第145話、平時の準備が足りない
ヴァルム王が呼んでいる、というので、俺は王城へ向かった。
王の執務室にて、プライベートな雰囲気で会談。……内容は重いがね。まず話したのは、俺たちが挑む魔の塔ダンジョンの進捗について。
冒険者ギルドで唱えられていた50階終了説は、残念ながら否定される結果になったよ……。
「正直、予想しても確証はないからな。55階説、60階説……100階説なんてのもある」
「100なんて言ったら、ようやく半分というところなのか」
「それ以上あるかも」
考えたくないがね。
「ただ塔の外観から、60階辺りで終わるのではって説が、ギルドは有力視されている」
「行ってみないとわからない、ということか」
ヴァルムはため息をついた。俺は首を横に振る。
「気持ちはわかるよ。……それで、俺を呼んだ理由は、攻略の進捗を聞くためだけじゃないんだろう?」
「そう、その通りだ。お察しかもしれないが、あの隣国の話だ」
だと思った。
「また国境を越えてきたかい?」
「その前兆が見られる。かの国の帝都が炎に包まれてね」
あっさりとした調子でヴァルムは言ったが、俺は聞き逃さない。帝都が燃えた?
「何があった?」
「得体の知れない超巨大なゴーレムのような兵器が、皇帝のお膝元を踏み潰したらしい」
ユニヴェル教会からの情報だという。どこの手の者かわからないが、ガンティエ帝国に敵対している者だろう。守備隊が壊滅し、皇帝の面目丸潰れである。
「……あの皇帝もよっぽど嫌われているらしいな」
「私も嫌いだよ」
ヴァルムは紅茶を啜った。
「それで皇帝はカンカンさ。帝国は戦力を西に向けた。連中の西方軍だけでなく、大軍がこちらに動員されるそうだ」
「何でそうなる?」
俺たちは何もしていないぜ? リルカルムの魔法が、アーガルド城を叩いたことがバレたのか?
「超巨大ゴーレムが、西へ逃げたからだ。つまり、帝国はもしかしたら我々がやったと疑っているということだ」
「とばっちりだな」
はた迷惑な話だ。よそへ行ってくれればよかったのに、こっちへ来たばかりに、疑いをかけられるなんて。
「そのゴーレムだかを操っている者が何者かは知らないが、最後まで責任持って戦ってくれたらいいのにな」
我が弟はぼやいた。
「元々、こちらに攻めてくるつもりだったんだろうが、帝都を燃やされてから、必要以上に警戒して戦力を動員したんだろう。そうなると気になるのは、周辺国の動きだ」
「だろうな」
ガンティエ帝国は、この辺りの国々のあいだでは嫌われ者だ。国力と武力を背景に、押しが強く横暴なやり口で有名なのだ。今の帝国の領地だって、いくつか小さな国を滅ぼして吸収した結果である。
「各国の動きは怪しい。特に大きな動きを見せていないが、国境を固めたり、大規模軍事演習にかこつけて、兵を集めているのがちらほら――」
いきなり動く国はない、か。さすがに下手に手を出したら帝国の報復を招くからな。連中の血祭りリスト二番目は嫌だろう。……一番目は目下、この国みたいだが。
「軍事演習を気取っているが、どうも本気で戦争の準備をしている国に、東のハルマーがある」
ヴァルムは言った。
「情報によれば、あの国は王子が殺害された件を帝国のものと断定し、その報復機会を探っていたらしい。帝国が西を向いたのを好機と、東から攻め込む可能性が高い」
帝国の血祭りリスト二番目がいた。王子ってことは後継者候補だろう。それが他国――帝国によって害されたとあれば、まあ戦争するに充分な理由となるか。ヴァルムだって、似たような立場だしな。
「……そうなると、帝国の戦力が西に傾いている今、それを引きつけるか足止めできれば、ハルマーが帝国の背中をバッサリやって滅ぼす可能性もあるわけか」
「何もかも都合よく行けば……あり得るだろうね、兄さん」
そう、何もかも上手くいけば、の話だ。世の中そうそう上手くはできていないものだ。何らかの都合で、ハルマーが動かなかったり、動いたけど帝国の東方軍が優秀で、返り討ちにされたり……。
我が王国も、帝国の主力を前に、あっさり陥落してしまうかもしれない。
「西方軍だけでも面倒なのに、その戦力が増強されるとなると、正直よろしくない状況だ。帝国の工作員によって、我が国はいらぬ思想を吹き込まれ、利敵行為を働いた者たちのせいで、軍備も充分とはいえない」
おやおや、我が弟がお怒りだぞ。
「自分たちが招いた結果なのに、恥知らずにも助けてほしいと泣き言ばかりほざきおる……」
なるほどね。あれか、題目はさも正しいように言いながら、中身が伴っていないやつとか、正論ぶりながら、実は自身の利益を優先しただけの、性質の悪い法などなど――
王が毒で動けない間に、好き勝手やった貴族たちが、結果的に帝国に得になるような政策などを進めておきながら、その責任を取らず、助けてくれとすがりついてきた、と。自分たちが売国行為をしていたことも気づいていないんだろうな。厚顔無恥にもほどがある。自分のやらかした始末の責任くらい取れ、というものだ。
……しかし、この手の輩は、逃げ足と口先だけは達者だから始末に負えない。
「そんな糞のほうがまだ役に立つ貴族どもなど、放っておきたいところだが、巻き込まれる民はたまったものではない」
ついでに王族もその巻き添えな。付け上がった貴族たち――なんだっけか、東方の言葉で獅子身中の虫だっけか。獅子に寄生した虫が、その獅子を殺すってやつ。世話になっておきながら害を与えたり、恩を仇で返したりとか、まあ裏切り者だわな。
「しかし困ったな」
帝国が攻めてくるとあれば、俺も戦うつもりだが、こっちはこっちで魔の塔ダンジョンの攻略を進めている最中だ。
ヴァルムも王国軍を編成して、帝国にあたるつもりだが、その戦力となる軍が、貴族の無能で想像以上にガタガタ。弱体かもしれんということだ。まともにやれば、ヴァンデ王国は帝国にやられる。
「兄さん……?」
「ふふ、ヴァルムよ。何かこう、楽しくなってきたぞ」
帝国が、もはやヴァンデ王国への攻撃を隠さなくなってきた。ならばこちらも手段を選ぶ必要はないよな?
帝国軍を相手にしつつ、魔の塔ダンジョンを攻略する。これを同時にやらねばならないのが辛いところよ。……まあ、やるしかないんだがね。
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