第218話、邪神でなければ何者なのか
ハディーゴは、邪神復活に不足する魔力を、同僚たちの魂を生贄に捧げることで、大幅に時間短縮を図り、異界からの召喚を成し遂げた。
現れたのは、ただならぬ雰囲気をまとう重厚な黒き騎士甲冑をまとう青年。邪神と呼んでいいのか、いささか迷う外見だが、彼の金色の瞳は、マスタークラスの魔術師であるハディーゴをして、世界から切り離されるような錯覚に陥らせるほどの威圧感があった。
「俺は、誰だ?」
しかし呼び出した邪神は、人語を解するものの、記憶にいささか欠落があるようだった。リマウらが危惧した通り、通常の手順ではない方法でブーストした結果、召喚自体は失敗しなかったものの、何かしらのトラブルが起きたのは間違いない。
――問題は記憶だけか?
ハディーゴは思う。せっかく召喚したのに、世界を滅ぼすだけの力を失ったとか、欠損したなどあってはたまらない。
これまで三十年も溜め続けた魔力のすべてを用いたのだ。もはや、やり直しはきかない。
「恐れながら、あなた様は別の世界にて、その力を持って破壊の限りを尽くされた邪神様でございます」
「……」
邪神ではない、と彼は言っていた。しかし、邪神を呼び出すための魔法陣と儀式である。古の秘術、その解析が間違っていなければ、邪神しか呼び出せないはずなのだ。
邪神は、奥へと歩き出す。ハディーゴはその後に続いた。
「あそこにあるのは、玉座か?」
「はっ、如何にも」
正確には、指導者の席であり、召喚の儀式の際、リマウはそこに座って見守ることになっていた。
そのマスター・リマウは、アレス・ヴァンデを迎え撃ちに出たようだが、果たしてどうなったことやら。
邪神は、指導者の席についた。そこで記憶の欠落を確かめるかのように、考え込んでいる。
ハディーゴは静かに待った。人の姿をしているが神には違いない。余計なことを言って、彼の思考を妨げるわけにはいかない。
だが、時間はさほどなかった。
邪教教団モルファーの邪神復活を阻止すべく、魔の塔ダンジョンの攻略を進めるアレス・ヴァンデらが、現れたからである。
・ ・ ・
その男は、異様なオーラをまとっているようだった。
しかし、呪いの類いではない。底知れぬ闇の力だ。人の姿をしている。しかし、本当に人間なのか?
「アレス」
「わかってる」
ソルラに俺は頷きで返す。こいつはただ者じゃない! 先ほど儀式でもありそうな広間を通り抜けてきたが、もしや、邪神復活はもう終わってしまったのか。
だとしたら、この男が、邪神!?
「無粋な方々だ――」
男の傍らに老いた暗黒魔術師が立っていた。
「こちらは、現世に顕現された邪神様であらせられる。控えよ!」
やはり、そうなのか。邪神が復活したのか――
「繰り返すが、俺は邪神ではない」
男は、ゆったりと冷静な調子で言った。
「少なくとも、神と呼ばれる存在ではないのは確かだ。ここが俺のいた世界と違う世界であったとしても、それは変わるまい」
「そんな……。いや、しかし――」
「儀式を間違えたのではないか? 俺自身が神ではないと言っているのだ。それとも、貴様は俺に神になれと言うのか?」
魔術師は非礼を詫びるように跪いた。……どうも様子がおかしいな。
邪神ではない。ならば何者だ?
玉座のような席につく男。若いが、その所作は王族のそれを感じさせる。神ではないにしろ、それなりの地位についている男のようだった。
「それで……貴様たちは何者だ?」
男は俺たちを見た。
「そこな魔術師の仲間ではあるまい。……しかし、どうにもわからんな。闇の魔力に、光と闇の混合、そして――呪われし騎士」
男の目が俺を真っ直ぐ見据えた。ぞわっ、とした。周囲との繋がりを経たれたような感覚。魔眼の類いなのか。視線だけで、恐怖にも似た感覚が込み上げてくる。
しかし、気圧される場合ではない。
「俺は、アレス・ヴァンデ。ヴァンデ王国の大公だ」
「大公、か。これは失礼した。しかし済まないが、私は自分の名前も思い出せない有様でな。非礼を許してもらいたい」
冷徹な意志を感じさせるものの、敵意も殺意もなかった。名前が思い出せないとは、召喚が失敗したのだろうか?
「そこの魔術師は、私のことを邪神と呼ぶが……貴殿らは私のことを知っているのか?」
「……残念ながら。貴君とは初対面だ」
本当に記憶に問題があるのか? これは一体どういうことなんだ? 邪神ではないのなら、矛を交える必要もなかったりするのか?
「そうか……。私は自分が邪神ではないことはわかっている。人から恐れられ、破壊の象徴と言われ、人と対立した。……そうだな、邪王などと呼ばれたことがあった気がする」
ジャオウ……。邪悪なる王。邪神ではないが、それに類する危険な存在。
「魔王みたいなものですか……?」
ソルラが呟いた。リルカルムは口を開いた。
「ワタシのようであり、でもワタシとは違う……。作り物じゃない。でも、周りから恐れられる存在だったってのはわかる」
俺にはさっぱりわからんよ。底知れぬ力を、自称『邪王』からは感じているが。
「それで、邪王よ。貴君は、これから何をしようというのか?」
その返答次第では、戦わねばなるまい。
「……それが問題だ」
邪王は淡々と言った。
「聞けば、ここは私のいた世界とは違うらしい。言ってみれば関係のない世界だ。ここで私はしなければいけないことはない。義理も、使命も、周囲との繋がりもない。何をしてもいいが、何もしなくてもよい」
ギロリ、と邪王は、暗黒魔術師を睨んだ。
「私は、呼び出されたわけだが、残念ながら、その頼みも望みも私の知ったことではない」
「そんな……!」
暗黒魔術師はショックを受けた。ふふん、邪神復活で世界を滅ぼそうとしたお前たちの目論見など知らないとさ。
そりゃ別世界から呼び出されて、世界を滅ぼしてくださいってのもおかしな話だよな。
「アレス・ヴァンデ大公」
邪王は、俺へと視線を戻した。
「いささか勝手が過ぎる話で済まないが、今後の参考にしたいので聞きたい。私はどうするべきだと思う?」
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