第108話、正体は大海獣


「こいつは、リヴァイアサンですね」


 回収屋のジンが、鑑定の魔法でこの蛇竜の正体を明らかにした。


「リヴァイアサンだって?」


 いや、初見では俺もそんな印象を抱いたけどさ。あれは伝説で、まさか本物とは思わないじゃないか。


 あまりに長くて、その全身を見ることができないとされる超巨大な海の魔獣。ドラゴンの系列らしく、蛇のように長い体ながら空を飛べるとか飛べないとか。目の前のこいつはヒレにも見えるが翼を複数持っているので、飛行は問題なさそうだ。

 しかし、半身が雲海の下のようなので、ひょっとしてあまりに体が大きすぎて、雲の下に地面があってそこから体を伸ばしていたり、するかもしれない。


 リルカルムが小首を傾ける。


「何でこんなところに、そんな伝説の大海獣がいるのよ?」

「さあ、それはわからないがね」


 ジンは腰に手を当て、リヴァイアサンを見上げる。


「見ての通り、呪い状態。アレスの見立て通り、邪教教団がどこぞで捕獲したか……あるいは、塔の魔力で喚び出したか」

「まさか、召喚?」


 リルカルムは眉をひそめる。ジンは続けた。


「元々、魔の塔って、魔神だか邪神だかを喚び出す魔力を集める塔だって話だし。テストか何かで召喚したって可能性もなくはない。……まあ、これが召喚しようとした邪神だってことも」

「だとしたら、従えられてしまったな」


 俺は苦笑する。リヴァイアサンが王都に放たれたら、普通の軍隊じゃ相手にならないだろう。世界を滅ぼすことができるかはわからないが、下手したら国一つを滅ぼせるかもしれない。


 面倒ではあったが、復活させようとした邪神がこれなら、もう支配できてしまった。


「実際のところは、邪教教団の者たちに聞かないとわからないですがね」

「そうだな」


 ジンの言う通り、テストの可能性もあるし。このまま魔の塔ダンジョンの攻略は続けていかねばならない。


「それにしても――」


 ソルラが口元を覆う。


「かなり強い呪いですね……」


 俺がかける以前から、このリヴァイアサンは呪いを全身にまとっていた。……何とも魅力的な強さと濃さだ。呪いを喰らいたい衝動が、そろそろ限界だ。


「周りを呪いで腐らせても困るし、吸収しておこう」


 カースイーター発動。リヴァイアサンを取り巻く呪いを喰らう。まとめて喰らうのは久しぶりな気がするな。果たして、この巨体の呪いを取り除くのにどれくらいの時間がかかるのか。いや、時間は大したことないな。どれだけの量だ?


「アレスは何をやってるんだ?」


 初見らしいシヤンが首を捻った。そういや、呪喰いを見るのは初めてだったか。ベルデもびっくりしている。

 ソルラがリヴァイアサンを指さした。


「見てください。色が変わってきました!」


 呪いで真っ黒だったリヴァイアサンが、みるみる濃紺色の鱗を露わにしていく。特に痛みはないはずだが、リヴァイアサンは空を見上げて、咆哮を上げる。


「喜んでいるんじゃないですか?」


 ジンが微笑した。


「呪いが取り除かれているから」


 俺は平気だから忘れそうになるけど、呪いを受けていると色々悪い症状に見舞われる。苦痛だったり、気分が優れなかったり、不自由だったり……。この巨大な蛇竜もまた、苦痛で怒りを増幅させて、生きているのかもしれない。


 どれくらい呪いを吸収していたか。リヴァイアサンは、すっかり闇が祓われ、海色の美しい鱗を持つ巨大蛇竜としてそこにいた。怒りもなく、ただ黙して俺たちを見下ろしている。


「本当、リヴァイアサンを従えたなんて、たぶん凄いことだと思うが……」

「たぶん、ではなく、凄いことよ」


 リルカルムが言えば、ソルラも熱心に頷いた。


「こんなことは、アレスにしかできません!」


 シヤンとベルデも、うんうんと頷いた。俺は肩をすくめる。


「まあ、そうなんだけど、これだけ大きいと連れ回すってこともできないだろう」


 グリフォンだって連れていける、とは聞いたから、リヴァイアサンも可能かもしれないが、外に出た途端、この巨体では王都が危ない。


「変化の呪いで、何か別のものに変えるか……?」


 できるかな。このサイズだとさすがに難しいか――などと考えていたら、リヴァイアサンが淡く光り始めた。


「な、何だ?」


 ベルデが素早く身構える。うっ、眩しい……。さすがに直視できなくなりそうなので、手で影を作って直射を避ける。


 光が消えた時、そこには青く長い髪の少女が立っていた。

 だがそれがただの少女でないのは、体の背中や腰周りから出た薄い羽根を見れば一目瞭然だ。


「リヴァイアサンか?」

『そう』


 呼びかけたら、少女は口を開くことなく、直接脳に返してきた。これは、念話ってやつか……?


『感謝する人の子よ。私を蝕んでいた呪いを取り除いてくれた』

「あ、いや……」


 俺は視線に困る。蛇竜から少女の姿になったのはわかるが、その……当然、肌も露わというわけで。


『しかも、私の呪いを自らを犠牲に引き受けてくれるとは……あなたの献身と自己犠牲には感服した』


 とうとうと語るようにいう少女。俺の左腕に呪いが集まって見えるせいで、彼女の呪いを解くために、俺が自分を犠牲にしたように勘違いしているようだ。……まあ、初めてみた人は大体勘違いする。


『世界中の呪いをこの身に受け、悪魔と化すまで永劫の苦痛に晒されていた私を、あなたは救ってくれた。あなたは、私を闇から拾い上げた神の光……! 私はあなたへの恩と自己犠牲に応え、あるじと認める。何なりとお申しつけを。我が主――』


 リヴァイアサンは、その場に膝をついた。あー、これはまあ、ちょっと想定外だ。


「まあ、助けたことには違いないわね」


 リルカルムがニヤニヤしている。シヤンも頷いた。


「うん、間違っていないぞ」

「いいのではないですか。リヴァイアサンの主殿」


 ジンが、どこかからかうように言った。他人事だと思って。というか、お前、この事態は自分の手に負えないから、俺に押しつけてないか?


「……わかった、リヴァイアサン。俺も何かと荒事があって、平穏な生活とはほど遠いかもしれないが、それでよければよろしく頼む」

「喜んで。私の水の力、全ては主のために」


 リヴァイアサンは、臣下のように振る舞った。人間の文化とは無縁のはずなのに、よくわかるなぁ。……とりあえず服を着てほしいところだ。


「ジン、女性用の服をストレージに保存していないか?」

「ええ、持ってますよ。仕事柄、拾い物や交換物が多いですが――」

「しかし参った。まさかリヴァイアサンが女性とは」

「ご存じなかった?」


 ジンはストレージを漁りながら言った。


「海のリヴァイアサンはメスですよ。陸のベヒモスがオスで、対になっているんです」


 それは知らなかった。勉強になるなぁ。

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