第105話、空を飛ぼう。飛行魔獣と鬼ごっこ
迂闊に飛び込んできたグリフォンに、呪いをかける。我に従え。
暗黒の手に捕まったグリフォンはしばしもがくが、そう簡単に振り払えるものではない。やがて、大人しくなる。
見守っていたベルデが、口笛をならす。
「凄ぇ。本当に手懐けやがった……!」
サキュバスだって従えられるんだ。グリフォンくらい……と思ったが、別に従えているのは首輪の影響であって、そういえば呪いの力ではなかったような。
むしろエリルにかけたのは変化の呪いで、猪に――
「あ……!」
「どうした、アレス?」
「いや……そういえば、エリルを変化の呪いで、空を飛ぶ生き物に変えれば、わざわざグリフォンを狩らなくてもよかったんじゃないかって気づいた」
やってしまったな。変化させられるんだから、あの猪をグリフォンだか大鷲にすればよかったんだ。
「ま、いいんじゃね」
ベルデは首を振った。
「オレは、あいつに乗るの何かヤだったし。全員で移動するなら、乗り物は複数が必要だって」
「フォローありがとう」
……暗殺者ギルドにいたエリルに対して、割とあっさりしているベルデである。暗殺者同士だが、不仲だったかもしれない。
「リルカルム、そっちは?」
もう一頭のグリフォンを見れば。
「こっちも終わったわよ」
リルカルムがグリフォンを引き寄せて、その頭を下げさせると撫でた。
「ワタシにかかれば、この程度どうってことはないわ」
さすが。災厄の魔女には余裕だったか。
「大したもんだ」
そこで俺はふと気づいたことがあったので、ジンに顔を向ける。
「そういえば、グリフォンを手に入れたけど、これって塔から持ち出せるのか?」
先日話した時は、ジンは特に何も行っていなかったが。
「たぶん、大丈夫かと」
回収屋は答えた。
「浅い階層で、ホーンラビットを連れ出した冒険者がいたので、グリフォンもいけるのでは」
ダンジョン内の生き物を出した奴がいたらしい。ホーンラビットって、あの額に角を生やしたウサギ型のモンスターだな。ウサギのくせに、酷く獰猛で自ら突っ込んでくるやつ。
ソルラが口を開いた。
「何だって、ホーンラビットを外に?」
「聞いた話だと、どこぞの貴族の娘の依頼だったらしい。角兎を生きたままご所望だったから、冒険者が挑んだって話だよ」
「物好きがいるものだ」
俺は苦笑すれば、ベルデが小首を傾げた。
「お貴族様ってのは、我が侭だって相場が決まってるもんだ」
「違いない」
俺はグリフォンの背に乗る。獅子の体はさすがに頑丈。俺が乗っても、揺るぎもしない。
「もう一人乗れそうだけど、誰か乗るか?」
「遠慮しとく」
ベルデが即答した。
「大公様とご同乗なんて、何かヤだし、かといって魔女のグリフォンもごめんだ」
「あら、ワタシは誰か乗るかなんて聞いてないわよ?」
リルカルムが挑むように言った。シヤンはどうするか迷っているように、俺とリルカルムのグリフォンを見ていたが、ジンが言った。
「我々は下を行きますよ。ベルデとラエルは初ですが、私とシヤンは一度ここを通ってますので。むしろ襲ってくる敵魔獣のことを考えると、そちらも身軽にしておいたほうがいいですよ」
敵は、飛んでいるこちらも襲ってくる。むしろ自由に跳び回れる分、襲われる率アップかもしれない。
「よく気を付けるようにしよう。ソルラ、リルカルム、聞いたな」
「了解です」
「うーん、まあ、仕方ないわね」
ということで、前進再開。グリフォンに乗る俺とリルカルム、自前で飛べるソルラ。それ以外の四人は、浮遊岩を足場に、43階を突破するべく移動する。
途中、ルート近くを飛んでいた大鷲やグリフォンが、複数で突っ込んできて迎撃する。
呪火!――呪いの炎で、敵を火だるまにする。全身に燃え広がる炎は、呪いの対象を殺すまで消えない! 燃えながら雲海へと消えていく飛行魔獣。
リルカルムとソルラも、投射魔法で迎え撃ち、雷や光に撃ち抜かれた敵がバタバタと落ちていく。
「この辺りは余裕……だけど」
先を見れば、敵魔獣の数も増えていく。近づかなければ襲ってこないが、このまま進めば、自然とテリトリーをかすめてしまうのがもどかしい。
俺は空を飛んでいるから、たとえばテリトリーを掠めないように飛べば通過できるかもしれない。だが、仲間を見捨ててゴールするなんて考えは俺にはない。
「そういえばさあ――」
リルカルムを乗せたグリフォンが俺のそばに寄る。
「捕まえるのは、この子たちだけでよかった? あっちにワイバーンとか竜がいるけど、あれも捕まえない?」
ワイバーンや竜か……。それはちょっとばかり魅力的な提案でもある。ワイバーンに乗るとか、大昔の騎士物語とかにありそうではあるが、それを実際にやったら楽しそうではある。
操りの呪いや使役の魔法なら、竜関係も効くとは思うが、効いたら効いたで問題もある。
「仮に捕まえて操っても、飼育するのは大変だぞ。特に食費代」
騎士は馬を持つものだが、その馬を育て、管理するにも結構なお金がかかる。貧乏人は、馬を飼えないのだ。
そして馬に比べても、グリフォンやワイバーン、竜は大きいから、かかる食費も馬鹿にならないだろう。場所は、大公邸という広い庭があるからいいんだけど。
「アナタの呪いで、食わずとも死なないやつあるでしょ? それで呪いを付与したら食費はかからないんじゃない?」
「理屈ではそうだが……」
ちょっと残酷じゃない? 飼っているのに死なないから食事なしって。まあ、空腹を感じない呪いも使えば、負担もなく保有と維持ができるが。
「発想が外道だよな、お前」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
災厄の魔女様は、この程度では何も感じないようだ。それなら、余裕があれば、他の飛行魔獣を手に入れるのもいいかもな。
……などと考えていた俺たちだったが、先に進めば、それどころではないほどの多数の大鷲やグリフォン、ワイバーンなどに襲われた。
一対多数ってズルくない!? 複数の敵に追い回されながら、反撃しつつ、俺たちは43階を横断するのだった。
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