第106話、雲海を越えて
まったく、飛行魔獣を捕まえている余裕はない、とはよく言ったものだ。
俺はグリフォンの背中にしがみつき、追い掛けてくる飛行魔獣の集団を見やる。
魔の塔ダンジョン43階。どこかの空と言わんばかりの広大な空間を飛ぶ。呪いで操るグリフォンは俺の命令に従っているが、呪いなしの初見なら、こうも上手く立ち回れなかっただろう。
しかし、数が多い!
不安定な浮遊足場を進むベルデやシヤンたちが、空の魔獣たちに攻撃されないようにわざと気を引くように飛んでいるが、進んだ分だけ敵が増えているような。
もう何十って数は飛んでいるぞ。
全幅4、5メートルはある大鷲って、グリフォンに比べて薄いから小さく見えるが、実は大きさほとんど変わらないんじゃないか!
「アレス!」
下から、天使と悪魔の翼で飛行するソルラの声。俺はグリフォンを傾ける。下を矢のように飛ぶソルラの剣が光り、光の槍が飛んできて、追っ手の飛行魔獣を貫き、撃ち落としていく。
「ソルラ!」
俺はカースブレードを、ソルラの後ろを飛ぶ、敵対魔獣らに向ける。
呪いの炎弾と氷の刃を複数射出。ソルラをひと飲みにしようとするグリフォンを燃やし、大鷲を凍らして、雲海へと墜落させていく。
「もう上も下もないな……!」
高度を上げたり下げたり、めまぐるしく俺を乗せたグリフォンは動く。立体的な機動の連続に、四方から風にさらされている。
視点がぐるぐる動いているのに、よくもまあ酔わないものだと自分でも感心する。激しい動きと、それに伴うスリルによる興奮が、酔っている場合ではないと正気を保てている一因かもしれない。
本当に俺は正気か? 猛スピードで飛び回り、時に浮遊する岩に追っ手をぶつけたり、飛行するソルラやリルカルムが無事か探して、首を回し目を動かし――忙しい!
仲間の状況は頻繁に確認。それはソルラも同様に気を配ってくれていて、いい感じに敵が多くなると、先程のように追っ手を攻撃して払ってくれる。
俺もまた彼女を追うストーカー野郎が増えると、呪いを放って撃ち落とす。……真後ろの追っ手を撃退しようとするより、仲間を追う敵を側面や斜め前の位置に捉えて攻撃するほうが無理な姿勢にならない分、楽だ。
やはり空中戦は、仲間との連携が重要だな!
数では圧倒的に負けているが、それぞれよく見てカバーしあうことで渡り合っている。ここらの飛行魔獣どもは、俺も俺もという感じで協調性は欠片もない。ただ追いかけてクチバシや爪で何とか引っ掻いてやろうってやつばかりだ。
野生の知恵ってのは、これほど数が多いと役に立たないものなのか。個々の狩りはできても、多数でよってかかって襲う狩りを潤滑に動かす知恵はコイツらにはないのかもしれない。……ま、それで助かっているわけだが。
雷が轟いた。
リルカルムだ。俺やソルラがめいっぱいのスピードを出すのに較べて、そこまで機敏に動かせないリルカルムと彼女のグリフォン。しかし災厄の魔女はそこで寄ってきた敵をまとめて魔法で返り討ちにしていた。
スピードは俺とソルラで引き受ける。敵の目を多く引きつけて、他の仲間たちへの負担を軽くしてやる!
ちら、と下の様子を確認。シヤンが先頭きって、浮遊岩の足場をピョンピョンと進んでいる。さすが一度突破している経験者。半獣人の身体能力もあって、後ろがつっかえないようにさっさと移動している。
ベルデ、ジン、ラエルもやや離されているものの、順調そうだ。なにぶんジャンプで乗り継ぐたびに足場が揺れているようで、バランスを崩したら転倒、雲海へ真っ逆さまである。
しかも足場だけでなくて、空から飛行魔獣も襲ってくるっていうんだから、とんでもない。さすが43階、中々の高難度。
「……嫌な空模様になってきた」
真っ白だった雲海が、段々黒に近づいている。風が強くなったように感じるのは気のせいか?
グリフォンの機動で散々風になぶられているのに、それを感じるというのはかなりのものではないか。
ただでさえ上昇する時、重く感じているのに、これ以上負荷がかかるのはよろしくない。何せ、追っ手と違い、俺を乗せているグリフォンは、その分余計な重量を抱えているわけだからな。
というか、お前はほんと飛んでいるよ!
呪いで補強してなけりゃ、とっくに追いつかれているわけだけど。
ソルラが近づいてきた。――よし、後ろのヤツらは任せろ!
「
カースブレードから迸った電撃の束が、ソルラをしつこく追ってきた鷲やグリフォンを貫き、焼いて、バタバタと落とす。
「気をつけて! 敵にワイバーンや竜が混じり始めました!」
ソルラが報告した。確かに、やってくる飛行魔獣がより大型のものが増えてきた。
「さすがに面倒になってきた」
グリフォンに乗っているだけに思えるが、腕は痺れているし、風にあおられて疲れてきた。今日は43階で切りあげだ!
飛来するワイバーン。俺はカースブレードを向けて、呪いを集中。
「支配の呪いを!」
闇の力をまとった呪いをワイバーンや竜に撃ち込む。とある大悪魔が得意だった呪いだ。神聖竜だって従える強力なやつを食らえ!
呪いを受けた個体が、他の魔獣を襲いはじめる。これには普段争っていないこの階の飛行魔獣たちを混乱させる効果があった。
特に大柄で強い魔獣が、他の魔獣を襲い、小型の魔獣たちは俺たちどころではなく、逃げたり反撃に移ったりしている。
敵が多いのなら、その数も利用しないとな。だいぶ周りが静かになってきた。魔獣同士の醜い争いをよそに、俺たちはフロアの奥にある島を目指す。おそらくあそこに次の階へ行く階段なり魔法陣があるだろう。
そういえば、フロアマスターはどこだ?
いない階もあるが、大抵の階には、ボス魔獣がいるのだが。でもそういえば、シヤンもジンもフロアマスターに言及していなかったから、ここはいないのかもしれない。
「アレス! 雲海に!」
ソルラがそれを指さした。
どす黒くなっている雲海に、渦のような流れが発生する。そしてそこから巨大な蛇竜が咆哮と共に飛び出してきた。
「大きいっ!」
リルカルムが叫ぶ。これまでのワイバーンや竜も相当大きいのだが、それらが石つぶてくらいにしか見えないくらいサイズ差が半端ない。
「まるで伝説の大海獣、リヴァイアサンのようだ……」
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