第165話、仕掛けの塔


 次に落ちてきたサイクロプスの肉塊も、先ほどと変わらないペースでやってきた。先ほど、付着させた呪いと一緒に。


「素晴らしい。この落下、繰り返している」


 どうやら一定の高さを落ちると、転移で上まで移動させられてまた落下するようだ。


 上から無限にサイクロプスの死体を落としているわけではなく、同じ死体が行き来しているだけだ。

 ソルラはしかし怪訝な顔になる。


「ですが、アレス。それがわかってどうなるというんですか?」


 やはり内側を進むのは、落下ループを繰り返すサイクロプスの塊のせいで危ない。


「それが、そうでもないんだ」


 俺は思わずニヤリとした。


「考えてもみてくれ。あの塊を取り除けば、もう降ってこないだろう?」


 俺は腕を、落ちてくるそれに向ける。呪いよ、奴を喰らえ。暗黒の呪いが靄となって、サイクロプスの肉塊を包み込み、そのまま腐食した。先ほどから一定周期を保っていた落下物は取り除かれた。


「さて、これで内側ルートも安全になったぞ」

「こういう手があるとは……」

「ソルラ、ちょっと内側を飛んで上の様子を見てもらっていい?」

「わかりました、行きます」


 空を飛べるって、こういうちょっとした様子見に便利だよな。


「気をつけていけ」

「はい!」


 サイクロプスが消えたら、新しいのが降ってくるとか可能性もあるからな。


 ふと振り返れば、リルカルムやレヴィー、そして冒険者たちが何人かいた。うちのメンバーはともかく、残っている他パーティーメンバーは、高所に怯んで中々決心がつかない者たちとその付き添いのようだった。

 リルカルムが腰に手を当てた。


「つまり、こっちのルートも開通ってこと?」

「ソルラが無事に帰ってこればな」


 落下については、ループしていたが、逆はどうなっているかわからない。上に行ったはずのソルラが下から現れたら、潔く外側ルートを行こう。



  ・  ・  ・



「で? 何でオレらより先に大公様がいるんだよ?」


 シガは不機嫌そうな顔をするので、俺は肩をすくめた。


「内側ルートが思いのほか早くてね……」


 塔の外側の狭い狭いルートを辿り、震えそうになる足をこらえ、時に壁に張り付きながら命懸けで登ってきた。苦労して一番乗りしたかと思いきや、先客――つまり俺たちがいたのだから、まあ、目くじらを立てたくなるのもわからなくもない。


「落下物を取り除いたら、レヴィー……水神様が乗せてくれたんだよ」


 それが内側ルートの面々が、外側ルートよりも早く到着した理由だ。上からものが落ちてこないなら、中も普通に飛べるからな。


「……オレたちの苦労は何だったんだよ」

「お前だろう? 好きなルートを選べって言ったのは」


 お互い、好きなルートを選択しての結果だ。諦めろ。


「その代わり、フロアマスターは倒しておいたからさ」

「どんな奴だったんだい、ここのボスは?」

「邪教教団の暗黒魔術師だったよ」


 何というか、俺でもソルラでもリルカルムでも単独で倒せる程度の。


「この階は、どちらかといえば仕掛け重視だったから、フロアマスター自体はそれほどでもなかった」

「仕掛け? 単に登りづらい塔ってだけで特に仕掛けは――」

「それは俺たちが、さっさと上に飛んできて倒してしまったからだよ。フロアマスター曰く、登ってくる間に、色々なトラップがあって、それで侵入者を突き落とすつもりだったらしい」

「へ、へえ……トラップね。例えばどんな?」

「風の結界を解除して、突風を叩きつけて落とそうとしたり、一定の高さのところで塔外壁を回転させて、遠心力で塔から弾き飛ばそうとしたり……」


 ごくり、とシガは喉を鳴らした。足を置く程度の狭い足場通路しかなく、しがみつくところもろくにない状況で、大回転なんてやられた日には間違いなく吹っ飛ばされていただろう。


「後は飛行型魔獣を飛ばしたり、壁を熱して、触れなくなるくらい熱くしたりとか――」

「も、もういい。それ以上は聞きたくない」


 そんなトラップの餌食にならなくてよかったな。さすが58階、ただ登るだけとかいう優しい場所ではなかったということだ。


 外を何とか頑張ってやってくる仲間たちが全員揃うまで、それから結構待った。やっぱり高所が苦手な者には、地獄のような道中だったわけで、ペースが上がらないのも仕方がない。


 だが、時間はかかった分、全員無事に合流できた。57階で死傷者が出たから、ここはほぼ無傷で突破できたことは大変喜ばしかった。



  ・  ・  ・



 ガンティエ帝国を取り巻く環境は、あまりよろしくなかった。

 パウペル要塞にこもるラウダ・ガンティエ皇帝は、難しい表情を浮かべた。ジャガナー大将軍のもたらした報告――東部戦線がよろしくないというものだ。


「――ここぞとばかりに、ハルマーは大軍を投入してきました。東方軍は緊急徴兵によって、何とか戦線を維持に成功しました。しかし、そこから先……つまり敵を追い散らすまでは至っておりません」

「何とか踏み留まった、というところか?」

「ご賢察のとおりです、陛下。しかし、ハルマーはさらに増援を我が国に侵入させつつあると報告があり、これが前線に到着すれば、東部戦線は崩壊するやもしれませぬ」


 そこからハルマーの侵攻がさらに帝国の奥深くまで進めば、その分国土は荒らされ、略奪されるだろう。民も多くが屍をさらすことになる。


「西方軍の壊滅が痛かった」


 皇帝は唇を歪めた。


「北方軍と南方軍は? 徴兵で不足は埋められぬか?」

「それが、報告では北方のリアマが国境に軍を集めており、行動が読めないため、北方軍を動かすことができません」

「リアマが攻めてくるのか?」

「わかりませんが、状況が状況なので、もしかすれば……」

「むむ……」


 ガンティエ皇帝の頬を冷たい汗がつたう。


「南は?」

「そちらのほうが深刻です」


 ジャガナー大将軍は首を振った。


「内乱を起こしたはずのハルカナですが、その企みが我が帝国の企みだと露見したようです。結果、反乱は終息し、それどころか、こちらも軍を帝国に向けつつあると」

「何だとっ……!?」


 一番安全と思われた南方にも、侵攻の兆しがある――そう言われて、皇帝は身を震わせた。

 もはや、周りは敵だらけであった。

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