第164話、塔の内側と外側


 結構高い塔だとは思っていた。石の橋を通る時もそれなりに歩いたから。そこから見える塔もかなりのものだ。……そしてそれをこれから登らないといけないとなると、憂鬱になりそう。


 空を飛べるソルラが偵察に出て、そんなに時間はかからないかと思っていたのだが、案外ゆっくりの帰還だった。


 待っている間に、塔の中をサイクロプスの肉塊が上から下へと落ちていった。カミリアが口を開いた。


「頻繁に落ちてくるとなると、中を進むのは危険ではないでしょうか?」

「かもな」


 見たところ、壁面に接触して、階段を壊したりはしていないようだが、なんぶん狭い階段のようだからな。万が一にも引っかかって穴に落ちたら、まず助からないだろう。


 かといって、中の階段より、さらに狭い塔の外の通路を登っていくのも、あまり気が進まない。

 空の上である。仮に飛行型の魔獣などが現れたら、逃げようもない。


「お、ソルラが戻ってきたぞ」


 シヤンが見上げる先に、翼を生やしたソルラが戻ってきた。


「天井がありました」


 開口一番、彼女は言った。この空のように広い空間も、見えないだけで天井があるそうだ。そして外側ルートも、その天井近くに中へ入る出入り口があった。


「中には入ったか?」

「それが、塔の周りに見えない壁のようなものがあって、空からでは侵入できませんでした」


 なんと、ソルラは見るだけで入れなかったらしい。


「防御の結界でも張ってあるのかしら?」


 リルカルムがコメントした。空を飛べるソルラも、一足先に行って入り口確保とかできないということらしい。


「結論を言えば、みんな仲良く狭い通路を渡って歩いて登れってことだな」


 浮遊魔法も役に立たない。レヴィーに乗せてもらうのも、結界か何かで不可。

 そこでシガが振り向いた。


「おう、リュウ。どうだった?」


 ウルティモのニンジャ、リュウが外壁ルートを少し進んでいたようで、戻ってきた。


「高所特有の風をほとんど感じません。外ルートも、よほど重量物を持たない限り、普通に進めそうです」

「例の結界が、風の侵入も阻んでおるやもしれぬ」


 マルダン爺がそう推測した。シガは俺を見る。


「どっちか、と言わず、行きたいほうをそれぞれ選ばせるってのはどうだい、大公様よ。どっちのルートも狭いし、たぶんペースも上がらねえ。高いところが苦手な奴が絶対のろのろ進むから、上につくまで時間がかかるだろうし」


 どちらかに集中すれば、その分、時間も掛かる、か。


「それもそうなんだが、内側はサイクロプス――」


 肉塊が落ちてきた。何体落ちてくるんだ、これ。


「外側も、敵が来ないって保証はないが……?」

「ソルラ嬢ちゃんは、何か敵とか遭遇したのかい?」


 シガが確認すれば、当のソルラは否定の首ふりをした。


「いいえ、何も遭遇しませんでした。ですが、私の飛行はすぐ終わりましたし、ゆっくりしていれば出てくるかもしれませんよ?」

「そりゃあそうだが、中を進むルートだって、上から降ってくるものが変わるかもしれねえ。安全かどうかなんて、わからんさ。……どうだい大将?」

「そうだな。……どうせ一列になるし、現状、襲われたら危ないのはどちらも同じだ」


 よし、じゃあ、個々に行きたいルートを自分で決めてくれ。外側を行くか、内側を行くか、好きにするといい。


 ということで、それぞれの判断に委ねることになった。

 先行組として定評のあるシガたちウルティモの面々は外側ルートを選び、さっさと行ってしまう。……まあ、彼らはこういう場にも慣れているだろうから、後続の者たちがモタモタしている間に先に行って道を確保してもらうほうがよいだろう。


 さあ、続くのは誰だ? と思っていたら、皆自分のパーティーメンバーと相談をして、中々動かなかった。どっちもどっち感があるせいだろうな。後は個々の高所への耐性とか、フォローができるか否か。


 相談する者がいない個人勢が次に動き出した。……何故か外側ルートばかりだが。ウルティモの面々を先行させて、行けるかどうか見ていたのかもしれない。


「オレは外から回るぜ」


 ベルデが言った。


「シヤン、お前はどうする?」

「考えているんだぞ」


 シヤンは悩んでいた。


「正直、どっちへ行ってもあまり変わらない気がするのだぞ」

「それなら、外側のほうがお薦めだぜ」

「どうしてよ?」


 リルカルムが言えば、ベルデは肩をすくめる。


「本気で言ってるのか? さっきソルラが外側は結界があって空から侵入できないって言っただろ? だったら、魔獣が現れたって攻撃できないっての」

「あ!?」


 聞いていたらしい周りの冒険者たちも、それに気づいた。外側ルートは、空という大変見晴らしがよく高所のスリルが格別だが、安全だと確定したのだ。


 そうなると、悩んでいた冒険者たちが続々動き出した。それでも足の遅いヤツもいるから、それに巻き込まれると面倒と、ベルデは慌てて先へ行った。

 ちょっと出遅れ感があるから、俺はしばらく様子を見ていよう。皆が外ルートを選び出したから、どうせつっかえる。


「中を行くんですか、アレス?」


 ソルラが俺の隣にやってきた。俺が内側ルートを見るべく塔の入り口に立ったからだった。


「これ、どうなっていると思う?」


 再び落ちてきたサイクロプスの肉塊。それが落ちていった後、ソルラは顔を上げる。


「不思議ですよね……。上ではどうなっているんでしょうか?」


 サイクロプスの死体を丸めてポイ。それって何か意味があるのだろうか? いったいどれだけの肉塊が上にあるというのか、


「普通に考えると、あり得ないっていうか、考え難いんだよな……」

「アレス?」


 俺が腕からもぞもぞと呪いの塊を出すのを見て、ソルラが首を傾げる。


「そろそろ落ちてくるんだ」


 落ちてくる肉塊に、呪いを飛ばした。


「さっきから気になっていたんだよな」


 遥か下に落ちていくサイクロプスの塊を見送る。


「気になるっていえばなりますけど……何にです?」

「落ちてくるタイミングが同じっぽくてさ。それに……何か毎回同じ感じで落ちてくるんだよね」


 ひょっとして、この塔の内側さ……ループしてない?

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