第221話、リルカルムは嗤う


 邪王をお客さんとして迎え、これにて魔の塔ダンジョン攻略は終了。後は塔ダンジョンのその後の処理なのだが、ちょっとした事件になっていた。


 捕虜にした老暗黒魔術師が、記憶を抜き取られ、廃人のような状態になってしまった。

 それをやったのは、リルカルムであり、彼女は暗黒魔術師――ハディーゴというらしい。その知識で、魔の塔ダンジョンの制御装置の扱い方を理解した。


「王国から帝国へ移動したように、この塔を自由に移動させることができるわよ!」


 リルカルムは得意げだった。シヤンとソルラが、そんな彼女にどこか冷めたような目を向けているのが気になるが。


「――もちろん、塔はダンジョンでもあるから、その制御には魔力を消費する。ただフロアや各階のモンスターの有無なども制御できるから、必要のない部分の魔力消費をカットして、必要なところに振り向けることも可能よ」


 リルカルムは続けた。


「と、いうわけで、魔の塔ダンジョンの攻略も済んだことだし……帝国への復讐戦の時間よねぇ!」


 ……なるほど。これがしたくて、彼女のテンションが高いのか。ヴァンデ王国に対して、ちょっかいを出しまくった迷惑過ぎる隣国。魔の塔の攻略を優先させていたが、とうとう報復に本腰を入れられるので、災厄の魔女さんは気分がよいのだろう。


 破壊、殺戮が大好き過ぎる彼女は、思う存分帝国を破壊したいというのが本音だと思う。ヴァンデ王国が帝国に報復するというので、そこに自分の性癖込みで乗っかろうというのだ。


 だから、ハディーゴから記憶を強引に吸収して、魔の塔ダンジョンの制御方法を自分のものにしたのだろう。


 この辺り、シヤンとソルラの表情が硬いのも影響している。リルカルムという魔女の奥底に潜む残虐性に眉をひそめているのだ。


 ……それが問題なんだよな。おそらく、彼女たちが不安視するのは正しい。これでリルカルムは、魔の塔ダンジョンの使い方を手に入れた。こちらの制御を離れて、塔を使った悪事も自在に行えるようになったのだ。


 ガンティエ帝国という、俺たちの共通の敵を攻撃している間はいい。だが、それが終わった後は? 魔の塔ダンジョンを使い、他の国やヴァンデ王国に矛先を向けてくるのではないか?


 リルカルムは、魔の塔ダンジョン攻略によく尽くしてくれた。自身の不死身の力を取り戻すため、俺に協力した。だが彼女は、俺の知らないところで不死身を獲得し、すでに協力しなくてもいい状態にしていた。


 だが、それでも当初の約束を守り、最深部まで付き添った。俺への心象をよくして、敵と認定されないためか、はたまた……魔の塔ダンジョンの制御を手に入れ、この塔を手に入れるつもりだったのか。


 一緒にここまで戦ってきた仲間なんだがな。どうにも心配が先走り、つまり俺は彼女を信じられていなかったということだ。俺でさえこれなのだから、ヴァルムに話したら、もっと危機感を抱くのではないだろうか?


 たぶん、多くの人間がそう思う。何せ、リルカルムは災厄の魔女として、昔、国一つを復讐のために滅ぼしている。


 信用されない彼女の結末は、世界の敵となり、全面戦争。考え得る限り、最悪の展開だな。これはいよいよ覚悟を決めないといけないかな。



  ・  ・  ・



 ガンティエ帝国への報復を始める前に、帝国の状況を確認しておく。


 皇帝と皇女に対して、エリルというサキュバスを送り込み、工作させているリルカルムに尋ねたら、彼女はさっそく、魔の塔ダンジョンの索敵魔法装備を活用し、帝国内の様子を表示させた。


「帝国軍は各地に留まり、東はハルマー、南のハルカナに対して現地部隊による迎撃をさせているわ。まあ、動くなって、皇帝命令を出したのはワタシだけど」


 ふふ、と笑うリルカルムである。


 東と南から隣国に攻められ、帝国軍は各地で各個撃破されていた。領地を二つの国から食い破られて、侵食されている。


「で、例のナジェ皇子は、自身の傭兵軍を率いて、ハルマー軍の後方を叩いている。これのせいで、ハルマー軍の進軍が停滞しつつあるわ。どうも彼らの物資を強奪して、自分たちの補給に使っているようね」

「やり口は盗賊のそれだな」


 だが兵站にダメージを与えるよい戦術だ。正面からぶつかるような堂々とした戦いではないから、一部から大顰蹙ひんしゅくを買う戦法であるが、正規軍ではなく傭兵軍と名乗っている分、まあ許容範囲なんだよな。傭兵は小狡くて当然。


「前線の様子は、やはり帝国側が押されている感じか」

「そうなるわね。帝都につくのは、ハルマーが先か、ハルカナが先か」

「肝心の皇帝陛下は、帝都にいないんだがな」


 山岳地帯にある要塞にこもっていらっしゃる。


「そういや、大将軍の直轄部隊も、皇帝と一緒なんだけっけ?」

「パウペル要塞に中央軍こと主力軍が駐留しているわ。これが結構な数なのよね。東のハルマーはともかく、南のハルカナの側面を突いたら、この数だとまだ逆転の可能性があると思う。あ……そういえば」


 急にリルカルムがニヤニヤしはじめた。


「主力軍の将校が、皇帝命令で粛正されていたんだったわ。今、数はいるけど、指揮系統が一気に弱体化したから、どうかな-」

「粛正? いったい何があったんだ?」

「あぁ、アレスは知らなかったんだっけ? レムシーが奴隷落ちして、貴族の子女の玩具になって、それで皇帝激怒。関係者全員、仲良く処刑ってオチよ」


 ん? ん? んー? もうちょっと詳しく。……ふむふむ、サキュバスによって快楽の沼に引き込まれたレムシー皇女がやらかしたのか。それはそれは、皇帝陛下でなくとも、世のお父さん激怒案件だろう。


 おかげで、帝国貴族や軍の若手将校を中心に、粛正の嵐が起こり、中央軍がガタガタになっているそうだ。


「もう、レムシーって疫病神か何かじゃないのか?」

「そうなるようにしている」


 リルカルムはキッパリと告げた。


「調べれば調べるほど、この小娘、オイタが過ぎるのよね。あなたのヴァンデ王国が不幸になっているのも、こいつのせいでもあるのよ。いわゆる、諸悪の根源」

「やらかし皇女なのは、知っている」


 攻め滅ぼした国から富を奪い、捕虜を虐殺し、たとえば敗戦国のお姫様をむごたらしく殺して歓喜していたって女だろ。親である皇帝も悪いが、その意思決定に、わがまま姫のお言葉が見え隠れしているというから始末が悪い。


 リルカルムは、そんなレムシー皇女を蛇蝎の如く嫌っているようだった。たぶん昔、彼女の嫌いなタイプで、似ている者がいたのだろう。


「正直に言えば、ワタシはレムシーを不死身にしたいのよ。そしてありとあらゆる拷問のフルコースを与えて、苦痛と恥辱に塗れて、何度も何度も壊れていく様を見たいのよ!」

「……リルカルム。お前、レムシー皇女と何か直接が因縁あるのか?」


 そういう接点はないと思うのが、この執拗さは、もしかして、と思わせる。俺の疑問に対して、リルカルムはケロッとしていた。


「いいえ、ないわね。でも……知れば知るほど、地獄に落としたい奴っていない?」

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