第258話、エピローグ、旅立ち
ユニヴェル教会大司教ガルフォードの死は、ユニヴェルの神殿騎士だったソルラにとっては深い悲しみを与えた。
彼女にとっては父親、あるいは祖父のような存在も同然だったからだ。
ガルフォードには、俺も忙しさにかまけて中々会いにいけなかったが、いざ失われるとあれこれ後悔の念も湧く。もっと折に触れ会っておけば、とか、民の心を支えてくれていたことに感謝を伝えておきかった。
大司教は、俺に遺言を残していた。
簡潔に言えば、ソルラを教会から解き放つので、彼女の面倒をよろしく、というものだった。
彼女は、女神ユニヴェルの分体を母に持っていた。所謂、神の子の範疇に入る。その正体について、ガルフォードは教会にも秘密にしていたが、彼がいなくなれば、遅かれ早かれ、ソルラのことが露見する。
そうなった時、教会は彼女を好ましくないほうに利用するだろう、と予言を受けた。だから俺に、彼女を教会の外に連れ出してほしい、ということだ。
もちろん、これはガルフォード個人の願いなので、叶わぬなら断ってくれてもよい、と書かれていた。
『ただ少しでも私に負い目があるなり、礼をしたいというお気持ちがあるならば、本来の寿命を超過して生きながらえた老いぼれの願いを叶えていただけますと、幸いです』
……ずるい人だ。そういう頼まれ方をされて、俺が断ると思うのか?
当のソルラはどう思っているのか。聞けば、彼女もまたガルフォードの遺言を受け取っていた。
「教会をクビになりました」
非常に簡潔だった。生真面目ぶりは、初めて会った頃と変わらない。
「神殿騎士でなくなりました。追放みたいなものです」
「ショックだった?」
「ええ。……色々ありましたが、私にとって教会は家みたいなものでしたし。でも――」
上目遣いにソルラは俺を見た。
「あなたにお仕えしろ、とありましたので、ご迷惑でなければ」
「本当にそう書いてあった?」
「え、っと……正しくは、あなたの隣に立って、特に助け、助けられる仲になりなさい、と。いわゆる……仲間? みたいなものかと」
男女の関係を匂わせている言い方だったが、本人にその手の自覚はなさそうだった。まあ、俺も呪いのことがあって、まともな恋愛なんてできないと思っているから、変に意識しないのはお互い様かもしれない。
「君がいいなら、俺は構わない。俺のほうも、ガルフォードから君の面倒を見てくれ、と頼まれたからね」
あの遺言が、一生彼女と添い遂げろ、という意味が込められていたような気がした。
「アレスがよろしければ、私も異存はありません。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
……うん。これちゃんとわかって言っているのかな。ただ言葉の意味通りのつもりで言っているのか。
「こちらこそ」
変に意識してしまうのは俺だけだろうか。……そのうち、はっきりすることもあるんだろうな。
旅の仲間が、また一人。人生の伴侶となるかは、これからかな。
・ ・ ・
俺はいよいよ準備を整え、王都を出る。
旅の仲間は、俺のほか、ソルラ、邪王である。邪王とは、全て決着がついたら、諸国を漫遊しようと約束していた。
「この3人か」
そう言う邪王に、俺は頷く。
「身分をあてにしない旅だ。ヘタにゴテゴテしていると、自由もなくなる」
「それもそうか」
護衛を沢山つれているだけで、身分のある人とバラすようなものだからな。
それにしても――
「結局、リルカルムはどうなったのやら」
魔の塔ダンジョン奪回、そして解体に至り、今まで、災厄の魔女と言われた彼女の姿を見た者はいない。
そばにいたなら、リルカルムも旅の仲間に引き入れるつもりだったが、行方をくらましている。
「彼女も不死身なのだろう? さほど心配することはあるまい」
邪王は言った。
「何かあれば、我々が駆けつけて解決すればよかろう」
「それもそうだな」
願わくば、悪いことを企んでいませんように。俺たちと共に戦い、旅したことで良心が芽生えてくれればよいのだが。
「アレス! あれを」
ソルラが天を指さした。
「レヴィーか……!」
遥か高空を飛ぶ巨大なる蛇竜――リヴァイアサンが薄らと見えた。
彼女は、邪王とは違うがやはり別世界から召喚された口らしく、帰るあてもない。だから、この世界で誰の手の届かない空を、のんびり泳いで過ごすという。
無理に人の世に馴染むこともない。彼女は自由に、空を漂うのだ。退屈になったら、時々会いに来るそうだ。
見送っていたら、いつまでも続きそうなので、俺たちも行くとしよう。
英雄の見送りはない。人が集まって騒ぎになりそうだから、こっそり出る。周りが気づいた時には、とうに去っている――それが一番よい。
「そういえば」
ソルラが言った。
「ジンさんとラエルも、いれば挨拶しておきたかったのですが――」
回収屋コンビのジンとラエル。魔の塔ダンジョンの攻略他、色々助けてもらった。王都にはダンジョンがないからな。今はどこにいるのやら。
「旅をしていれば、いつか会うこともあるかもな」
「そうですね」
ソルラは頷いた。
俺たちは歩く。ヴァンデ王国は、平和を取り戻した。邪教教団の脅威や隣国の侵略を阻止し、不正貴族や民を搾取する集団などをことごとく片付けた。
この平和が長く続くことを願って。英雄は物語の中だけでいい。願わくば、英雄を必要としない時代となることを。
「――まったく関係ない話なんだが」
邪王が唐突に言った。
「自分の名を思い出した」
召喚の影響か、自分のことを思い出せないと言っていた邪王。この世界にきてかれこれ三年。もう思い出せないままかとも思ったが。
「改めて聞こう。あなたの名前は?」
「ジュダ。そういう名前だった」
ほう、ジュダか。ふむ。
「それでジュダ。思い出したのは名前だけか?」
「まあ、他にも少し。自分のことを」
邪王、改めジュダは目を細めた。それはいい。この長い旅の道中、時間はたっぷりある。
「聞かせてくれよ。君の物語を」
《END》
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お読み頂きありがとうございます。今にして思えば、もう少しコンパクトにできたと思います(笑)。
呪われ英雄王子の物語は、ここで完結です。お付き合いいただき、ありがとうございました!
次作は、魔獣騎士ジュダ・シェードと乙女な王子様(お姫様)のお話です。『乙女な王子と魔獣騎士』(WEB)版、連載中なので、よろしければこちらもどうぞよろしくです。
呪われ英雄騎士 国が理不尽な目にあっているので、報復することにした 柊遊馬 @umaufo
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