第148話、大型鋼鉄鬼、再び


 それを発見したのは、帝国北方から西方に向かう帝国軍を襲撃しようとしていた時だった。


『主、変なのが立ってる』


 レヴィーことリヴァイアサンは雲をまとい、空を移動していたのだが、眼下に見慣れない人型が見えたのだ。

 周囲の地形に比べて、遥かに大きなそれは、明らかに人型であって人ではない。


「巨人、か……?」


 こんな高い場所からみて、はっきり見えるのだから相当目立っている。ソルラが息を呑む。


「あれが、噂の巨人でしょうか?」

「たぶんそうね」


 リルカルムも同意した。


 巨人――鋼鉄の大鬼に違いない。

 見えたのはそれだけではなかった。動きが止まっている大鬼の周りを、帝国の騎兵部隊が取り囲み、キャンプを行っていた。


「帝国と戦ったと聞いていたが、もう終わってしまったのか」

「見たところ、壊れてる様子もないんだけど――」


 災厄の魔女は眉をひそめる。


「あの巨人、人が乗り込むタイプかもしれないわね。操縦する奴が出てきたところを捕まえるなり殺すなりすれば、無傷で鹵獲できるかもしれないわ」

「帝都を灰燼に変えた大鬼の最期にしちゃあ、あっけない幕切れじゃないか」


 しかし俺としては感傷に浸っているわけにもいかない。鹵獲できた、ということは、それを利用して、我がヴァンデ王国に攻め込んでくるかもしれないってことだ。


 そうなれば、帝国軍でさえやっつけた相手だ。王国軍も容易く蹴散らされてしまうだろう。これを放置するわけにはいかなかった。

 ベルデが首を捻る。


「どうする? 周りにいるのは大隊規模の騎兵だ。まともにやり合ったりはしないんだろ。レヴィー? それともリルカルムか?」


 広範囲攻撃で集団をまとめて倒すのが、遥かに数で劣る俺たちが取り得る戦術となろう。リルカルムが腕まくりする。


「何なら大鬼ごと、吹き飛ばしてやるわよ!」

「あの大鬼、魔法が通用しないんじゃなかったっけ?」


 聞いた話ではそうだったが。それで帝国軍も手も足も出なかったとか。西方軍の城一つ破壊したリルカルムの実力を疑うわけではないが、ダンジョンのピラミッドの光線柱には効かなかったのを見ているしな……。


「…………」

「アレス?」


 ソルラが心配するような顔になる。


「大丈夫ですか? 何か?」

「敵には渡したくない。だが、ここで俺たちがあの大鬼をぶっ壊すのは、何か違うんだよな……」


 どうせなら、あの大鬼には、もっと帝国内で暴れ回ってもらい、奴らを相当苦労させてもらいたい。


「奪うのか?」


 シヤンが言えば、ベルデは頷いた。


「分捕っちまうか。人が乗れるってんなら、操って帝国野郎を蹴散らすこともできるってことだ」


 それも悪くないんだけど……。今度は誰がそれをやるのって話になるんだよな。こっちも大鬼に付き合って行動しないといけないわけで、他にもやることがある身としては付き合いきれない。


「……あれをやるか」


 俺は決めた。帝国にはもっと苦労してもらおう。



  ・  ・  ・



 結論から言ってしまえば、俺は大鬼とその周辺の帝国軍キャンプに、呪いの黒霧をばらまいた。


 呪いの霧自体は、俺も使っていたんだけど、魔の塔ダンジョン49階での呪いづくしの階を見て、改めて思ったわけだ。

 人前でそれをやると引かれるかとも思う呪い技だが、まあ、ここにいる仲間たちはその程度でどうこうは言わないだろうことも、俺にそれを使わせた理由の一つだ。


「いいえ、アナタもきちんとエグいわよ、アレス」


 リルカルムは、ニッコリだ。……いや、この魔女は引かないだろうとは思っていた。

 ダンジョンでの黒いもやよろしく、大量の呪いを噴射し、帝国騎兵らを呪いに沈めていく。


 盾を構えようが、魔法防御で防ごうとしても無駄だ。これは魔法ではないし、空気と同様、守りをすり抜けてくる。空気も遮断できる防御方法なら、あるいは防げるかもしれないが、その時は酸欠で死を迎えるんじゃないかな?


 呪いを受けて、帝国兵たちは次々に倒れていく。大鬼とその周りは煙に巻かれるように、辺り一帯呪いに飲まれる。


「少し、懐かしいです」


 ソルラがそんなことを言った。


「初めてあなたと会った時、邪教教団の魔術師たちを呪いの靄で全滅させた……」

「そんなこともあったな」


 俺が自らを封印して五十年経っていたというあれ。俺の元にきた神殿騎士たちの唯一の生き残りがソルラで――ずいぶんと昔の話に思える。


 ともあれ、大量に散布した呪いによって、帝国軍キャンプは無力化した。大鬼もまた手に入れることができた。

 呪いで沈めた帝国兵たちには、ちょっと細工をして、帝国内で暴れてもらうとしよう。


 不死の呪いはやらないが、即席黒バケツ隊として、同胞と戦争をやってもらおう。そして鋼鉄の大鬼だが……。


 リルカルムの推測通り、肩口辺りに、中に乗り込むところがあって、操縦室に繋がっていた。

 呪いで支配した帝国兵に、大鬼を操縦をしてもらう。


「たぶん、これが燃料。これがなくなると、この大鬼は動かなくなるわ」


 リルカルムが、この大型鋼鉄鬼の活動限界があることを教えてくれた。魔法だけでなく、魔道具やそれに関したものに対する知識による推測ではあるが、多少はわかるというものだ。


「燃料がなくなったら、この操縦席は破壊して使えなくしてやるわ」


 そう言って彼女は何やら操縦席に魔法で文字を刻んだ。一定条件で爆発するトラップ魔法の応用らしい。大鬼のものではなく、彼女自身の魔法なので、信頼していい。


 かくて、呪われ帝国騎兵大隊と、大型鋼鉄鬼がガンティエ帝国国内に放たれ、帝国軍拠点に移動して攻撃を開始した。

 少ない労力で、敵には最大のダメージを。


 やはりこの手に限る。

 そうそう、帝国兵を生贄に、皇帝の居城への光魔法攻撃をリルカルムにやってもらった。彼女は喜んでそれを実行するのだった。



  ・  ・  ・



 これが、メプリー城消滅の前日に、ガンティエ皇帝の元に報告された大型鋼鉄鬼の再襲来にかかわる真相である。

 帝国軍は、西方軍の消滅に並行して、北部へ進撃する大鬼と、呪いの帝国騎兵大隊の処理に、戦力をさらに割かれることになった。

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