第146話、局地的に、素早く報復を
俺が隣国にかかっている間、塔の攻略は遅れることになる。……それについては仕方ない。俺は一人しかいないのだから。
邪教教団にとっても、魔の塔ダンジョン攻略の遅れは、万々歳。むしろ帝国に肩入れして、邪神復活の時間が稼げるとほくそ笑んでいるかもしれない。つくづくガンティエ皇帝は糞だ。
ヴァルム王には、国境の守りを強化してもらう。以前から準備はさせていたものの、貴族たちがもたもたしているために、あまり進捗がよろしくない。
とりあえず、ガンティエ帝国が進撃した時に初動対応できるようにしてもらう。要請に応じられない、不充分な貴族には、後日制裁を下すため記録しておく。
国土防衛の足を引っ張った売国奴を、王国貴族として残してやる義理はない。キツイ言い方ではあるが、元々不仲である隣国という存在があって、準備を怠った罪は重い。ヴァルムもそういう輩へは、一切容赦するつもりがないほどお怒りモードだから、自国の貴族だろうが遠慮はない。
とはいえ、仮に王国軍がまともだったとしても、ガンティエ帝国軍の主力と正面から戦える力は残念ながらない。
だからまともな戦いができるような状態に、事前に持ち込んでおく必要がある。
帝国軍を叩くぞ、と言った時、リルカルムはこれ以上ないほどの笑顔だった。俺たちと冒険者をやっている時は、まだ猫を被っているが、こと戦乱となれば、その残虐性が顔を覗かせる。
彼女は人を憎んでいる。だから平然と、非道な攻撃を繰り出せるのだ。
「とりあえず、正体をバラさずに、攻撃できる?」
大公屋敷に戻り、報復プランを話し合う中、リルカルムに聞いてみれば――
「それって、皇帝の城をぶっ壊した光の魔法以外で?」
「そうだ」
あれは、人の魂を燃料代わりに魔法に換えて撃つ魔法だろう。魂を使わず、こっちの姿が見えないほどの長距離から攻撃できる手段はあるのか。
「俺としては、レヴィーに乗って帝国内に移動して、兵が集まっている城や砦を攻撃したいんだが、できるだけ正体は秘匿したい」
こっちの正体を晒して仕掛けたとして、あのガンティエ皇帝が、ヴァンデ王国への攻撃を辞めるとも思えないしな。
仮にリヴァイアサンが攻撃したとして、それで前線がやられても、後方の安全な場所にいる皇帝は『それがどうした?』と、軍をさらに押し出すのがオチだと思う。
「できなくはないけど……ただ、魔法攻撃だってことはバレるわよ」
「攻撃手段が魔法ってわかるくらいなら問題ない。どこの誰がやったかわからなければ」
手段があるということなので、俺からこういうことはできるかと提案し、リルカルムに可能かどうかを確認。そしてその中で、リルカルムのほうからも、こういう手があるけど、とか、こうしたら、とか案を聞いた。
「今回の攻撃対象は、帝国軍だ。その数を減らす。少なくとも、王国軍と国境でぶつかる時の戦力比が一対一になるくらいには」
「それってかなーり、減らすってことじゃない?」
リルカルムはニンマリした。殺しまくれるから楽しそうである。これには、見守っていたベルデやシヤンは何とも言えない顔をした。ソルラは言った。
「こういう戦争のお話は、私たちは口を挟めませんね」
「まあな」
ベルデが頷き、シヤンは肩をすくめる。
「そりゃあ故郷とか大切なモノを守るために戦えるけど、アタシたちは個々の兵隊と同じなんだぞ。作戦とか大きな話には、加われないぞ」
貴族でも騎士でもない。大勢の部下がいるわけではない者たちからしたら、この打ち合わせは自然と聞く専門に回る。俺がこれからやろうとしている規模を考えれば、ね。
「その分、ダンジョン攻略の方で頼りにしている」
俺が言えば、シヤンがニヤリとした。
「当然だぞ」
そんなわけで、対ガンティエ帝国報復作戦――稲妻作戦を開始する。
・ ・ ・
リヴァイアサンは雲をまとい、大空を舞う。俺とリルカルム、護衛役についてきた仲間たちと共に、ヴァンデ王国から帝国領へ領空侵犯する。
まず第一の攻撃目標である、帝国西、西方軍の中心ともいえるメプリー城へ近づく。
「……揃ってるな」
眼下の光景に、思わず声が出る。すでに3万から4万の兵が集まり、ヴァンデ王国への侵攻準備を進めている。
「これだけでも、王国国境の戦力の4、5倍くらいはいそうだ」
すでに皇帝からの攻撃命令が出ているという話だし、間もなく、こいつらは移動を開始するだろう。
「リルカルム、やれるか?」
「フフ、愚問よ、アレス」
リルカルムは不敵に笑った。
「ワタシを誰だと思っているの? 災厄の魔女よ。敵の届かない高空にいて、呪文唱え放題でしょ? 城ごと吹き飛ばしてやるわ」
リヴァイアサンは、雲と共に、メプリー城の真上へと接近する。次第に天候が悪くなり、黒雲が増えてきたが、これはレヴィーがやっているのだろうか。
「天よ、地よ、光よ、我のもとに集え――」
リルカルムが呪文の詠唱を始めた。さすがに大規模な範囲を攻撃魔法を行使するためか、彼女がこれほどまで長い呪文を唱えているのを見るのは初めてだった。……敵味方が見える範囲での戦いだったら、絶対に敵が詠唱を潰しにくるほどの長さである。
「ダーク・エクスプロージョン!」
超巨大な黒き塊が、地表めがけて放たれた。リルカルム曰く、極大魔法。それは真っ直ぐ、地上のメプリー城に直撃する。
尖塔が押し潰れ、城壁も踏み潰されるが如く崩れ、次の瞬間、暗黒の衝撃波が爆発のように広がった。集結し、天幕を張っていた帝国軍が、波にさらわれる砂のように衝撃波になぎ倒された。
木が引きちぎられ、天幕が吹っ飛び、点のように小さな兵隊たちが、闇に飲み込まれていく。
あっという間の出来事だった。たった一発の魔法が城ひとつと、数万の軍勢を打ち砕いたのだ。
「……凄い」
ソルラが思わず呟いた。あの衝撃をまともに食らって生きているものなど果たしているのだろうか? そう思わずにはいられないほどの威力。大地が抉れ、草一つ残らない荒野だけが残った。……地形まで変えやがった。
「ふぅ、さすがに疲れたわ」
一発の魔法にどれだけの力を使ったのか。リルカルムが疲労しているのは、一目でわかったが、彼女の顔にはやり遂げた充実感が滲んでいる。……信じられるか? これ、数万人を一方的に消し炭に変えた直後の顔なんだぜ。
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