無知なレムシー皇女の姿がちらついた。


 ――あのクズ皇女が、天使の羽根云々と言い出した辺りから、急激に状況が悪くなったのではないか。


 ジャガナーは考える。レムシーが余計なことを吹き込み出した結果、大国だったガンティエ帝国が傾いている。


 ――あれは、疫病神だ。


 大将軍の、皇女への感情は、ここにきて地の底まで沈んでいる。皇帝の娘でなければ、とうにあの細首を絞め殺していただろう。


 ――皇帝が甘やかしたからだ。


 そう思うと、目の前の皇帝にも文句の一つもつけたくなるが。


「大将軍閣下……」


 副官がやってきて、皇帝に聞こえないようにと、場所を移動した。周りに人がいないのを確かめ、ジャガナーは副官に問うた。


「よくない知らせか?」

「はい。東方軍の主力がハルマーに敗れました。ルカン城塞は陥落。カルド皇太子が――」


 副官の報告に、ジャガナーは目を見開いた。


「死亡!? 捕虜ではなく、死んだのか!?」

「はい……残念ながら」


 戦争において、王族や上級貴族は、殺すよりも捕虜にしたほうが、身代金や以後の交渉材料に使える。捕らえた者には報酬も出るから、前線であってもまず王族貴族は殺されることは少ない。よほど抵抗されない限り、死ぬというのは事故か自決のどちらかだろう。


「最期まで奮戦されたのか、カルド様は……」

「それが……どうも捕まった後も、相手に対して不遜な言動を取り続けたようで……。伝令役として釈放された騎士によると、ハルマーの王族を罵倒したために、首をはねられたとか」

「相手は蛮族だぞ」


 ジャガナーは首を横に振った。


「ガンティエの一族は馬鹿ばかりなのか? せっかく捕虜で、命は助かったかもしれんのに、相手を挑発しおって……」


 これまでの経緯を考えれば、機会があれば皇帝の一族を殺したいと願っていただろうことは推測できる。


 ――そんなハルマーに状況も弁えずに罵詈雑言を浴びせれば……。まあ、そうなるわな。


「閣下、今の言葉は――」

「不敬ではあるな。……フン」


 周りに誰もいないのをいいことに、ジャガナーは態度を改めなかった。公の場でやれば、不敬罪で死刑もあり得る。


「カルド様は、尊大な人だった。正直言えば、皇帝陛下もあれだが、それ以上に暴君の器だった。ある意味、消えてくれてホッとしている者も少なくないのではないか」

「……」


 副官は困った顔である。たとえそう思っていたとしても、口に出せないことはある。


「あと残っている皇子は――ナジェ様か」


 第二皇子であるナジェ・ガンティエ。飄々としていて、いい加減な言動が目立つ男である。政治的な野心は希薄な放蕩者――と、周囲からは思われている。……ろくな者がいない。


 ――しかし、あれはあれで、凶悪な兄や妹から自身を守る術なのだろう。


 ナジェ・ガンティエの軽薄そうな態度はいただけないものの、やればできる子、というのが、ジャガナー大将軍の評価だ。


『えー、兄上が万が一にも死んだら? ないない、オレは皇帝の器じゃないよ。億が一、兄上が亡くなったら、皇帝はレムシーがやればいい。女帝の誕生だな、わはは』


 思い出せば眉をひそめるのだが、ジャガナーが、もしカルド、ナジェ、レムシーの中から次の皇帝を選べるならば、ナジェを指名する。ナジェ本人は絶対にやらないだろうが。


「大将軍閣下、カルド様の報告ですが……」


 副官が聞いてきたので、ジャガナーは他人事を決め込むことにした。


「伝令に直接陛下に報告させろ。状況を知っている者のほうが、陛下の疑問にも答えられるだろう」


 実際に見ていない自分が、あれこれ聞かれても答えられないし、どう考えても貧乏くじだ。皇帝の機嫌次第では、報告中にキレて殺される可能性もある。冗談ではなかった。


「報告の時、レムシー皇女も呼んでやれ」


 カルドの死を知ったらどんな顔をするか、見物ではある。と、そこでジャガナーは副官の様子に気づいた。


「どうした?」

「その……こんなことをご報告してもよいか……。そのレムシー殿下なのですが――」

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