第257話、エピローグ、それぞれの道


 ヴァンデ王国は、平和を享受している。


 隣国からの侵略や工作はなくなり、勝手をして民から搾取し私腹を肥やしていた貴族は粛清粛正された。国を乱す悪党の掃除は大体済んだというところか。


 魔の塔ダンジョンを処分し、ガンティエ帝国が新体制となったので、俺は旅に出ることにした。


 平和になった王国に、英雄はいらない。

 俺は大公という身分は残ったが、領地は持たず、ほとんど王族としての名誉階級的な扱いだった。


 弟ヴァルムは、王位を息子のリオスに譲った。何だかんだいい歳だからな。そろそろ落ち着いての隠居もいいだろう。ここまで、お疲れ様。


「でも兄さんは、私と違って体は健康、それに若いんだ。王になってもよかったのに」

「それは断っただろう? 息子を信頼してやれよ」


 何だかんだ言っても俺が呪い持ちなのは変わらない。何か悪いことが続いたら、俺が呪われているからだ、なんて噂が立って、どのみち王ではいられないって。


「それも旅に出る理由の一つかい?」

「それもある」


 あまり人の目につくところで、王城にいると、ヴァルムやリオスまで悪く言われるからな。


「考えすぎだよ、兄さん。民は兄さんを尊敬し、敬愛している」

「今はな。数年、十数年先を考えたら、負の要素は少ないほうがいい」


 いい時はよくても、悪い時は皆原因を求め、都合よく切り捨てることができる。そうすればよくなるはずだ、と信じて。まあ、いざ切り捨てても好転せず、意味がなかったとわかっても、絶対それを認めようとしないだろうけどな。人間というのは、都合が悪くなると阿呆になれるのだ。


「とはいえ、国に大事あれば、その時はいつでも手を貸す。大公としての役割は果たすさ」


 そこは王族に生まれた者としての責務だからな。



  ・  ・  ・



 攻略のため魔の塔ダンジョン攻略に尽力した冒険者たち。一部は俺を慕って仕えてくれたのだが、その者たちには、それぞれの道に進んでもらった。


 特に慕ってくれていたカミリア・ファートは、彼女の祖父がそうであったように王国騎士団の一員となった。

 正義感の強い彼女は、俺の旅に同行したいと言ってくれたんだが……あまり大人数になるのも困るし、何より国の守り手としてその力を奮って欲しかった。


「俺がいない間、国を守ってくれ」

「必ずや! ご期待にお応えいたします、アレス様!」

「あと孤児院のことも気にかけてくれると嬉しい」

「お任せください! このカミリア、身命を賭して、アレス様の建てられた孤児院をお守りいたします!」


 最後まで生真面目だった。そういう態度を見ると、自分が偉い者になったような気分になるからいただけない。……大公は偉い人扱いされるんだろうけど。


 彼女の率いた冒険者パーティー、バルバーリッシュの面々も半数が騎士団に。残るは引退と……ああ、そうそう、聖女のティーツァも王国に仕えつつ、孤児院のほうの面倒見ているらしい。

 病に冒された人が救いを求めてやってくるとかで、中々忙しいそうだ。……頑張り過ぎて体を壊さないといいのだが、そこは友人のカミリアが見ているそうだ。


 マルダン爺さんとグラムの魔術師たちは、王国魔術団に所属することになった。王国のため、魔法の研究に励んでもらうのだ。


 仕える先を探して俺のところに来たわけだけど、俺がこんなんだからな。王国の直属魔術団ともなれば、より出世ではある。何だかんだ優秀な人材は引く手あまただろう。

 特に大地属性使いのドルーは、魔の塔ダンジョンの踏破で自信を深めたのか、大地属性の地位向上に熱心で、新人をしごき倒しているらしい。


 そういえば、冒険者ギルドのギルドマスターが、鉄血のリーダーだったリチャード・ジョーになった。ギルマス代理だったボングは、ようやく肩の荷が下りたと言いつつ、ギルドに留まり、ジョーのサポートをしている。


 リチャード・ジョーは親父さんに似て面倒見がよく、冒険者たちの育成に熱心に取り組んでいる。


 なお他の鉄血メンバーは、それぞれの家庭に戻った。さすがに若い者に混じって冒険者をやる年でもない、と。……半分はダンジョン攻略で名誉の戦死だったわけで、生き残った者たちには心身とも休養が必要だったんだ。


 魔の塔ダンジョンに最後まで同行できなかったウルティモの面々は、今も元気に冒険者をやっているそうだ。リーダーのシガは、怪我を治し、ニンジャの仲間と一緒にダンジョン三昧だという。


 冒険者パーティー「アルカン」もベガ・イスター以下、元気に冒険者活動を続けているという。


 2年前の冒険者トップの凄腕、ルエール・デ・トワは、王都を離れたらしい。何でも修行の旅に出たという話だ。都合が合わず、挨拶もできなかったが、またどこかで会うかもしれない。


 そうそう、冒険者と言えば、俺のパーティーで一緒に戦ってきたシヤンとベルデが、コンビを組んで、俺たちとは別れた。


「あんたには世話になったな、アレス」


 改まって挨拶という柄ではないからか、普段どおりのベルデである。


「こちらこそ。よく最後まで戦い抜いてくれた。感謝するよ、ベルデ。そしてシヤン」

「まあ、楽しかったのだぞ」


 ニシシとシヤンは笑った。


「今度会った時は、もっと強くなっているから、覚悟するのだぞ」

「……無理だってシヤン。お前じゃアレスに勝てねえって」


 ベルデ、本当のことでもそう言ってやるなよ。呪いなしの対等条件なら、彼女にも勝機はあるかもしれないんだから。

 俺は、最後に確認する。


「ベルデは、そのままでいいのか?」


 男に戻らなくて、と暗に言えば、ベルデは笑った。


「人生やり直しってやつだよ。後ろ暗い仕事以外もできるって、わかったからな。そのためには、昔の姿は邪魔になる。……これでいいんだ」


 元暗殺者、だもんな。その罪は、王国に害をもたらしていた魔の塔ダンジョン攻略で、チャラだ。お前が殺した人間への罪は残り続けるだろうが、これだけは言える。奪ってきた以上の王国民の命を救った、と。その死後が天国か地獄かは、天が決めることで、俺には裁けない。


「幸運を」

「あんたもな」


 ベルデ、そしてシヤンと握手を交わして、別れとする。


 人の人生は、その人その人で違う。いつまでも一緒にいるわけではないし、別れもある。

 それが今生の別れということも。


 ユニヴェル教会大司教ガルフォード。若い頃より親交のあった方だが、御年94歳。歴代ぶっちぎりの最高齢での大往生であった。

 以前会った時は、六十代くらいに見えて元気だったのだが、少し見ない間に急に衰えたものだ。これには俺もショックを隠せなかった。


 俺は、幸運にも彼の最期に立ち会うことができた。その時の彼は、たった一言だけ言った。


「ありがとう」


 それが何の『ありがとう』なのかわからないが、その後彼は静かに息を引き取った。こちらこそ、民の支えになってくれて、ありがとう。



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次話が最終話です。

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