第147話、皇帝、吠える


 西方軍の本陣であるメプリー城が壊滅した。その報告が届いたのは、しばらく経っていたからだった。

 帝国帝都ドーハスの北にあるライントフェル城にいた、ガンティエ皇帝は憤慨した。


「城が消滅した、だとッ!? そんな馬鹿なことがあるか!」


 ――……馬鹿なことどころか、陛下もアーガルド城がそうなったのを見ていたではないか。


 ジャガナー大将軍は、伝令に対して吠えている皇帝を冷めた目で見やる。


 ヴァンデ王国へ進撃のため集結し、いざ出発という段階になって、西方軍が壊滅した。

 他の方面軍からの増援を第二陣として、西方軍自体は第一陣として進む――そのはずだった。


 帝都ドーハスを破壊した鋼鉄の巨人は、ヴァンデ王国の仕業――そう決めつけたガンティエ皇帝だったが、報復は始まる前に潰えてしまった。


 愛娘からも、ヴァンデ王国を制圧するようせっつかれている。皇帝の考えでは、ヴァンデ王国は、戦争となってしまえば容易く平らげられる小物、という認識だ。

 だから、西方軍が何もしないままやられたというのは、想像の斜め上過ぎて、皇帝の怒りは収まらない。


「戦場に行く前に、全滅とか! 西方軍は何をやっているのだ!」


 ――何もする間もなかったんじゃないか。


 ジャガナーは思う。城が跡形もなく吹き飛ぶような攻撃があったとして、周りにいた軍勢が無傷で済むわけがない。


 本来なら頑強な城壁が投石や魔法を防ぎとめる。それができないほど強力な攻撃を浴びて、城が崩壊したのだ。その威力、推して知るべし。


 ――そして不可解な攻撃は、メプリー城の西方軍だけじゃないんだよな……。


 ジャガナー大将軍は嘆息した。

 西方軍に合流しようとした南方軍派遣部隊が、リテージ大橋を渡っている最中、上流からの洪水によって橋を破壊され、部隊を分断された。

 上流地域で大雨があったとか、そういう話もなく、限定的な水の流れは、百以上の兵を川へと流し、その多くの人命を奪った。

 これも大魔法の類いが生み出した攻撃ではないかと、ジャガナーは考える。そうでなければ説明がつかない話だ。


 そして北部、こちらもやられた。北方軍派遣部隊が、道中、例の鋼鉄巨人に襲われたのだ。

 西方に消えていた帝都を破壊した巨人が、またも帝国軍に牙を剥いたのだ。


 だが、これは皇帝にも報告していないとある情報がある。実は、ジャガナーの元に、巨人を追跡していた帝都第三騎兵騎兵が、西方のとある森で、放棄された鋼鉄巨人を発見したと知らせが入ったのだ。


 現地の帝国騎兵によれば、この巨人型大鬼は、中に乗ることができるらしく、操ることができるとのことだった。


 指揮官はこれを持ち帰ります、と報告したが、直後、連絡が途絶えた。皇帝にあの鋼鉄巨人を鹵獲したと吉報を届けようとしたジャガナーだったが、さすがに報告を躊躇った。

 魔法通信で、リアルタイムで報告を受けていたのだが、その最中に現地で異常が起きたからだ。


『なんだ、この黒いものは!? うわっ――』


 現地が騒がしくなったかと思えば、騎兵大隊の指揮官もまたその黒い何かに飲み込まれた。以後、連絡が取れず、ジャガナーは近隣部隊に様子を見に行かせたのだが……。


 事もあろうに、鋼鉄巨人は、移動中の北方軍派遣部隊の前に現れ、攻撃を開始したのだ。


 ――いったい何があったのか……。


 ジャガナーは押し黙る。西方軍壊滅の伝令が届くより先に、大鬼が再び帝国軍を攻撃してきたという報告の伝令が来たが、案の定、ガンティエ皇帝は激昂した。


『おのれ、大鬼めぇ! 何故、我に逆らうのだッ!!』


 昨日は、それで一日中、皇帝は怒り狂っていたが、今回のメプリー城と西方軍壊滅の知らせも、凶報過ぎる。

 怒り過ぎて、皇帝も憤死してしまうのではないか――ジャガナーは、こっそり皇帝を見やる。


「うおおおおおおおおおっ!」


 皇帝陛下は、獣の如く吠えていた。家臣たちの目も憚らず、まるで天の神に渾身の怒りをぶつけるように。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 声の限り、絶叫するガンティエ皇帝。自分はこれだけ怒っているのだぞ、と言わんばかりであるが、正直うるさいだけなので、やめてほしいと、ジャガナーは思った。


 それは半ば呆れも露わに見る家臣たちも同じことを思っているだろう。いつだって皇帝は自分本意で、それ以外のことなどどうでもよいと考えている人間だ。この人が、他人への迷惑などを気にするわけがない。

 もちろん、この場で、皇帝に物申す者などいない。ここで余計なことを言えば、間違いなく首を刎ねるだろう。怒りと気まぐれで処刑されてはたまらない。


 そのうち、喉を枯らして咳き込むに違いない。今は嵐が過ぎ去るのを、じっと待つのだ。

 と、その時、天井が震えた。


 皇帝の口元がニヤリと歪む。自分の咆哮が天を揺さぶり、城を動かした――とでも錯覚したのだろう。頭に供給される酸素が足りなくなったのかもしれない。


 しかし、ガンティエ皇帝の笑みはすぐに引っ込む。破壊音が連続して聞こえてきたからだ。天の神に喧嘩を売ったら、手酷くお返しされた気分になって、皇帝の表情が歪んだ。

 ジャガナーは悟った。この流れ、覚えがある。伝令が駆け込んできた。


「申し上げます! 本城が、天からの謎の光による攻撃を受けています!」


 ほらな――家臣たちは、冷ややかな目でガンティエ皇帝を見やる。まるで彼がこの事態を招いたと言わんばかりに。

 アーガルド城に降り注いだ光の雨が、このライントフェル城に降ってきたのだ。



  ・  ・  ・



 皇帝の居城に対して、リルカルムは、道中発見した帝国騎兵らを生け贄に光の報復魔法の弾に使用した。

 その目標は、ラウダ・ガンティエ皇帝のいるというライントフェル城。帝都より北の山にある城だ。


 帝国軍の拠点を攻撃し、その戦力を削るとあって、当然ながら皇帝本人にもお返ししなくてはなるまい。戦争を仕掛けるいうことは、逆に仕掛けられても文句は言えないというものだ。


 前回、アーガルド城を破壊するまで撃ち込んで、わからせてやったつもりだったが、野望多き愚かなる皇帝は、理解できなかったようだった。

 改めて、我がヴァンデ王国に攻撃しようとしていたから、お礼の一撃を皇帝にもお裾分けしてやった。


 はてさて、皇帝陛下は、今度はどこの城にお逃げになられるのかな? 無事に次の城に逃げられたとしても、彼の悩みはまだ尽きないだろうね。


 何せ、一度は姿を消していた大型鋼鉄鬼――ダイ・オーガが、再び帝国領内で、暴れまわっているからね。……いやー、たいへんだ、たいへんだー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る