第219話、アレスと邪王


 邪神復活の顛末が、邪神ではない別の何かを召喚したという。


 それは復活ではないようだが、表に伝わっている話と実情が違うということは、よくある話である。


 あるいは邪教教団モルファー的には、あくまで復活の儀式のつもりが、召喚の儀式だと知らずに実行したのかもしれない。


 三十年数年かけた結果が、これでは、死んでいった教団構成員たちも浮かばれないだろう。


 いや、真に無駄かどうかは、これからだ。この邪王なる人物が、世界を滅ぼすなどの行動にでれば、結局は邪神を復活させたのと同じこととなるからだ。……果たして、その能力があるかはわからないが。


 俺が見たところ、この邪王は、人の姿をしているが、おそらく人ではないと思う。ソルラが言いかけた、魔王とかそういう類いの存在に近いかもしれない。……もっとも、俺は魔王なんて知らないし、そんなのはお伽話くらいでしか聞いたことがない。


 召喚され、獣のようにこの世界を本能のまま破壊するぞ、というのなら問答無用で戦うが、相手が武器も取らず、話しかけてくるならば、話を聞こう。


 異世界から召喚された存在というなら、根っからの悪党とは限らない。


 かくて、魔の塔ダンジョン最上階の展望台で、俺と邪王は並び立ち、下界――ヴァンデ王国の王都ではなく、ガンティエ帝国の廃墟と化した帝都を見下ろした。


「――本来は、邪神が顕現するはずが、何かの手違いで、私がここにいるというわけか」


 邪王は感情を込めずに、他人事のように言った。俺は肩をすくめる。


「本物の邪神でなくてよかった。でなければ貴殿と剣を交えていたところだ」

「この世界の多くの住人にとっては、自分たちの世界が破壊されるのを許容しないだろう。その場合の戦いは必然だった」


 しかし、邪王は、邪神ではない。世界の破壊など望まない。


「よその世界の、よその人間のことだ。私には関係がない」

「ごもっとも」


 勝手に召喚されて、さあ滅ぼせとか言われたら、正気を疑うだろうね。


「……私は、元の世界では、忌むべき存在だった」


 最凶最悪の不死身の化け物。いかなる攻撃も効かず、人間のそれを大きく凌駕する力、魔力を持っていた。山を砕き、万の軍勢を一人で殲滅した人ならざる者。


「それが私だ」


 ……本当に魔王みたいだな、それは。俺は隣に立つ青年――邪王を見やる。


「世界は私を排除しようとした。邪悪なるモノたちの王――実際は、人によって迫害された者たちが私を頼り、彼らのために戦っただけではあったが。……まあ、世界中の人間から憎まれたよ。生まれが不死身の化け物だった、というだけでね」


 邪王は俺を見た。


「大公は、私の独白に何も感じなかったか? あるいは荒唐無稽に聞こえて実感が湧かないか?」

「にわかには信じられない話のようにも感じるが……俺の仲間にも、災厄と呼ばれ、一つの国を滅ぼした者がいる。もちろん、実際にその場を見たわけではないが」

「なるほど、前例があったか。その災厄の前では、私は霞むか」


 邪王は薄く笑った。


「その災厄とは、アレス・ヴァンデ大公、貴殿のことか?」

「違う。俺はこれでも、国では英雄と讃えられていてね」

「ほう。……失礼ながら、貴殿は重度の呪いを抱えているようだが」

「名誉の傷というやつだ。今ではこの呪いを利用できるくらいの付き合いだ」

「それでも英雄と迎えるか。貴殿の国はよい国なのだろうな」


 どこかさみしげな目になる邪王。強すぎる力ゆえに人から恐れられたのだろうか。化け物と呼ばれたという辺りで、そう認知されるような何かがあったのは間違いないが。


「この世界では、私を知る者はおそらくいないだろう」


 不死身の化け物として、人から恐れられたという過去。この世界では、まだ邪王の力の片鱗を目撃して者はいない。

 現時点では、ただの騎士――いや、強者感が半端ない勇者のように見える。


「大人しくしていれば、私を狙う者などいない。元の世界では得られなかった平穏の日々を得られるかもしれない」

「邪王殿は、平穏を望むか」

「人から狙われ続けるのは、愉快な人生とはいえない。もちろん、私が倒れることはないし、向かってくるならば滅ぼすまでだ」

「貴殿にとっては、国一つ滅ぼすなど、造作もないことか?」

「造作もないかは知らない。面倒ではあるが、できなくはないだろう。……どこかの国を滅ぼしてほしいのか?」

「お願いしたらやってくれるのか?」

「……さて、どうかな」


 邪王は視線を、廃墟の帝都へと戻した。人が頼んで国を滅ぼせるなど、危険そのものである。人が知れば、邪王が何もしなくても、未来の脅威になるとみて、排除しようとするかもしれない。潜在的な脅威、というやつだ。


「この町は、復興の最中のようだが、何があったのだ?」


 邪王が聞いてきた。ガンティエ帝国の帝都は、絶賛復興作業中だが、まだまだ瓦礫が片付けきれていない。


「邪教教団の巨大な鬼型の兵器が、ここを踏み荒らしたせいだよ。ちなみに皇帝の城は、我がヴァンデ王国への侵略行為に対する報復として、超長距離魔法で攻撃したけど」

「ここは、貴殿にとっては、敵国か」

「そうなるな」


 前々から嫌がらせや分断工作を仕掛けてきたガンティエ帝国である。ヴァンデ王国の王都からガンティエ帝国帝都へ移動したとは聞いていたが、実際に目の当たりにすると何とも言えない気分になる。


「それで、貴殿はこれからどうする、邪王殿」

「そうだな。身の振り方を考えている。何の縁もゆかりもない世界を滅ぼしても、意味はない。虚しいだけだ」


 邪王は俺に向き直った。


「厚かましい話だが、しばらく貴殿のほうで面倒をみてくれないか? 私がこの世界で何を成すか、見定めるまで」


 飯を食わせて、住むところも用意しろ――確かに厚かましいが、国を滅ぼせる力を持った者を野放しというわけにもいかないだろう。かといって、正当な理由なく剣を向けるというのは趣味ではない。


 リルカルムを受け入れたように、彼もまた受け入れよう。


「心得た。貴殿を我がヴァンデ王国の賓客としてもてなそう」


 それで余計な争いにならないなら、安いものだ。


「しかし、本当にいいのか? 邪王殿」

「アレス・ヴァンデ大公のような、呪いをまといし者を英雄と称える国には興味がある。あるいは、私が欲したのは、そういう偏見のない目だったのかもしれない……」

「そうか」


 俺が受け入れられているのは、王族だからだろう。いかに大悪魔を討伐しまわったとしても、ただの騎士ならば、そこまで評価されていなかったかもしれない。


 ともあれ、これで魔の塔ダンジョンを巡る戦いに、ひとまずの決着がついた。後は後始末を少々と、今後の塔について、だ。

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