第220話、暗黒魔術師の末路


 ――何ということ! 何ということだ!


 暗黒魔術師ハディーゴは、事の展開に苛立ちを隠せなかった。


 ――儀式は失敗だ! 邪神ではないものが出てきてしまったッ!


 儀式のやり方に間違いはなかった。考えられるのは、儀式自体に誤りがあったか、生贄によるブーストの不安定差からくる失敗だったか。


 リマウがあれだけ躊躇った予感は、的中してしまったわけだ。失敗は仕方ない。やらねば、どの道後悔していただろうから。


 呼び出した邪王は、邪神ではないが、伝説の魔王クラスの人材であろうことは推測できた。彼の力がフルに発揮されれば、国の一つや二つを滅ぼすなど造作もないように思われた。


 彼が、世界の破壊者だったり、人類への激しい憎悪の持ち主だったなら、邪神でなくても、世界の破壊は実行できたかもしれない。

 だが実際の邪王は、世界を滅ぼしたいと思うほどの憎悪の感情を持ち合わせてはいなかった。


 世界の破壊がないのなら、ここから消える方法を考えねばならない。


 今、座り込んでいるハディーゴの周りには、アレス・ヴァンデの仲間たちがいる。ハディーゴが何かしないように、包囲しているのだ。

 言ってみれば捕虜である。これまで散々破壊活動を行ってきた邪教教団の魔術師である。この件が終われば、これまでの罪状から処刑は免れないだろう。


 世界を滅ぼすための死ならば諦めもつくが、何もなさず、意味なく処刑されるのは御免蒙る。


 どうしたものか。ハディーゴは自身の髭を撫でつつ思考する。

 右前に獣人娘。左前に女騎士。後ろにも少女――おそらく暗殺者。腕力では絶対に突破は不可能。一人を攻撃する間に、残り二人に始末される。


 では魔法で、となるが、仮に3人を無力化しても、やや離れた場所に、やたら露出過多な女魔術師がいて、監視している。


 他にも数人が分散して見張りについている。

 爆裂魔法を使い、周りの3人を吹き飛ばし、他の者たちも衝撃波で怯ませる。その隙に、展望窓まで走り、飛び降りる。落下することになるだろうが、浮遊魔法を効かせれば、地面の近くで勢いを殺し、下りれるという寸法だ。


 一瞬、魔法による煙幕で煙に巻くという手が浮かんだが、目の前に獣人がいることを思い出し、その考えは捨てた。


 視界を遮った程度では、鼻や耳までは誤魔化せない。


 タイミングを図る。まず周囲の3人が、一瞬でも何かに気を取られる瞬間がよい。誰かが部屋にやってきた時だ。アレス・ヴァンデや邪王が、ここへ来たら、部屋の注意は必ずそちらに向く。


 それを見逃さないのだ。

 ハディーゴは静かに息をつき、その時を待った。それまでは無害を装うのだ。いざという時まで、無力な捕虜を演じるのである。


 ――!


 靴音がした。アレスと邪王ではない。例の露出過多な女魔術師だ。彼女がこちらへ近づいてくる。


 ――まさか、こちらの考えを読んだわけではあるまい。


 突然、近づいてくる理由がわからない。仲間に何か伝える必要があるなら、元の位置からでも充分声は届く。


 ――いったい何だ……。


 ハディーゴの緊張が高まる。見ないように。老人を演じろ。気づいていないふりをするのだ。

 3人のうち、前の2人が女魔術師のほうを見た。今、魔法を使って脱出を図るか――ハディーゴは逡巡する。女魔術師はすぐそこに立った。


「はーい、お爺ちゃん」


 座っているハディーゴがそちらに向けば、ガッっと額あたりを手で掴まれた。


 ――いかん、これは!


 ハディーゴは瞬時にそれを悟ったが、手遅れだった。


「記憶吸収」


 女魔術師――リルカルムは満面の笑みを浮かべていた。


 ――ま、魔女……。


 ハディーゴの思考は、打ち寄せる波にさらわれるように体から引き離された。残ったのは、脳の中が空っぽになり、抜け殻となった体だけだった。



  ・  ・  ・



「お、おい、リルカルム!? お前、何をやった!?」


 ベルデが叫んだ。

 リルカルムに頭を掴まれた暗黒魔術師は、魂を抜かれたようにその場に崩れた。ソルラとシヤンも吃驚している。

 しかしとうのリルカルムは――


「うーん、このお爺ちゃん、よからぬことを考えていたようだから、面倒を起こす前に黙らせたのよ」

「殺したんですか……?」


 ソルラが、やや咎めるように聞いた。リルカルムはどこ吹く風だ。


「うーん、まあ生きてはいるけど、どうかしらねー。魔術師としては、死んだかも」

「何をしたんですか?」

「記憶をちょっとね。……なに、そんな怖い顔をしないでよ、シヤン」

「……」


 獣人娘の突き刺さるような目。リルカルムは肩をすくめる。


「この魔の塔ダンジョン、動かすことになるかもでしょ? それを考えたら、邪教教団の偉い人の記憶が役に立つと思ったのよ。その時になって尋問しても、時間かかるだろうし」

「まあ、それは一理あるかもな」


 ベルデが腕を組みながら、リルカルムの行動に理解を示した。


「邪教教団の奴が、大人しく情報を教えるとも限らないし、時間の節約にはなったんじゃね?」

「……」

「それでも、一言くらいあってもよかったのでは?」


 ソルラが、押し黙ったままのシヤンの代わりに言った。リルカルムは顔を逸らす。


「説明する必要、あったかしら?」

「っ!」

「そもそも、お爺ちゃんの聞いている前で言ったら、その情報を渡さないために自決していたかもしれないでしょう? 敵に情報隠蔽の機会を与えろって言うの?」

「確かに」

「ベルデ!」


 ソルラ、シヤン組と、リルカルム、ベルデ組に分かれて雰囲気が悪くなる。それを見て、ティーツァとドルーが顔を見合わせた。リチャード・ジョーは神殿外にいるレヴィーの様子を見に行ったので、この場にいない。収めてくれそうな人がいなくて困惑するティーツァとドルーだったが、それをジンとラエルは、部屋の端で眺めていた。

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