第256話、皇帝と皇女の処刑


 それからの話をしよう。


 ヴァンデ王国は平穏を取り戻した。隣国であるガンティエ帝国との争いはなく、その帝国も、東方のハルマーとは膠着状態。南方のハルカナ王国は停戦し、協定が結ばれ、賠償金を帝国が支払った。


 そして三年の月日が流れた。


 帝国では、ラウダ・ガンティエが民に重税を課す一方で、ヴァンデ王国やハルカナ王国に多大な金を回していることが問題となり、各地で反乱が発生した。

 自国の民を苦しめ、外国に吸い上げた税金を配るその姿に、売国奴と皇帝を罵る声は日増しに強くなり、ついに軍部からも皇帝を見限る者が現れた。


「悪しき皇帝に死を!」

「民の怒りを知れ!」

「家族を返せ、馬鹿野郎!」

「くたばれ売国奴!」


 結果、帝国軍は分裂し、内紛に突入したが、この機会を窺っていたハルマーが動く前に、戦いは終了した。

 帝都防衛隊の中にも反乱軍に同調する者が少なくなかったため、ガンティエ皇帝の身柄はあっさり押さえられたのだ。


「余は、偉大なるガンティエ帝国皇帝であるぞ!」

「うるさい黙れ!」


 縛り上げた皇帝の背中に蹴りを入れる民。皇帝と共にレムシー皇女もまた逮捕、拘束され、その隣に跪かされる。


「無礼者! わたくしを誰と心得ますの!?」

「変態奴隷皇女だろ!」


 手にした棒で殴りつける民たち。皇帝と皇女は、その場で私刑に晒される。これには民衆側についた守備隊兵が止めに入る。


「待て、待たんか! こいつらは処刑台で殺すのだ! ここで殺してはいかーん!」


 何とか場は収まった。殴る蹴るの暴行にさらされながら、幸いにもラウダ・ガンティエとレムシーは生きていた。


 その日は牢にぶち込まれた二人だったが、その日は、代わる代わる皇帝とその娘に恨み辛みを抱えた者たちが訪れ、暴力を振るい続けた。


 翌日、東方方面軍司令官にして、反乱軍の指導者――に押し上げられていたナジェ皇子が帝都に到着した。


「やあやあ、これはこれは、ひどい有様ですねぇ、父上。……そしてレムシー」


 引っ立てられた二人の姿に、ナジェは冷めた目を向ける。随分と具合が悪そうだった。衣服は着替えさせていないので、普段着のままだが、顔や体に反して服は踏み跡やら皺でいっぱいだった。

 暴力にさらされたが、そこは治癒術師辺りが死なせないよう治癒魔法をかけたのだろう。しかし服までは、魔法ではどうにもならない。


「ご無事そうで何よりでした。……あなた方には、民を怒らせた責任をとって死んでもらわなければいけませんからね」


 民から絞りに絞った税を、自国に使わず何をしていたのか。政治には無関心でいたいナジェでも、腸が煮えくりかえる民の気持ちはわかるというものだ。


「あなた方の無能のおかげで、オレが次の皇帝なんだそうです。まったく面倒事を押しつけられましたよ。礼はいいませんからね」


 かくて、ラウダ・ガンティエとレムシーは、帝都にて公開処刑となった。


 その日は、帝都中の民だけでなく、周辺の町や集落からも人がきて大盛況となった。皆口々に皇帝と皇女――今の帝国の没落をもたらし、民を苦しめた戦犯への罵詈雑言を叫んだ。


 しかし、この公開処刑は思わぬ方向へ向く。

 長く苦しむように絞首刑となった二人は、苦痛にのたうつ一方で死ななかったからである。死ぬまで歓声を上げていた民たちも、いつまでも死なない皇帝と皇女に次第にざわつくようになる。


 観覧席にいたナジェは、表面上は平静を装っていたが、ふとしたところで冷笑が浮かんだ。


「いやはや、参ったね。死なないんだねぇ……」


 ジャガナー大将軍以下、側近たちが困惑する中、ナジェは口元を緩めた。


「この二人、呪われているって治癒術師が診断していたけど、なるほど死なないのは、その呪いのせいかな?」

「呪い、ですか……」


 ジャガナーの言葉に、ナジェは頷いた。


「たぶんね。実に面倒だ」


 ナジェは思う。何の呪いかわからなかったのだが、どう考えても死んでいるはずだろう時間になっても、死刑囚の二人はまだもがいている。


「うーん、まあ、痛がってはいるんだよな」

「如何致しますか、殿下」


 側近たちがざわめく。


「前皇帝を討ちませんと、民に示しがつきませんが」

「何やら不吉ですなぁ」

「まさか死なないとは……」


 処刑しているのに死なないのは厄介ではあるが――


「ま、色んな処刑方法をやれるからいいんじゃない」


 ナジェの言葉に、側近らはゾッとする。


「正直、父上とそれに寄生して好き放題やったレムシーは、帝国民全員から嫌われていると思っていいだろう。せっかくだ、地方で二人の公開処刑を見世物にして巡業させてもいいな」

「……」


 お気楽皇子が、普段どおりの調子であまりにおぞましいことを言うので、側近たちは絶句した。


 それは、苛烈な制裁も辞さないラウダ・ガンティエの血を、ナジェも受け継いでいることを、彼らに感じさせた。このナジェも、ラウダ同様、敵に対して容赦ない皇帝となるだろう、と。



  ・  ・  ・



 ラウダ・ガンティエとレムシー・ガンティエは、その日翌朝まで絞首台の上で吊され続けた。

 翌日は投石などを加え、民たちの憂さ晴らしの的とされた。無論、普通の人ならば死んでいるが、二人は生きていた。


 その後は、帝国中の集落へ引き回され、元皇帝に殺したいほどの憎悪を滾らせていた民衆の手による私刑と辱めを受けた。


 死なない元皇帝と元皇女は民たちの憎しみを一身に受け、しかし死ぬこともできず、ひたすら泣き喚き、民に跪いて頭を下げていた。


 しかし、それで許されるわけがなく、民の恨みは深く根深かかった。さらに幾度も死刑執行されながら死なないという事実は、悪魔に魂を売った、呪われたとして、激しい嫌悪感と憎悪の対象となった。


 果ては悪魔呼ばわりであり、一切の同情も抱かれることなく、民からの壮絶な報復にさらされたのだった。


 ガンティエ帝国は、ナジェを新皇帝として迎え、新たな統治が始まった。ハルマーを除く周辺国には、これまでの帝国の数々の外交的非礼は、すべて前皇帝のやったことであり、今後は、それまでとは違うのでよろしく、と、そっけない通知が送られた。

 仕掛けてこなければ、こちらからは仕掛けることはない、という言葉を添えて。


 それを信用していいものか、周辺国には判断を保留したものの、当面は様子を見るということで落ち着いた。

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