第107話、巨大蛇竜の攻勢
「あれと戦うのですか……? 大きすぎませんか?」
ソルラは緊張の面持ちである。
超巨大な蛇竜――これまで見た魔獣の中で最大の巨体なのは、一目瞭然だった。外と中では大きさが違うとはいえ、その全長は外から見た魔の塔ダンジョンよりも大きいに違いない。
しかし、この強い呪いの気配は……。ぞわっと来る。むせ返るような強い闇を感じた。
「アレス!」
「――とりあえず、奴の注意が下の者たちに向かないように牽制する!」
浮遊岩の足場なんか、あの蛇竜が触れただけで潰れるだろう。もうじきシヤンが島に辿り着くが、後続が到着するまでには少し時間がかかりそうだ。
俺はグリフォンを操り、蛇竜へと向かわせた。ソルラも随伴する。
「倒せますか、アレス?」
「わからん。だが奴の目の前をウロチョロしてやれば、注意は引けるだろう」
さすがに俺も、ここまで大きな奴は斬ったことがなんだよな。
近づくとさらに呪いの気配が濃厚となった。蛇竜の黒い鱗は、ひょっとして呪いによるもので、本当は違う色なのではないか。
「ソルラ!」
リルカルムの声が後ろから響いた。
「大魔法を使うわ! 絶対にこっちへ来させないでね!」
「了解!」
大魔法とくれば、詠唱なり集中なりで、それなりの準備が必要となる。その間は無防備に近いから、牽制よろしく、ということなのだろう。
俺は、蛇竜の左側、ソルラは右側へと回り込んだ。
「いきます! ホーリーランス!」
ソルラが翼をはためかせて、蛇竜に肉薄。収束させた光の槍の魔法を叩きつけた。蛇竜の巨体が震えた。そして天に向かって蛇竜が吼える。
おお、サイズ差からすると針の一突きのように見えて、威力はかなりあったようだ。クレーターデーモンクラスでも直撃したら只では済まないのではないか?
さて、俺も何か仕掛けて時間を稼がないとな。だが、これだけでかいと……。ちら、とリルカルムを見れば、彼女とグリフォンを取り込んでもなお巨大な火球が生成しつつあった。
あの大きさなら、蛇竜にもかなりダメージを与えられそうだ。俺は蛇竜の顔近くへグリフォンを導くと、攻撃系の呪いで攻撃する。
「呪雷!」
雷でチクチクと目元を狙う。しかもこれは一度食らうと、麻痺ないし電撃ダメージが続く呪いだ。これは鬱陶しくて、こっちに注意を割かないといけないだろう!
「アレス! ソルラ!」
リルカルムの魔法準備ができたようだ。これは素早く反転離脱。巻き添えはごめんだからな!
巨大火球が蛇竜の胴体へ直撃しだ。先ほどよりも遥かに大音響の悲鳴を上げて、巨大蛇竜が倒れるように雲海へと落ちていく。
「やったぜ!」
さすが災厄の魔女リルカルム。彼女の魔法にかかれば、巨大な竜もひとたまりもない。
下のシヤンたちは……どうやら島に辿り着けたようだ。俺たちも降りよう。
「お疲れなのだぞ!」
シヤンが手を振って迎える。
「当然」
リルカルムは余裕の表情。俺はソルラに顔を向ける。
「大丈夫だったか?」
「中々ヘビーでした」
薄く笑う彼女。疲れたとは言わないが、表情にちょっと出ているぞ。
足場組も頑張ってジャンプしてきたようで、ベルデやラエルが肩で息をしていた。ジンは苦笑している。
「あんなの初めて見ましたよ」
「うん? あの蛇竜か?」
やっぱり、事前に言わなかったのではなく、あれがフロアマスターではなかったということか。
「シヤンも見たことがないと言っていました」
「ないない。見たことがあれば言っていたぞ!」
そのシヤンも若干興奮気味だった。
「あれは、このダンジョンで見た中で一番の大物なのだぞ」
「何だったんだろうな?」
フロアマスターでもないし、43階突破者たちも初めて見るというそれ。
「まさか、邪教教団の奴らが差し向けてきた刺客か……?」
「だとしたら、相当彼らはあなたに奥にきてほしくないようですね」
ジンは皮肉げである。その時、シヤンの耳がピクリと動いた。
「!? まさかっ!」
ゾクリ、と背中に強い呪いのうねりを感じた。このプレッシャーは――!
「まだ――」
蛇竜が雲海から飛び出した。その大きく細く長い体を上へ上へと伸ばすように。
そして俺たちの頭上から、一気に頭から突っ込んでくる!
これはさすがに逃げる間もないか。黒く呪いのオーラをまとい、焦点があるかわからない目をこちらに向けて――
「呪いの獣というのなら……!」
我に従え! 操りの呪い!
俺は左腕を蛇竜に向けて、呪いを飛ばす。回避しようがないそれが奴の鼻先からすり抜けて――
「顔を上げろ!」
衝突――間一髪、蛇竜の頭が上へと曲がり、俺たちと地面への激突は回避された。
「助かっ……た……?」
ポツリとソルラの声が聞こえた。振り返ってみれば、ある者は頭を押さえてしゃがみ込み、ある者は身構え、またある者は呆然としていた。……これが死の直前の姿って言うんだから、人それぞれだな。
「どうなりました、アレス?」
「何とか、操りの呪いが間に合ったみたいだ」
蛇竜は高いところから、俺たちを見下ろしている。攻撃してくる気配はなく、大人しい。
「ゆっくりと降りてこい」
「言葉が通じるんですね」
そばにやってきたソルラに、俺は肩をすくめる。
「そういえば考えたことがなかったが、グリフォンも、他の魔獣も、これでこっちの考えを理解して動いたからな。案外、言葉じゃなくて、思ったことが伝わって、それに従っているのかも」
正確なところは知らないけど。それにしても――と、リルカルムがやってきた。
「よく、こんな化け物を操ろうと思ったわね」
「こいつ、呪いをまとっていたからな。もしかしたら邪教教団に呪いで動かされているんじゃないかって思ったんだ」
とっさの賭けだったけど。効いてよかった。
「相手の術より強い呪いでよかったわね」
「本当だな」
もし弱かったら、やられていたのはこっちかもしれない。蓄積された、いや集めてきた呪いの力に感謝だ。
「しかし……こいつ、どうしよう?」
操れてしまった巨大蛇竜は、俺のほうを見つめて、次の指示を待っていた。
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